7 ハイエルフのスプラ 5
チチチチチ、と窓の外でフルルの鳴き声が聞こえる。
マモルはベッドの上で目を覚ました。朝のようだ。
隣には誰もいない。
(え、夢?・・・・じゃない)
シーツに残る痕跡を見て、昨日の夜の出来事を思い出す。まさに夢のような時間だった。
が、その相手がいない。
「スプラ・・・?」
先に起きて部屋を出て行ったのか?
急に不安になり、ベッドサイドに用意されていた服を着て部屋を出る。
勢いよくリビングに入ると、いい匂いがしてきた。
スプラが朝食の準備をしていた。
少し驚いた表情のスプラはすぐに笑顔で挨拶をしてきた。
「おはようございます」
「おはよう」
近づいてきたスプラがマモルの手を取る。
「私はどこにも行きませんよ。・・・さ、すわってください」
「・・・ん・・・」
図星を突かれて急に恥ずかしくなったマモルは、素直に手を引かれて椅子に腰かけた。
スプラはそんなマモルの脈をとり、体調チェックを始めた。
「はい。問題なさそうですね。・・・もうすぐ朝食です。このまま座って待っててください」
立ち上がったスプラはマモルの頬に軽く接吻すると、そのまま準備に戻っていった。
マモルからは後ろ姿しか見えなかったが、その長い耳が赤くなっていることは分かった。
「御馳走様でした」
「はい、お粗末様でした」
この世界にも‘ごちそうさま’がある。
もっとも、自動翻訳されているので実は全然違う意味なのかもしれないが。
スプラは戸棚から小さな瓶を取り出してきた。
「念のため、この薬を飲んでおいてください。解毒薬です」
「分かった」
「私は片付けしてきます」
スプラが食器をもって立ち去った。
マモルは薬を一気にあおる。想像よりも甘かった。
片付けを終えたスプラは戻ってきて、再びマモルの正面の椅子に座った。
一息おいたあとマモルの目を見ながら話しかけてくる。
「マモルさん」
「うん。何?」
「これから、やりたいこと、ありますか?」
「やりたいこと・・・?」
思わず昨日の夜のことを思いだす。
スプラははっとして、赤い顔で急いで訂正した。
「いや、そういうことではなくてですね。その、これからの目標というか。・・・例えば、やっぱり町で暮らしたい、とか。この家で暮らすのに飽きた、とか・・・元の世界に戻りたい、とか」
後ろに行くにしたがって、スプラの声は小さくなっていた。
「あ、そういう目標か」
改めて考えてみる。
「元の世界に戻りたいっていう気持ちは確かにある」
スプラの表情が少し沈んだ。
誤解を与えないよう、しっかりと答える。
「でも、今はそれほどでもない。今はスプラと一緒にいたい気持ちの方が強い」
「・・・本当ですか?」
「本当。スプラが許してくれるなら、だけど」
「許します。むしろ、ずっといて欲しいです!」
「「・・・」」
「「ふふ」」
同じタイミングで黙り込み、同じタイミングで二人は笑った。
「やりたいこと、か。まずは言葉を読み書きできるようになりたいかな。あとは、魔術も習ってみたい。家の畑も使えるようにしたい」
「はい。全部やりましょう。大丈夫、私が教えます」
「ありがとう。・・・将来的には元の世界に戻る方法を探したいけど、今はスプラと二人でこの生活を続けたいな」
「マモルさん・・・ありがとうございます」
「お礼をいうのはこっちだよ」
マモルは椅子から立ち上がり、机を回ってスプラの近くへ移動した。
座ったスプラを抱きしめる。
顔を近づけたところで、窓の方から物音が聞こえた。
二人してそちらに目を向けると、いつの間にか馬がこちらを覗いている。
馬の頭の上にはフルルが乗り、フルルもこちらを見ていた。
「・・・見てるね」
「・・・見てますね」
二人が気づいたことで、一頭と一羽は騒ぎ出した。
「あの子たちもお腹減ったみたいですね」
「仕方のない子たちだ」
マモルがスプラから体を離し、家の出入り口を向いたところで、頬に軽い感触があった。
立ち上がったスプラの唇だ。
スプラはそのままマモルを追い越し、家を出て行った。
「やれやれ・・」
マモルはこれからの生活に想いを馳せつつ、スプラの後を追った。
~町のとある建物の中~
「雷獣の森でまた被害があった。かなりの数のゴブリンが犠牲になった」
「ふむ。場所は?」
「森の入口からそれほど離れていない。・・・この地図でいうと、この辺りだ」
「犠牲といっても、流れの野党だろう?雷獣が厄介な奴らを処理してくれた、好都合ではないか。それに、正当な理由があってあの森に入るものなど限られる。この辺りであの森に好んで入るようなものが、雷獣に遅れをとることはない」
「確かにそうだが、数十人の野盗集団を殲滅する雷獣だぞ。森の深部ならともかく、浅い場所で好戦的な雷獣が出るのは問題だ。万が一森の外まで出てきたら大変だ」
「このまま放置すれば森の外の‘弱きもの’たちの被害が拡大するやもしれん・・・か。早めに対処しておくべきか・・・?」
「火種になるようなことはなるべく先手を打って対応すべきだ」
「一理あるな。わかった。で、どうするつもりだ?」
「彼らに頼もうと思う。なに、善良な‘弱きもの’のためだと言えば彼らも断るまい」
「承知した。手続きはこちらで進めよう」
「頼む」
こんな感じで、数話で1エピソードという形で進めていきます。
よろしくお願いします。