9 竜人のルピナス 1
翌日、マモルとスプラは馬車に乗って町へと向かっていた。
馬車は昨日、車軸の損傷が確認されたのでマモルによる応急処置が施されている。
といっても専門家でもなければ補修用の道具がそろっているわけでもないので、古い予備品と交換する程度しかできていない。
「馬車を直してもらうのは、時間がかかると思います。まずはいつものお店で用意してもらう品物を伝えたら、馬車を補修に出してその後自警団。で馬車が治ったらお店で荷物を受け取って帰る、という予定です」
「馬車屋さんっていうのがあまり想像できないんだよね」
今回スプラが訪問するのは以前馬車を購入した店らしいから、元の世界でいう自動車ディーラーみたいなものか?
「マモルさんの世界には馬車屋さんはいないんですか?」
「いないわけではない、と思う。牧場とかには馬車があったから、メンテナンスする人だっていたはず。ただ、馬車はもう普段使いの道具としては一般的じゃなかったんだよね。少なくとも俺の周りで馬車に乗ってる人なんていなかった」
「自動車でしたっけ?馬なし、魔術なしで全て鉄の馬車が動くというのはにわかには信じがたいですね・・・」
「俺にとってみたら、魔術の存在そのものが驚きだよ」
「私は、魔術がない世界がどう成り立ってるのか気になります。家に戻ったら、また詳しいこと教えてくださいね」
「お互いにね」
「はい」
「でも、今はこの森のことをもっと教えてもらうのが優先ってことで」
「はい!」
その後、森を抜けるまでの間マモルはスプラから様々な話をしてもらった。
メインの話題は森のどの植物について。どの植物が食べられるものか。毒のあるもの、薬として使えるものはどれかなど。
「スプラって博識だね」
「お母さんに叩き込まれましたからね。ハイエルフが一人で生きていくには、森の植物が生命線ですから」
普通の人では採取困難な場所に自生する貴重な植物を使い、一子相伝の知識で作成した薬を売って日々の糧を得る。
これがスプラが両親から教わった、ハイエルフの生き方だそうだ。
スプラの講義に耳を傾けているうちに、以前ゴブリンたちに絡まれた場所へとやってきた。
放置したゴブリンたちの大型馬車は無くなっていた。
いくら日がたっているとはいえ、馬車が風化するような日数ではない。
「前々回もそうだったけど、放置したあの馬車ってどこいったんだろ?」
「だれかが回収したんだと思いますよ。・・・いや、誰かというよりは定期巡回の自警団でしょうね。この森に入ってくる人はそんなに多くないですから」
「雷獣のせいで?」
「そう、雷獣のせいで。」
で、聞いてみた。
「雷獣ってどのくらい強いの?」
「そうですね・・・1対1だと、門番の人たちには荷が重く、自警団のベテランであれば対処もできる。雷獣一匹に普通の兵士が2~3人でいい勝負、といったところでしょうか」
「なるほど・・・」
「強い‘意思をもたざるもの’が生息する場所の付近には強い種族が住んでいる。これは半分常識みたいなものです。自警団に所属する人物には私よりも強い種族の方が何人かいらっしゃいます。私がこの森も自由に移動できるのですから、自警団だってそれは可能ですよ」
スプラの説明の中で、スプラは雷獣を全く恐れていないことがわかった。
つまり、並みの兵士3人など歯牙に掛けないほどの強いということ。
一般人のマモルとの力の差は歴然。
スプラとのケンカはなるべく避けなければ。最悪命に関わる。
森を抜け、兵士の守る門を通過。
今回も通行証を見せるだけですんなりと通してもらえた。
「その通行証、スプラのだよね?」
「そうです。自警団が発行しているんですよ。できればマモルさんのものも欲しいので、今日相談してみましょう」
町の中は相変わらず人が多い。通りでは様々な種族が行き交っている。
マモルたちは予定通り、行きつけのお店へ到着した。
「こんにちは」
「いらっしゃい~」
店番をしていたのはコボルトの少女、メネットだった。
「あら。メネットさん?店長は不在ですか?」
「ええ。ちょっと遠くまで買い出しに出てます。戻りは明日になると思います」
「そうですか。困りましたね・・・」
「いつものやつですよね?よければ私で対応いたしますが、どうされますか?」
「いいんですか?」
「前回の荷物を用意したのは私ですから、同じようなものでしたら大丈夫です。父が戻るまで待つのであれば、申し訳ありませんが明日また来てもらうことになります」
少し考えて、スプラは答えた。
「では、メネットさん、これでお願いします。食料品系は少し待ってください。この後馬車屋と自警団に行ってから戻ってくるので、その時から準備でお願いします」
「いくつか生ものがありますね・・・分かりました。それ以外はそろえておくので戻ったらまた声をかけてください」
その後、マモルが木箱に入ったスプラの薬や薬草をメネットさんに渡したタイミングでメネットさんは他のお客さんに呼ばれ、二人から離れていった。
二人はお店を出て、馬車屋へと向かった。
到着した馬車屋は町の鉄工所といった様相の建物だった。
「ごめんくださーい」
・・・反応がない。奥から金属を叩くような音が聞こえてくるので、誰かがいるとは思う。
「ごめんくださーい!」
スプラが呼びかけの声を大きくすると聞こえていた音が止まった。
「はいはい。どちら様ですか?・・・エルフの嬢ちゃんかい。珍しい」
現れたのは一人のドワーフだった。背が低くて髭を蓄えている。間違いない。
「すいません。馬車を修理して欲しいのですが」
「修理かい。馬車、少し拝見させてもらっても?」
「はい」
ドワーフは馬車に近づく。
「で、どこの調子が悪いので?」
「後ろの車軸が破損しかけているみたいで」
ドワーフはスプラが示した場所付近で馬車の下に潜り込んだ。
「確かに。・・・この応急処置はあなたが?」
ドワーフはスプラではなくマモルに尋ねた。
そこに答えたのはスプラ。
「ええ。この人にやってもらいました。この人、最近雇った使用人なんですけど、この辺りの言葉があまり得意ではないの」
「そうなのか。いや、よく見つけたなと思ってね。嬢ちゃんが気づくとは思えなかったから」
「準備してもらう途中で、この人が気づいたの」
「使う前に点検する、基本だが実際にやる人は少ない。あなた分かってるね」
「ありがとう・・・」
ドワーフは感心しているようだったので、片言の言葉でマモルもお礼をいった。。
「で、これを修理するということでよろしいかな?」
「はい。お願いします。・・・費用と時間はどれくらいかかりそうですか?」
「すまないがちょっと今日は立て込んでてなぁ。部品の調整もあるし、修復完了は明日になるだろうな」
「明日ですか・・・では出直して来ます」
「おっと、出直してくるって言ったが、嬢ちゃんは森に住んでるんだろう?」
「ええ。それが何か?」
「おそらく、この調子だとそこまでもたないと思うぞ。応急処置は悪くないが、予備品が古かったようだな。既に破損の兆候が出てる。行き帰りの道中で動けなくなる可能性大だ」
「・・・少し考えさせてください」
スプラとマモルはドワーフから離れ、相談した。
「森に帰るのも難しそうなので、町に一泊しようと思いますが、いかがですか?」
「それは構わないけど・・・何か問題でも?」
「いえ。マモルさんは早く帰りたいと思っていないかな、という確認です」
「大丈夫。野宿ではないよね?」
「まさか。宿を取ります。余裕がないので安宿ですが・・・」
「なら問題なし。俺も夜の街を見てみたい」
「では、そういうことで」
その後、スプラとドワーフは交渉し、明日のなるべく早い時分に直してもらうことにした。
一日分の馬の寝床とエサは修理サービスの一環らしい。
「ではおじさん、よろしくお願いします」
「おう。明日の昼には修理完了してるようにするから、午後以降で取りにきてくれ」
馬車と馬を預けて二人は徒歩で商店へと戻り、メネットに品物引き取りは明日の午後以降で、食料品もその時に用意してもらうよう告げた。
その後、次の目的地、自警団事務所へと向かう。
町を見学しながら移動すること10分。
一つの建屋の前までやってきた。
「ここが自警団の事務所です」
「案外立派な外見だね」
元の世界でいう警察署のような建物だからか、周りにいる通行人もなんだがガタイのいい人が多い気がする。自警団の関係者だろうか。
「入りましょう」
スプラが建屋に入ろうとしたとき、一人の少女が中から飛び出してきた。
「きゃあ!」
「危ない」
スプラと少女、両方がバランスを崩したため、マモルはスプラを支えた。
一方の少女はつんのめったものの、転倒は回避。
出てきた少女の見た目は幼い。マモルやスプラよりも年下。
セミロングの赤い髪。背中にある爬虫類系の翼と尻尾が目を引く。
「大丈夫?」
「ルピナス!」
スプラが少女に声をかけるのとほぼ同時に、建物の中から誰かを呼ぶ声が聞こえた。