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クロノマン  作者: 蛙の介
3/12

三 再会

 気がつくと、そこは見たことのない街だった。見上げるほどの高層ビルが所狭しとそびえ立ち、行き交う人の数は今まで見た世界中のどんな都市よりも多い。その圧倒的な街の存在感が、自分たちに起きた不可思議な出来事をしばし忘れさせた。

 ピロン

 最後の一小節を歌い終えたオルゴールが、2人の手の中で光を失った。中に入っていた機械の画面はバチバチッと音をあげ、同時に、表示されていた数字も消えてしまった。

 あまりの出来事に2人ともしばらくは言葉を失っていた。通り過ぎる人達が2人のことを不思議そうに見ていたが、本人達はそれどころではなかった。ここはどこなのか?何が起こったのか?そもそもなぜこんな状況の中に自分たちはいるのか?たくさんの「?」が、頭の中を占領していた。少しして、その疑問をそのまま、ハルが口にした。

「何がどうなってるの?ここもどこだか分からないし、夢とも思えないわ・・・」

 ハルに比べると、アキラは少しばかり冷静だったかもしれない。もちろんアキラにもこの状況を説明することなど出来なかったが、母のペンダントがオルゴールにはまった時から、何かが起きるかもしれないとゆう、一種の予感があった。

「とにかくいったん落ち着かないと、誰か頼れる人が見つかるといいんだけど・・・」

「この状況を説明したとして、信じてくれる人がいると思う?」

 アキラも、ハルの言うことはもっともだと思った。もし立場が逆だったなら、アキラもハルもこんな話は信用しなかったに違いない。

「そもそもここ、ニホンなのかな?看板とかの文字はそうだけど、街の雰囲気とかも違いすぎるわ」

 一人呟くハルの横で、アキラの頭にピンとくるものがあった。アキラは急いでズボンのポケットをあさり、それを引っ張り出した。

「この写真、母さんの部屋で見つけたんだけど、父さんと母さんといっしょに写ってるこの外国人ともう一人の男の人、もしかしたら何か知ってるかも知れない!」

 興奮気味に話すアキラにハルはなだめるように言い返した。

「あのね、自分たちがどこにいるかも分からないのに、その人たちをどうやって探すって言うの?それに、何でその人なら何か知ってるって思うのよ?」

「いい?僕たちがここに来ることになった原因はおそらくこのオルゴールだ。それを見つけたのが母さんの部屋、さらにその鍵になってたのは母さんがくれたペンダントだった。そしてこの写真も母さんの部屋に隠されてた。偶然にしては出来すぎてると思わないか?きっとこれは全部繋がってるんだ!それにこの2人どちらかがいる場所のアテならあるよ。ほら!」

 そう言ってアキラは、ハルに写真の裏を見せ、そこに書かれた住所らしきものを指差した。アキラはハルに説明しながら、自分の考えにどんどん自信が湧いてきていた。考えれば考えるほど、この推理に間違いはないように思えた。今やアキラの中には、冒険心さえ芽生え始めていた。もっとも、あまりに突然かつ不可解な出来事のおかげで、半ば投げやりな精神状態にあると言うべきかもしれないが。

 アキラの話は理にかなっているようにも思えたが、やはりハルは、安易に賛成する気にはなれなかった。

「でも、ここにどうやって行くの?見たこともない住所だし、歩いて行く訳にもいかないでしょ?」

「それは・・・」

 アキラが答えに詰まった時だった。

「目的地はどちらですか?」

と、背後から優しい男性の声がした。2人は驚いて振り返ったが、誰もいない。替わりにいたのは、いつの間に来たのか、一台の大型バスだった。2人が居るのはどうやらバス停らしい。

「今私たち、誰かに声かけられなかった?」

「うん、僕もそう思ったけど・・・」

「目的地はどちらですか?」

 今度は間違いなかった。2人が戸惑うのも無理はない。なにせ話しかけて来たのは、確かに目の前のバスだった。

 よく見ると、バスの側面には液晶がついており、そこに映し出された男性から2人は話かけられているようだった。しかしそのあまりにも滑らかな声と容姿は、機械特有の、どこか冷たさを感じさせるものとはまるで違っていた。ハルに右腕を掴まれながら、アキラは恐る恐る、「彼」に写真の裏を見せて問いかけた。

「僕たちここに行きたいんです。どうやって行けばいいのか分かりますか?」

「その住所へはこちらのバスで行くことが可能です。31分20秒で到着いたします。お乗りになりますか?」

「じゃ、じゃあ、お願いします」

 そう言って2人がバスに乗り込み、扉がしまったところで、ハルが慌てた様子でアキラの袖を引っ張り小さな声で話しかけた。

「ねぇ私たち、お金持ってないよ」

「バスの乗車代金は10年前より完全無償化されました」

 アキラの代わりにハルに応えたのはまたしてもバスだった。車内の壁に設置された液晶に先ほどと同じ男性の姿が映り、その場に立ち尽くす2人に続けて話しかけた。

「どうぞ、お好きなお席にお座りください。ご質問、ご要望等あればお気軽にお声がけ下さい」


 車内は、春のような心地よい暖かさに保たれていた。その気温の変化で2人はようやく、外がかなり寒かったことに気が付いた。

「季節まで違うみたいね」

「このくらいじゃあ、そんなに驚かなくなってきたけどね」

 バスの中には、アキラとハルの他にもすでに、何人か乗客がいた。が、その服装はどれも見たことのないブランドのものやデザインばかりで、中にはファッションショーにでも出るつもりなのかと言いたくなるような奇抜なものもあった。彼らと距離を取るように、2人は運転席近くの長椅子に座った。そこなら窓から街の様子を見るにもうってつけだと思ったからだ。

 長椅子には、初老の男が一人だけ座っていた。はいているズボンは継ぎ接ぎだらけで、すでに元の生地がどの部分なのかも分からなくなっており、泥の汚れがこびりついた上着はダボダボで、頭にはダークグレーのハンチングをかぶっている。何ヶ月も手入れなどしていないのだろう、髭は伸び放題で、あまり関わりたくない雰囲気だった。もっとも、寝ているように見えたので、2人は彼の事をあまり気にしないことにした。

「いつ出発するんだろう?」

「2分26秒前に、すでに出発しております」

 先程からバスの応答は、適切だが毎回少し早すぎるようにも思えた。アキラとハルが窓の外を見ると、確かにそこに映る景色は素早く入れ替わって行く。

「あんまりにも静かだから、全く気がつかなかった」

「最初に近づいてきた時もそうだったわ」

バスに会話を遮られないよう、2人の話すペースもついつい早くなる。

「国内で使用されているバスは現在、全て電気自動車となっております。またエンジン音他騒音や排泄物など全てエネルギー源として再利用されるため、無駄はございません。これに加え、完全自動運転が実用化されたことがバス始め交通機関の無償化につながりました」

 バスの方も、久々に相手をしてくれる人間に出会えたのが嬉しいのか、嬉々として、間髪を入れず説明を加える。その言葉通り、運転席には誰もいない。周りを走るその他の自動車も、一人としてハンドルを握っているものはいなかった。

 バスはその後も渋滞に巻き込まれることなくスムーズに進み続ける。バスの説明によれば、車同士がスピードを調節・連携して渋滞は年間数回しか起きないということだった。窓はそのあまりの透明度のおかげで、そこにあることを忘れてしまいそうなほどだったが、それ以上に驚かされたのは、先程の奇抜なファッションの女性が窓を軽く叩くと、その一枚だけが、一転して銀色の鏡になったことだった。

 そんな不思議な窓から外を覗くと、そこもまた、随分と不思議な光景が広がっていた。何かのリズムに合わせてノリノリで踊っている大学生は、しかしどこにも音源は見えなかったしイヤホンもしている様子はなかった。皆当たり前のように自転車を乗り捨て、また別の人が平然とそれにまたがっている。極め付きは、地面から10センチほど浮いた板に乗って遊んでいる子供達だ。

 どうやら終点が近いらしく、はじめにいた乗客のほとんどが、今はもうその姿は見えない。新たに乗ってくる客もなく、このバス停で後ろの方に乗っていた背の高い女性が降りたため、残っているのはアキラとハル、そして例の男だけになった。

「今時透明鏡に驚いたり、バスに金払おうとしたり、変わってんな、あんちゃん達」

 バスが発車すると同時に、下を向いたまま、男がアキラ達に話しかけてきた。突然のことで黙ったままの2人に

「おいおい、無視するこたぁねえだろ」

と、今度は目だけをこちらに向けて続けた。

「ごめんなさい。お休み中なのかと思ってたので」

 ハルが慌てて返した。すると今度はアキラのTシャツを指差し、

「そのTシャツ、若い頃流行ったぜ、懐かしいもん着てんな。俺も昔は彼女と揃いで着たもんだ、ペアルックってやつだ。お前らの世代にとっちゃあ死語だろうがな。おっと、今時は死語って言葉自体死語なんだっけか」

などと、酒に焼けた声でヘビのごとくガラガラと笑う。

 この人言ってることが無茶苦茶だ、とアキラは思った。最新の流行のこのTシャツが、若い頃に流行った?死語が死語?まるで自分が未来の人間みたいな口ぶりだ・・・未来?

「あのー新聞とか持ってないですか?良かったら見せてもらいたいんですけど・・・」

 唐突なアキラの質問にハルが耳元で聞き返す。

「どうしたのよ突然?」

「街の様子にしてもこのバスにしても、それに今このおじさんが言った話も、ここが未来の世界なら、全部説明がつく」

「言いたいことは分かるけど、でもそんなことあり得るわけないじゃない」

「突然知らないところへ一瞬で移動した時点で、もうあり得ないことが起きてるよ」

 コソコソ話す2人に、男がさっきよりも大きな声で笑いながら答えた。

「おいおい、新聞なんてずっと昔になくなったぜ。お前達くらいの世代なら知ってる方が驚きだ!」

新聞がない?その言葉に固まるアキラ達を見て、男は続けた。

「一昔前までは皆、スマホでニュース見てたが、今じゃほとんどこいつだ」

 そう言うと、男は上着のポケットに手を突っ込み、何やら小さなものを取り出して2人に見せた。

 それは3センチ四方程度の、ちょうどチロルチョコのような形をした箱だった。金属で出来ているようだったが、サビや汚れは一切なく、黒ずんだ男の手には不釣り合いなほど美しく輝いている。しかもその輝きは落ち着いたもので、何とも言えぬ安心感さえ感じられる。

「これは?」

「ホントに知らねぇのか?普及率95%で、小学生のガキだって持ってるって聞いたがなぁ」

 男は髭をボリボリとかきながら、首をかしげる。

「まぁいいか。こいつぁな、ブレインキューブっつって、この上んとこに指乗っけながら頭ん中でなんか思うだけで、知りたいもんとか見たいもんとかが脳内に直接映像として出てくんだ。音楽とかも聞けるな。まぁとにかくやってみな、はじめてやるとちょいとビビるぜ」

と、見てくれに反して綺麗な歯を覗かせながら

「ほれ、ニュースが見たいんだろ。そう思うだけでいい」

そう言って、アキラにキューブを押しつけた。

 アキラは言われるがまま、キューブに親指を乗せ目をつむり、

「今日のニュースを見せて」

とキューブに頼んだ。すると

「ったく、口にしなくてもいいっつってんのに」

という男のぼやき声と同時に、目をつぶったままのはずのアキラの目の前に、たくさんのニュース映像や記事が流れ込んできた。

「今日未明、港区御幸山で交通事故がありました。幸い怪我人は出ませんでしたが、乗用車による交通事故は今年に入って初とのことです」

「街のチンピラ、時計台にバイクで突っ込み逮捕」

「政府は昨夜、緊急の記者会見を開き、今年初めにラグナロク自治区にて、国際テロ組織NEVERの基地に潜入した、国家軍の大佐が行方不明になった事実を隠蔽していた事件に関して、初めて公式に説明を行いました。行方不明になった大佐は現在も捜索が続いていますが成果は上がらず、政府は批判を避けられない状況です」

「オキナワで早くも桜の開花が観察される」

 どれも、本当に目の前に広がっているように鮮明に映し出され、気になったものに関しては詳しく、必要ないと思うものは削除されていく。そして、アキラが最も知りたかった情報も、すぐに浮かんできた。

「本日の日付:2045年2月16日」


「アキラは何をしているんですか?」

 黙ったままキューブを握りしめているアキラを見て心配になったハルが、男に問いかけた。

「さっきも言ったろ、あれ持ってると知りたいことが頭ん中に直で浮かんでくんだ。誰にも見られねぇし音も漏れねぇからな、かなり便利だぜ、こいつは」

 男がそう、ニヤリと笑ったところで、アキラはキューブから指を離した。そしてハルの方へ向き直り、衝撃と興奮の入り混じった気持ちを落ち着けるように、一文字ずつゆっくりと言った。

「2045年だ。今僕たちは、2045年2月16日のニホンにいる!」

 そんなアキラとは対照的に、ハルは信じられないというふうで、口に手を当て、固まってしまった。

「そんなまさか・・・」

「でも間違いないよ、ほら、あそこ。あれって僕らの街の時計塔だろ?」

 確かに、高層ビル群の隙間からは、見覚えのある巨大な時計塔がこちらを覗いていた。

「おいおい、今日の日付が知りたかっただけなのか?そんならこいつを貸すまでもなかったな」

 男は2人の様子を不思議そうに眺めながら、しみじみと語った。

「だが、たまげたろ?俺も最初は信じらんなかったぜ。まったく技術の進歩ってやつぁてぇしたもんだ。それに、医学の進歩もな。最近じゃあ病気で死ぬやつなんざめったに聞かなくなってきた。こないだなんか、ついに癌細胞の初期化技術ってやつが実用化されたらしいじゃねぇか。なぁ、おい。あと10年早けりゃお袋も死なずに済んだかもしれなかったんだがなぁ」

 最後の方は鼻をすすり、目頭を押さえながらだったので、少し聞き取りにくかった。ハルはまだタイムスリップの衝撃から立ち直っていないようだったが、涙を拭う男にそっとハンカチを差し出し、優しく手を握った。

「きっとお母様も、天国で幸せに暮らしてらっしゃると思うわ」

「ありがとよ、お嬢ちゃん。誰かに優しくされるなんざ久しぶりだ」

 男はそう言って、もう一度涙を拭った。その様子を見て、アキラも胸が熱くなるのを感じた。母さんも、生きた時代が違えば助かったかもしれないんだ。もしかしたら今も一緒にいられた可能性だって・・・

「目的地に到着しました」

 少ししんみりとした空気を打ち壊すように、バスが淡々と2人に話しかけた。車内の時計を見ると、2人がバスに乗ってからピッタリ31分20秒が経過していた。

「ご乗車ありがとうございました。またのご利用を心からお待ちしております」


「じゃあな、あんちゃん嬢ちゃん、楽しかったぜ。またいつか会えるといいな」

 髭だらけの顔から笑顔をほんの少し見せ、男は別れを言った。2人も男に礼を言おうとしたが、すでにバスはいなくなってしまっていた。

「せっかちなバスね」

 そう笑いながら話すハルだったが、自分たちのいるこの場所が未来の世界であるということについては、まだ半信半疑なようだった。

「私達本当に、未来に来ちゃったんだと思う?だっておじさんが見せてくれたものにしたって、ここが未来だってゆう証拠にはならないと思う。なにせ未来がどうゆう世界かなんて、誰にも分からないんだもの」

「この住所に行けば、何か分かるさ」

 2人が降りたバス停の周辺は、それまでの街の様子とは打って変わって一面森だらけだった。行き交う人の姿もほとんどなく、道も、森の中へ続くものが一本整備されているだけだ。

「あのーこの住所に行きたいんですけど、どこか分かりますか?」

 アキラは、目の前を通りかかった恰幅のいいお婆さんに、聞こえやすいよう大きな声でゆっくりと声をかけた。

「そんな喋り方しなくたって、聞こえますよ。最近の補聴器は優れものだからねぇ」

 お婆さんは少しムッとした様子だったが、

「その住所なら、10分くらいこの道をまっすぐ行った辺りだわ。そんな辺鄙なとこに家建てる人はそうそういないから、行けば分かりますよ」

そう、親切に教えてくれた。

「ありがとうございました」

 深くお辞儀して立ち去ろうとする2人の顔を、お婆さんは下から覗き込む。

「あんた達、あたしが昔住んでた家の近所の子らにそっくりだねぇ。確か名前は・・・アキラちゃんとハルちゃんだったかねぇ」

 懐かしそうに眺めるお婆さんの言葉に、2人は顔を見合わせた。

「あのーお婆さんが昔住んでた所って・・・」

そうハルが聞きかけたところで

「いんや、よく見ると違う気もしてきたわ」

そう言ってサッサと立ち去ってしまった。

「今の人がもし本当に私たちのご近所さんだったなら、やっぱりここは未来なんだってことになるわね」

「だからそうなんだよ、とにかく早く行こう」

 森の中は、枝分かれも何もない、ひたすらまっすぐな道だった。日が落ちて来て徐々に辺りが見えにくくなって来ていたので好都合だったが、変わりばえのしない風景はやや退屈だった。

 お婆さんの言った通り、10分ほど歩いたところで右手に少しだけ拓けた空間があった。

「きれい・・・」

 そう、ハルが漏らすのも無理はない。辺りの地面は、人の手によって丁寧に整備された芝が青い絨毯のように一面を覆い、その真ん中あたりにひっそりと佇む家の様子は息を呑むほど美しかった。先ほどまで見て来た街の様子とは対照的な、絵本の中に入り込んだような世界が、そこには広がっていた。

 まだ刈られたばかりの芝を踏みしめながら、2人は玄関まで静かに歩いた。冬の冷たい風が、2人の背中をそっと押す。

「ここで、間違いないみたいだね」

 玄関の前で呟いたアキラに、ハルが無言で頷く。そこにはオルゴールにあったのと同じ、アキラのペンダントの形のへこみがあった。

 ガチャッ

 アキラがペンダントをはめると、扉は自動で開いた。

「お邪魔しまーす・・・」

 2人は恐る恐る家の中に入った。中は、バスの車内よりも少し冷えるくらいで、数時間前まで暖房がつけられていたようだった。しかし人の気配はまるでなく、家全体が、どこか寂しさを感じさせるように静まり返っていた。

 クルクルと丸められ地面に放置された紙のように薄いテレビや、見たことのない形のキッチン家具などが未来を感じさせる一方で、家中のあちこちに本棚が置かれ、たくさんの紙の本が窮屈そうに収められている。中には入りきらなかったのか、床や机の上に陣取っているものもある。他にも散らかっているところはあるが、埃はたまっておらず、掃除は行き届いているようだった。

「誰もいないし、手がかりになりそうな物も何もないわね」

ハルはため息まじりにそう言ったが、アキラはまだ、諦めていなかった。

「ペンダントに合う穴を探して。きっとまた、どこかにあるはずだよ」

 それから2人は二時間ほどかけ、家中を捜索した。が、それらしきものはどこにも見当たらない。それどころか、この家の家主に繋がりそうなものさえ、何一つ見つからなかった。

「もう探してないところなんてどこにもないわ」

「そんなはずないよ。絶対にこの家には何かある、僕分かるんだ」

 アキラの言葉に嘘はなかった。ペンダント、写真、オルゴール、全てが繋がっていて、ここに何もないはずはないと、確信していた。

「そんなこと言ったって、もう十分探したじゃない。あと見てないところがあるとすれば、大量の本棚の裏くらい・・・」

 そう言って、ハルははっとした。アキラも全く同じ表情をした。そして2人声を合わせて叫んだ。

「それだ!」

 家の中の本棚は軽く10以上あったため、この作業もすぐには終わらなかった。動かしやすいよう中の本を外に出すだけで一苦労、その後一つずつ棚を移動し、裏を探す。各本棚の裏には必ず吸引口があり、そこで家中のホコリを吸い取っているようで、それが家の中がきれいに保たれている秘密らしかった。そして8つ目の本棚の裏に、見つけた。

「あった・・・」

 他の本棚の時にはホコリ吸引口があった場所に、あの形のへこみがあった。

 ヒューン

 ペンダントをはめると、壁が消え、変わりに下へ続く階段が姿を現した。暗闇を白い灯りがかき消したが、言い知れぬ不気味さは消えてはくれないようだった。

「行こう」

「う、うん」


 カッカッカッ

 2人の足音が壁をつたい空間に響く。階段は螺旋状に大きくグルリと周り、一周したところで終わった。

 パパパパッ

 前を行くアキラが最後の段を降りると、いっせいに明かりがつき、それまで暗闇に隠れていた部屋が一瞬にして姿を現した。

 そこは研究施設のようだった。無駄に高い天井の下には、だだっ広い空間が広がり、大型のものから小型のものまで、最新だと思われるコンピュータがあちこちに置かれている。部屋の隅には、見たことのない素材で出来た頑丈そうな金庫があり、その表面にはランダムな20個のアルファベットとピリオドだけで構成されたタッチパネルが付いていた。また、巨大な電子ボードには複雑な式が無数に書き込まれ、中央に置かれた机の上では立体的な映像が映し出されている。

「これ、オルゴールの中に入ってたやつじゃない?」

 ハルは立体映像に手を突っ込みながら、アキラに話しかけた。アキラはポケットからオルゴールを取り出し、映像の横に並べた。

「たしかに同じに見えるね。なら、このタイムマシンはここで作られたってことか・・・」

「あぁ、その通りだ」

 突然、聞き覚えのある声が、階段の方から聞こえた。光に照らされたその姿は、顎の周りに髭を蓄え、体つきはずっとガッチリとしており見覚えのあるものとは異なっている。だがその声と雰囲気は間違いなくーー

「もしかしてカズキ・・・なの?」

 アキラも同じことを口にしようとしたが、ハルに先を越された。

「久しぶりだな、アキラ、ハル。私は確かに、50になったお前達の幼馴染、森カズキだよ」


 カズキは2人を懐かしそうに眺めながら、近くの椅子に深く腰掛けた。背筋を伸ばし、足の底を地面に接着されたみたいにピッタリとつける様は、アキラ達のよく知るカズキそのものだ。

「自分のことを”私”だなんて、ちょっと雰囲気が変わったんじゃないか?」

 駆け寄りながら話しかけるアキラの顔は、未来の世界で出会った友に、無意識に綻ぶ。

「ああ、すまない。俺は今、大学で教授をやってるからな。その癖でつい、普段も硬い口調になってしまう時があるんだ」

「流石ね、カズキ。大学では何を研究してるの?」

そう興奮気味に尋ねるハルの言葉を遮り、

「そういう話は後からゆっくりしよう。それよりもまずは、お前達に伝言がある」

カズキが語り出した。

「これから話すことは全て、2015年に戻った後のアキラから俺が聞き、そして今のお前達に伝えるよう頼まれたものだ。話はいくつかあるが、まずはそれ、そのオルゴールについて説明しよう。それが何かはもう分かってるな?」

「タイムマシン、なんだろ?にわかには信じられないけど」

 アキラが答える。

「タイムスリップ自体は、理論的には不可能じゃない。実現するのは簡単じゃないけどな。この、お前達にとっての未来の世界でも、完成されたタイムマシンはそれ一つしか存在しない。俺達はそれを、ループと呼んでいる」

 カズキは電子ボードに書かれた文字を無造作に消し、熱を込めて解説を続ける。

「相対性理論は分かるな。時間の流れる速さは、重力の大きさによって異なる。つまり、重力の大きさをコントロールすることができれば、時間の流れる速さも変えられるという事だ。例えば、重力が地球の何十倍もある星に行けば、そこで数時間過ごす間に、地球では何ヶ月も過ぎてしまう事だってある。

 ループは、その重力制御を可能にする装置なんだ。ループ周りの重力を一時的に何百倍にもする事で、一瞬の間に周囲の時間だけが何年も進むことになる訳だ」

「要するに、未来の世界にジャンプするんじゃなくて、僕たちだけがものすごくゆっくり生きてる間に、世界が30年分、進んでたって事か?竜宮城に行った浦島太郎みたいに」

「そうだ」

「でもその理論だと、私たち過去には帰れないって事?」

 カズキの話に必死に食らいつきながら、ハルが尋ねる。

「いや、さっきも言った通り、俺はこの話を2015年に戻ったアキラから聞いたんだ。安心しろ。過去へも戻れるよ。要は時間の向きを逆向きにして進めればいいんだ。いいか、物理学で用いられる数式の世界では、時間に向きはない。プラスに進もうがマイナスに進もうが、起きる現象は同じなんだよ。ただ、確率の問題さ。現実の世界では、物理現象が逆向きに進む確率は限りなくゼロに近い。起こり得ないほどにな。それを無理矢理可能にしたのがループのもう一つの機能というわけだ」

 カズキはやや得意気に解説を終えた。

「でもこれ、たぶんここに来た時に壊れちゃったんだけど」

「ちゃんと見ないと分からないが、俺なら恐らく修理は可能だ。だが問題はそこじゃない。ループを起動させるためのエネルギーだ。コイツには莫大なエネルギーが必要でね、そこが実用化への最大の壁だった。そこでもう一つ、開発されたのがそのペンダントだ」

 カズキはアキラの胸を指差し、説明を続けた。

「それは、簡単に言えばループに使うエネルギーの充電池だ。それ自体が強力な引力を秘めた特殊な鉱石でな、周囲の熱やなんかのエネルギーを少しづつ吸収し、内部に蓄えておけるよう設計されてる。だがそれでも、タイムスリップを可能にするだけのエネルギーを貯めるのにはかなりの時間がかかるがな」

「なるほどね・・・」

 一連の話は、一応、理解した。が、同時にある疑問が浮かぶ。いったい誰が、何のためにこんなものを作ったのか・・・

「それ、カズキが作ったの?」

 ハルが、アキラの疑問を代わりにぶつけてくれた。

「いや、たしかに俺は開発の手助けはしたが、開発者ではないよ」

「じゃあ、誰が?」

 その問いに答える代わりに、カズキは、アキラのズボンのポケットを指差した。

「そいつを開発したのはこの家の主、アキラの持ってる、その写真に写っている人物だ」

「ってことはやっぱり、その外国人かもう一人のキズのある男の人なんだ!僕の言った通りだったろ?」

 ハルに向かって自慢げに語るアキラを、カズキが静かに否定する。

「その2人・・・黒羽アラタとレイン=ストーンリバー、でもない。俺の知る限りでは、彼らは50年ほど前から行方不明になってる」

 この2人のどちらでもない?だが、他に写真に写っている人物で、今も生きている者などいない。だったらいったい・・・

「お前達、この家の表札は見てないのか?まぁ、玄関から少し離れたところにあって気付きにくかったかもな」

「それってつまり、表札を見れば分かる、私たちの知ってる人ってこと?」

「まぁな。表札には”仁道”って、出てたはずだからな」

「仁道って、もしかして未来のアキラのことなんじゃない?それなら色々と辻褄も合いそうだし!」

 ハルは少し興奮気味にそう言ったが、アキラにはピンと来なかった。カズキは”写真に写っている人物”と言ったが、アキラは写っていない。もっとも、母親のお腹の中にいるという意味なら当てはまるかもしれないが、やはりそれも、腑に落ちない。

 沈黙したまま思考を巡らせるアキラに、カズキは真剣な表情で向き直った。

「引っ張っても仕方がないな。この家の主の名前は、仁道トーマ」

 その言葉でアキラの頭の中にあった様々な考えや感情は一気に吹き飛び真っ白になった。そんなはずはない、あり得ない。だって、その名前は、仁道トーマはーー

「アキラ、お前の父親だ」


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