七 闇中
人は、闇の中では生きることが出来ない。それは、人間が動物として持ち合わせた本能ともいうべき”性”。視覚を失った者がその他の感覚を発達させるように、闇に落とし入れられた人間はどんなに僅かでも光を見出し、その光を大きくしようともがくーー
吾妻はまさしく、その状態だった。彷徨い続けた闇の先に、ほんの小さな光を見つけた。それは光と呼ぶにはあまりに弱々しく、少し気を抜けば見失ってしまいそうであった。それでもその存在が、今吾妻を支える唯一のものであった。
「家族の・・・元へ・・・2人の・・・待つ場所へ・・・」
吾妻は声を漏らした。地下深くに掘られた道を、壁伝いに何とか進んだ。気の狂いそうなほどの頭の痛みと、不自然に固い身体が隙あらば歩みを止めようと企てていた。
つい先程までの記憶が、ほとんどない。しかし目指すべき場所は、今明確に理解できていた。頭に入り込んで来たノイズの出所を、吾妻は掴んでいた。意識の確かな内に、そこにいるであろう者たちを殲滅し、自らの心を取り戻さねばならない。それ以外に、家族の元へ戻る方法はない。それだけは確かだった。
「やはり、ここに来たか。私の事を殺すつもりか?」
見覚えのある実験着姿の男、鬼頭=ジェームズ=バーグが立ち塞がっていた。その背後には、ここが地下とは思えないほどに巨大な、研究施設の扉があった。その中からゾロゾロと、揃いの装備に身を包んだ外国人らしき男達が溢れ出て来る。その手には一様に、奇妙な形のライフルが握られており、その全てが吾妻の方を向いていた。
「君には感謝している。おかげで、我々の研究は大いに進化した。その成果でもって、相手をしてやろう」
鬼頭は白く長い実験着をはためかせながら、甲高い声で笑った。それを合図に、部下達は一斉にライフルを構えた。しかし通常の銃とは違い、それらは何かしらのエネルギーを装填しているようで、随分と時間がかかっている。
吾妻は自分自身に驚いていた。いつもなら、敵に少しでも隙があれば一気に距離を取り、格闘技に打って出る。ところが今彼がしたことといえば、機械と化した左腕を敵に向け、掌を突き出す事だった。
何も考えずとも、身体は自分勝手に動いた。不思議と、何をどうすればこの身体を使いこなせるのかが分かっているようだった。突き出した掌からは電気がバチバチと音を立てて球を形作り、今にも破裂せんばかりだ。
ズドーン!
気がつくと、目の前には武器を構えたままの鬼頭の部下達が、意識を失い横たわっていた。何が起きたのか、自分が何をしたのか、全く理解できず、吾妻は自らの両手を眺めた。仕事柄、人を傷つける行為は幾度となくしてきた。それでもそういったことは必要最低限であるよう努めてきたはずだった。しかし、今のは違う。敵とはいえ、無意識に、そして必要以上に人を攻撃した。意識はあるはずなのに、自分の身体がすることがそれに反している。
ズドドドドドドド!!!!
突然、背に鉄の雨が降った。振り向く事すらできず、吾妻は痛みに悶えながら膝をつく。通常の銃弾を遥かに凌ぐそのスピードと威力は、肉体を改造された今の吾妻にさえ、大きなダメージを与えた。
「どうだね、大佐。君に使ったのと同じエネルギー源で加速力を大幅に上げた銃弾だ。かなり効いたのではないかな?」
鬼頭は口をこれ以上ないほど横に広げて笑った。そして倒れ込む吾妻の顎を掴み、言葉を続けた。
「君の心の中にはまだ、余計なモノが残ってるようだな。安心したまえ、全て取り去ってやろう」
鬼頭が吾妻の頭に触れると、強烈な痛みと共に、心の中がかきむしられた。過去の記憶や仲間の姿が、次々と破壊されてゆく。そして最後に、妻と息子の顔が浮かび、ガラスの如く、割れた。
闇とは、光の届かない場所のことを言う。しかしそれは物理的なものを指すばかりではない。繋がりを失った時、人は光を失い、闇に沈む。その先にあるのは生でも死でもない。永遠の苦しみのみーー