四 潜入
2045年
新しい年の訪れがもたらす特別な幸福感が、人々を包み込む。ほんの数日のことなのに、年を越す前と後とでは世の中の空気がガラリと変わるから不思議だ。多くの人が、始まったばかりの一年に大きな期待と抱負を抱いていることだろう。しかし、ここにいる者たちにそんな余裕はない。彼らにとって重要なのは、変わらぬ毎日を生き抜く事だ。
ラグナロク自治区。ニホンと海を挟んだ隣に位置するこの地域は、古くより大国間の利権争いに巻き込まれ、治安が安定しなかった。一部の富裕層だけが贅沢な暮らしを謳歌し、民の大半は飢えに苦しむ。30年ほど前に独立運動が起こり国の南側が平和を手に入れたが、残る北側では状況はさらに悪化し、多くのテロ組織が活動拠点を置いてていた。
「新年早々こんなトコで命懸けの任務とはな、気が滅入るなんてもんとちゃうで、ホンマ」
若い兵士が仲間に不平を漏らす。彼はニホンの国家自衛軍対テロ特殊部隊の副隊長としてここに来ていたが、中々任務に身が入らないらしい。
「僕なんか、クリスマスも正月も一緒には居られないってんで彼女と大喧嘩っすよ」
一人の青年が話にのった。その場にいる他の者も、自分も似たような状況だと口々に言い合う。
「俺なんか入隊して以来、毎年この時期にフラれてんで。今年で8人目や」
「マジっすか、先輩・・・8人も毎年彼女作るのもすごいっすけど」
副隊長ケントを筆頭に、若手で編成されたこの部隊ではこういった類の話は鉄板だ。愚痴の言い合いは盛り上がり、最高潮に達する。
「大体、隊長も隊長や。奥さんも子供もいるってのに年中任務任務って、そのうち愛想尽かされんで、ありゃ」
腕を組み、一人で頷きながら笑うケントの背後に、同じ格好でそびえ立つ男。その姿に他の隊員の顔色が変わる。
「誰が愛想尽かされるって?」
どっしりと低く、人を落ち着かせるその声で、しかし副隊長は飛び上がった。
「お疲れ様です!サー!」
全員が一斉に立ち上がり、右手を頭部に当て、敬礼する。洗練されたその動きは、ビシッという効果音までが完璧に揃う。
「そんなにかしこまらなくてもいいぞ、お前ら。そんなんじゃ、お互いコミュニケーションが取りにくいだろう?」
隊長、吾妻ヤマトは大きく笑うと、隊員のたちの間にドカッと腰を下ろした。
「なんの話をしてたんだ?俺も混ぜてくれよ」
「せやから、女にモテへんちゅー話ですわ!隊長はそんなんでどうやって奥さん捕まえはったんスか」
「ん?俺はまぁ、その、あれだ。職場結婚ってやつだからなぁ。デートは専ら戦場だ」
その答えに全員が口元をヒクヒクさせる。そんな中、ケントが先陣をきってツッコミを入れた。
「その勢いで婚約指輪の代わりに弾丸あげたとか言わへんわな・・・」
「あん時の拳は効いたぞ、本当に」
吾妻は、左の頬をさすりながら笑った。釣られて全員が笑い声をあげる。兵士たちは命懸けの任務の前夜には、こうして他愛もない話で気を紛らわせる。そうでもしなければ、嫌が応にも残してきた家族を思い出し、胸の奥が締め付けられる事になる。
就寝時間となり、2時間ごとの見張り担当以外皆寝袋に入った。技術の進歩でずいぶん改善されたとはいえ、やはり寝心地が良いとは言えない。誰もが必死で眠りに就こうと努めていた。あちこちでゴソゴソと動く音が聞こえるのがその証拠だ。ようやく静かになった頃には、一回目の見張りの交代の時間だった。
見張りの担当は二人組で行う。次の担当は隊でも最も若い青年一松セイヤと吾妻だった。前の担当だったケントの寝袋が静かになったのを確認してから、セイヤが吾妻に話し始めた。
「隊長は何でそんなに、任務に打ち込めるんですか?」
「どうした、藪から棒に」
吾妻は息子に話すみたいに優しく微笑む。
「自分は、心の準備が出来ないというか、明日の任務に命懸けで行く理由が見つからないんです。でもそれがないと、いざという時に逃げ出してしまいそうで・・・」
最後の方は少し恥ずかしそうにうつむいた。それからまた続けた。
「ケント先輩に聞いたら、”そんなもんは適当でいい、何となくこなして何となく帰ってくるもんだ、仕事なんだから”って言われました。けど、自分にはそうは思えないんです。こうゆう事って大切ってゆうか・・・」
「ははは!あいつらしい答えだな!そしてそれに不満を持つところもまたお前らしい。だが、”戦う理由”なんてのは人それぞれだからなぁ」
吾妻はそこで言葉を切って、チラッとケントの方を見た。寝袋がわずかに動いたが、気づいていないようなふりで、また顔を戻した。
「ケントの奴は、お姉さんがテロに巻き込まれて亡くなってから軍に入ってきたんだが、最初の頃は気持ちの整理つけるのに苦労してたんだ。でも別れ際にお姉さんに”何があっても自分らしく生きなさい”って言われたってんで、ずいぶんと明るくなった。ちょいと明るすぎだけどな。ああ見えて任務で手を抜いたことなんて、実は一度もない。自分と同じ思いは誰にもさせまいってのがどっかにあるんだ、きっとな」
始めて聞くお調子者の先輩の話に、セイヤは素直に驚きの表情を見せた。そんな若い兵士に、吾妻は今度は自分の話を始めた。
「30年も前だ、俺がまだ二十代の若造だった頃、ニホンに今みたいな軍隊ってのは無くてな。俺もただのレスキュー隊員だった。
ある時大きな事件が起きて、被害は甚大だった。沢山の人が傷ついたし、街はあちこち崩壊した。当然俺も駆り出されて、市民の避難とか救助とかやってたんだが、その俺に、助けを求めてきた女の人がいた。炎が大きく燃え盛る建物ん中に、幼い息子がまだいるってな。そこに飛び込むのは明らかに危険だった。中にいるその子供が生きてる可能性はかなり低いように見えた。俺は一瞬ためらった、恐れたんだ。その間にその子の父親が火の中に飛び込んだ。結局子供は助かり、父親は亡くなった。
誰も俺を責めはしなかったが、俺は自分自身を何度も呪った。もしあの時俺が一歩を踏み出していたなら、あの子供は父親を失うことはなかったかもしれないんだ。それから何年かして軍に入り、これまでにそれこそ何万という命と向き合ってきた。もちろん中には救えなかった者も沢山いた。
俺たちにとっちゃ毎日のように触れる命でも、助けられる側にとってはその時が全てだ。だから俺は常に全力を尽くす。俺を奮い立たせるのは今でも、救えた百の命じゃあなく、救えなかった一つの命なんだ」
長い話を終えて、神妙な顔つきでそれを聞くセイヤに、吾妻はニカッと笑って続けた。
「なんて、大層なことを言ってはみたが、俺はこうも思うんだ。誰かのために動く、助けるってのは、しょせん、自分のためにやるもんだってな」
「”情けは人の為ならず”ってことですか?」
「いや、そういうんじゃなくてだな、本当に、自分のための行為って意味だ。たとえ相手のためを思っての行為だとしても、結局は自分がそうしたいからそうする。それ以上でもそれ以下でもない。偉いわけでも、尊いわけでも何でもない。違うか?」
純粋な目で、真剣な顔で、真っ直ぐ自分の方を見るセイヤの頭に、吾妻は優しく手を置いて、最後に付け加えた。
「それくらいの方が、気楽だろう。気負わなくていい。自分がどうしたいか、どうありたいかだ。それを探し続けていればきっと、自分だけの闘う理由が見つかるさ」
吾妻たちの部隊は翌朝、車に揺られながら目的地に向かっていた。目的地となるのは、国際テロ組織NEVERの本拠地。数年にわたる調査でその場所を突き止め、今日ついに潜入することとなる。敵に悟られずに基地内部の情報をなるべく得て帰還し、次の奇襲に生かすことが今回の任務の内容だった。
車は自動操縦で地雷などを察知し、避けながら進んでくれるため非常に便利であったが、音や動きで探知されやすいため敵に見つかる危険性は高く、車で近づけるのは手前十キロまでである。そこから先は各々武器を持ち、トラップに注意しながら徒歩でゆっくりと進むしかなかった。
先頭を行く副隊長ケントは、とても慎重に進んでいるようには見えない。隣を進む後輩隊員にちょっかいを出しながら、随分気楽そうですらある。昨日までのセイヤなら、そんなケントの様子に腹を立てていたかもしれなかったが、今はまるで違うように見えた。実際部隊は一度たりともトラップにはかからなかったし、敵に見つかった様子もない。複雑な心境で先輩の姿を見るセイヤを、部隊の一番後ろから吾妻が優しく見守る。
トラップを避けながら進んだので、一行は随分と迂回した格好となった。距離に対して時間は多くかかり、辺りはすでに暗くなり始めている。鬱蒼と生い茂る森の木々が、互いが互いを上手く隠していた。野生の動物も多くいるために音も目立ちにくく、また空中から見つかる危険性もかなり低い。基地はすぐそこだったが、徐々に敵の見張りが増えてきた事もあって、ここ数時間は実質的に足止めを食らっている状態だった。
「このままやと、時間ばかり過ぎてもうて、そのうち敵に見つかんで、隊長」
前を進むケントが、小さな声で言った。すでに集中力も限界に達し、はじめの頃の明るさが影を潜めている。他の隊員も皆、これ以上の足止めは、体力的にも精神的にも厳しいというのが現実だった。
「よし、ここで二手に分かれるぞ。ケントを中心に、四人がここに残り待機、非常時の援護と本部への連絡、それに敵の目を引く囮役だ。俺とセイヤ、風馬兄弟が潜入する。フォーマンセルなら隊の機動力も上がるし、敵にも見つかりにくい。少し危険だが、行くしかないだろう」
吾妻の指示で、全員が動き始めた。潜入隊は極力持ち物を減らし待機隊に預け、待機隊の方はいつでも本部と連絡が取れるよう準備し、またうち一人は遠距離からの射撃で潜入隊を援護出来るよう位置を変えた。
基地周辺は予想よりはるかに警備の数が少なく、たった5人だった。それもそのはず。地上部分に建物らしきものはほとんど見られず、地下への入り口らしき場所は一箇所しかないのだから。
「おそらくは、NEVERのメンバー以外が立ち入るとセンサーが発動する仕組みだろう。あれを超えるにはそのセンサーを無効化しなきゃならないな」
吾妻はそう言いながら風馬兄弟に目配せした。兄弟はいたずらっぽく笑うと交互に答えた。
「任せて下さい」「隊長」「田舎のテロ組織のシステムなんて」「俺たちにとっては朝飯前です」「今なら晩飯前じゃないか」「確かにそうだ」
2人がシステムのハッキングをするには、敵にバレることなく入り口周辺に近づかなければならない。5人の見張りを、地下のお仲間に連絡する隙を与えずに無効化する必要がある。
「3人こちらで請け負います。後の2人はお願いします」
待機部隊から無線が届く。その数秒後、見張りが一人離れたところで音もなく麻酔銃が放たれた。さらに引き続いて入り口と逆側から煙が上がり、2人の見張りがそちらへ移動する。
そのタイミングで飛び出した吾妻とセイヤは鍛えられた身のこなしで一瞬にして相手との間合いを詰めると、すぐに拳を突き出した。見張りはどちらも間一髪のとこでそれをかわしたが、不意を突かれたために足が縺れ、あわや転倒しそうになる。仲間に連絡させないよう、吾妻たちは手を緩めることなく連続して攻撃を繰り出し、数秒後には、冷静さを欠いた相手を圧倒した。伸びた相手を片付けた後、嬉々としてハッキングに取り組む風馬兄弟を待って、部隊は潜入を開始した。
中は、長い一本道だった。暗い通路は人一人通れる程度の広さで、とてもではないが物資などの運搬には向かないように見える。それは、吾妻たちが把握していない入口が、もっと別のところにあるということを意味していた。
ひたすら長く続く道は、どうやらわずかに下に傾いているようだったが、今自分達がどの程度地下に潜ったのかは分からなかった。コツコツと響き渡る音は気味が悪く、終わりの見えない時間はまるで地獄へ向かわされているようにさえ感じられた。
どれほど進んだだろうか、道がようやく開けた。しかし厄介なことに、今度はあまりにも道の数が多かった。見渡す限りどの方向にも道があり、さらにその奥で枝分かれしている。印をつけておくのを忘れていたら、今来た道すら分からなくなりそうだった。
あまり一つの所に長居する訳にはいかず、4人は正面の道から攻めることにした。効率は下がるが、一度別れたら2度とは出会えないだろうということで、あくまでもフォーマンセルは崩さないというのが吾妻の判断だった。ところが、そこからが大変だった。枝分かれした道は中で繋がっていて迷路のようになっており、何度も同じところを通らされた。その上途中いくつかの部屋の前を通ることとなり、その度に敵に見つかるリスクを負わねばならなかった。一度など、あと数秒タイミングがズレていたら間違いなく敵と正面衝突する所だった。
はじめの場所に戻ること4度目、どう進めばいいのか全員が途方にくれていた、その時だった。
「ちょっとここ来て下さい!」
セイヤが叫んだ。
「おい!」「そんな声出したら」「見つかるだろ!」
風馬兄弟が声を潜めて叫び返す。
「すいません、でもとにかくここ、見て下さい」
セイヤが指差していたのは始めに通って来た入口から繋がる細い通路の脇だった。そこにはうっすらと線のようなものが入っていて、手で軽く押すと、何と壁が消えた。
「お手柄だな!」
吾妻がセイヤの頭の上に軽く手を乗せる。いつも真剣な表情しかしないセイヤの顔がわずかに綻んだのを見て、風馬兄弟がセイヤを両脇から軽く小突いた。
現れた道は、これまでと違い随分と広く、かつ明るかった。壁や床もしっかりと整備されており、たくさんの部屋が並んでいる。どの部屋も何かの研究室のようになっていて、中には相当な数の機材や薬品が置かれていた。さらに真っ直ぐ進むと、そこは小さな町がすっぽり入りそうなほど広い工場だった。しかし、何かがおかしい。これほどの施設なのに、人が、誰もいない。
静まり返ったその巨大な空間では、無言でさえうるさく響き渡るように感じる。辺りを見渡しながら慎重に歩を進める4人だったが、やはりどの機器も動いていないようだ。高くそびえるクレーンや、何に使うのか分からないドーム、108本ものアームがついた台車など、様々な機器が静かに並ぶ。そして4人が、巨大なコンピュータを横切った時だった。吾妻の目に、不振な物が映った。アレは爆だ・・・
「逃げろ!!」
その言葉が隊員の耳に届く前に、赤と黄色の炎と黒い煙が一気に広がった。全員反射的に横っ飛びに爆風を避けたが、炎は辺りの機材にも燃え移り、数秒の間にそこは火の海に包まれた。
「隊長!祐介先輩と佐助先輩が!」
吾妻・セイヤと風馬兄弟は燃え盛る炎によって完全に分断されていた。
「大丈夫か、お前ら!」
「はい!」「ひとまずは!」
「全員とにかくここから出るぞ!」
その号令に従って、風馬兄弟は炎の向こうで走り出した。吾妻とセイヤも、入ってきた方へと体の向きを変えたが、その行く手を阻む影があった。しかもその数は、徐々に増えている。20人はいそうだ。
「これはこれは、大佐殿。こんな所で何をしておいでかな?」
敵の一団が左右に分かれ、その真ん中から男がひとり、粘り気のある声を響かせながらゆっくりと現れた。コツッコツッと靴音を響かせ、実験技をマントのようにはためかせながら。その顔は不自然なほどに彫りが深く、青味がかった目は自分以外のモノを見下すようにギラギラと光る。いやらしい笑いを作り出す口は耳の方まで裂けていて、右腕は義手のようだ。
「罠だったということか」
吾妻が静かに問いかける。
「どこから漏れた?」
「聞かれたことを素直に教えるほどお人好しじゃあないんでね。それに知ったところで意味はなかろう。外の連中には逃げられたが、君達は逃がしはせんよ」
ただでさえ大きく裂けた口をさらに広げながら男は笑う。その脇を固める者たちも、手に思い思いの武器を構えながらゲラゲラと声をあげた。
「お前、見た顔だな。確かどっかの企業の研究者で、名前は鬼頭=ジェームズ=バーグだったか?なぜそんな男がここにいる」
吾妻はそう言って相手の気を引きつつ、少しずつ後ろに下がりながら、小さな声でセイヤに話しかけた。背後で連鎖する爆発の音で相手に声が聞こえづらかったのは幸いだった。
「合図をしたらお前はすぐにここから逃げろ。ケントたちと合流して、本部テントごと引き揚げるんだ」
「隊長はどうするんです!」
「俺はここでこいつらの足止めだ」
「それなら自分が足止めを!隊長は逃げて下さい!」
「若造が死に急ぐな。足止めして尚且つ生きてここを出られる可能性があるとすれば、俺の方だ。それに命の価値に優劣があるとしたら、それは年齢だ。お前にはここで生き延びてやるべき事が沢山ある。
安心しろ、妻と息子の笑顔を見るまで、俺はくたばらん。あいつらの存在が必ず、俺を家まで連れ帰ってくれるさ」
吾妻の表情は、恐ろしいほどに穏やかだった。セイヤは黙って頷くと、ジリジリと後退を始めた。
「私がなぜここにいるかは君には関係ない。それに君ら2人は大事な捕虜だからな。人体実験にも使わせてもらうぞ!」
その言葉で敵が一斉に動き始めた。
「走れ!!!」
「イエッサー!」
吾妻が叫び、セイヤが走り出した。同時に、吾妻は軍服のポケットから催涙ガス玉を取り出し正面の敵に投げつけた。動きを止めた敵を一人ずつ確実にのしてゆく。その気迫溢れる姿は暴れ狂う猛獣がごとく、催涙ガスを浴びなかった者までもが一瞬、金縛りにあったかのように固まった。
戦う吾妻を背に、セイヤは走り続けた。振り返ることはしなかった。炎を避け、大量の機械の間を右へ左へと曲がった。そうしてようやく飛び込んだ先は氷のごとく冷たい空間だった。そこには無数のコンピュータ類が置かれており、何と先に逃げたはずの風馬兄弟がデータを盗み取っていた。
「何をやってるんです、先輩!」
「すでに逃げ道は見つけた」「どんなに少しの情報でも手に入れる」「それが」「俺たちの仕事だ」
そう言って兄弟は今までデータを吸収していた専用ブレインキューブをひっつかんだ。
「さぁ逃げるぞセイヤ!」「こっちだ!」
吾妻は敵を一掃していた。燃え盛る炎の中、酸素は不足し体には無数の傷を負い、すでに満身創痍だった。片目は閉じ、左腕は動かなくなっていた。それでも吾妻は、身体を引きずるようにして走り始めた。仲間の元へ、家族の元へ、帰らなくては。
しかしそんな吾妻の前に鬼頭=ジェームズ=バーグが立ちはだかった。どさくさに紛れ、一人吾妻の猛攻を逃れていたのだろう。だが、吾妻にはもう戦う力は残っていなかった。男の手に握られた見知らぬ武器から、電気の塊のようなものが現れた。それは徐々に球を型どり、そして無情にも吾妻に向かって放たれたーー。
意識が薄れていく。自分が今生きているのか死んでいるのか、それすらも分からない。ただ目の前が、どんどんと暗くなっていた。深く、深く潜って行く。徐々に、自分という存在が無くなってゆく感覚があった。そこから先は、何も、分からなくなった。