6 ハイエルフのスプラ 4
スプラが尾行に気が付いたのは、町を出てすぐだった。
「マモルさん。そのまま聞いてください」
「??うん。何?」
「私たち、つけられてます」
「!本当に!?」
「間違いないかと・・・顔は向けないでくださいね。左後方の草陰にゴブリンがいます」
「・・・どうする?」
「人目が多いうちは仕掛けて来ないでしょう。・・・マモルさんと会ったときと同じです」
「てことは、森の中で、人気が少なくなったら襲ってくる」
「森に入ったら、スピードを上げて逃げます。お願いね」
スプラは馬車を引く馬に声をかけた。
そのまま馬車は進み、森の入口へとやってきた。
「今!」
森に入った瞬間、スプラが魔術を発動させて馬車の重さを緩和する。
同時にマモルが馬を走らせた。
馬への負担が小さい分、スプラには負担がある。
後ろをつけていたゴブリンは虚をつかれたようで、あっという間にみえなくなった。
10分近く走り続けたところで走らせるのを止め、魔術を解除した。
「撒いたか・・・?」
マモルが馬車を再び進める。
目の前の道はカーブを描いている。
そのカーブの先、少し道が広がっているところで、その道を塞ぐかのように一台の大きな馬車が止められていた。
周りには多くの小人。ゴブリンだ。
「まさか・・・」
こちらに気づいたゴブリンが集団でこちらに向かってくる。
方向転換もできず、マモルたちは包囲されてしまった。
「降りろ」
一匹のゴブリンが二人に指示した。この集団のリーダーだろうか。
どうすることもできず、馬車を降りる。
ナイフを突きつけられ、馬車から離されてしまった。
「聞きたいことがある」
「・・・なんでしょう?」
りーダーゴブリンにスプラが対応する。
「最近この森で仲間が殺された。何か知っていることはないか?」
「いえ・・・何も知りません」
「・・・」
「・・・」
スプラの答えに対し、リーダーゴブリンは無言。
「・・・いいだろう。では本題だ。命を失うのと、馬車を失うの、どちらがいいか選べ」
「・・・」
今度はスプラが無言。
「どうした?両方失いたいのか?」
「・・・わかりました。馬車の荷物は差し上げましょう・・・」
醜悪な笑みを浮かべるゴブリンたちに対し、スプラは言う
「あの馬と馬車は返してください。それ以外であれば差し上げます」
「断る」
リーダーゴブリンはスプラの申し出を即座に却下した。
「勘違いするな。お前たちにできるのは、どちらか選ぶことだけだ」
「・・・」
スプラは無表情。怒りを抑えているのか。
この世界では、ハイエルフは普段からこのような扱いを受けているのだろうか。
他人に弱みを見せることができず、親しい友人を持つこともできず、長い生涯の多くの時間を孤独に過ごす。
多少の蓄えは数に物を言わせた悪意を持つものに奪われる。
こんなことが許されていいのか。
「スプラ」
「マモルさん?」
「いいよ。やろう」
「でも・・・マモルさんが」
スプラはマモルのことを心配していた。
先日は祝福が効かなかったとはいえ、今日もそうとは限らない。
「俺なら大丈夫。この馬と離れたくないんだろ?」
「・・・・・・・はい!」
スプラは覚悟を決めたようだった。
マモルの手をしっかりと握りしめる。
「マモルさん!契約を!」
「ああ!」
わけがわからず‘はい’と答えてしまった前回とは違う。
しっかりと応答したマモルは、胸に痛みを感じた。二人を光が包み込む。
ゴブリンたちが警戒する中で、光は徐々に収まった。
~リーダーゴブリン視点~
「何だ。その魔術は」
目くらましにもなっていない。
光が収まり、目の前のエルフは別の呪文を唱えだした。
空中に浮かび上がる魔方陣を前にしても、リーダーゴブリンに危機感はなかった。
攻撃魔法のようだが、そもそも祝福がある以上、数で勝る自分たちの勝利は疑いようがない。
自分の仲間二名と引き換えに、目の前の獲物たちは消失する。決死戦士たちを盾にすれば問題ない。
「大鎖雷撃」
そこだけエルフではなくニンゲンが発した、つたない呪文の締めの一節。
それがリーダーゴブリンが認識できた最後の言葉だった。
マモルの言葉の直後、スプラが発した雷撃は周囲のゴブリンたちをまとめて貫通し消し炭へと変えた。
「・・・消えてない」
「ええ。今回も、マモルさんに祝福が効かなかったみたいですね」
「ゴブリンたちはもういない?」
「全部斃したはずです」
二人でほっと息をなでおろす。
「この場を離れよう」
「はい。少し待ってください」
奪われた荷物を奪い返し、スプラが道を塞いでいた大きな馬車をどかした。
これで先に進める。
マモルはその様子を少し離れた場所から見ていた。
作業を終えたスプラがマモルの方に振り返る。
「終わりま・・・マモルさん!後ろ!」
「え?」
振り返ると、一匹のゴブリンがナイフを振りかざして襲ってくるところだった。
咄嗟に避けたものの、足がもつれてそれ以降が上手くいかない。
むしろ、変に反撃しようとして腕を切りつけられてしまった。
追撃しようとしたゴブリンに対し、スプラから雷撃が飛び一瞬で消し炭となった。
「マモルさん、腕が!」
「大丈夫、大丈夫・・・??」
急いで近づいてくるスプラ。
マモルは切り付けられた箇所を押さえながら自分が無事であることを伝えようとしたが、そこでめまいを感じた。
地面が近づいてくる。いや、自分が倒れている。
スプラが自分を抱きかかえようとしているのを感じながら、マモルは意識を失った。
「・・さん。マモルさん」
「・・・見覚えのある天井だ」
マモルはベッドの上で目を覚ました。
ベッドサイドにはスプラが椅子に座っていた。
「マモルさん!・・・よかった・・・」
「スプラ・・・?ここは・・・」
「私たちの家です。あれから半日経ってます」
「半日・・・」
窓の外はもう真っ暗。
「そうだ、あれからどうなったの?」
「マモルさんは毒で寝込んでいました」
「毒・・・」
「解毒薬が効いたみたいですね」
まだ頭がふらつくものの、段々と意識がはっきりしてきた。
「最初に尾行していたゴブリンが追い付いてきたんだと思います。油断しました」
頭を下げるスプラに対し、マモルは言った。
「仕方ないよ。俺がぼーっとしてたのが悪いんだし。それよりも、毒殺のときって祝福はどうなるの・・・?」
「状況による、としか・・・ただ、今回は命を奪う毒ではなく、昏倒させることが目的の毒だったのが幸いしました」
「そうなんだ」
スプラはマモルの脈やのど、目のうらなどを素早くチェック。
「解毒薬がマモルさんの、異世界の方の身体にきちんと作用するかは賭けでしたが、今のところ命に別状はなさそうですね。本当に良かった・・・」
涙目で喜ぶスプラ。
一方のマモルは体の一部に違和感があった。
具体的には両足の付け根の部分である。
「あの、ちょっと、これ・・・」
「え・・・あ・・・」
もっこりとシーツを盛り上げるものを見て、スプラの顔が赤くなる。
「えっと、その・・・解毒薬の副作用、だと思います」
「そっか・・・」
さりげなくその部分を隠そうとした手に、スプラの手が添えられた。
「??」
「あの。男の人ってこうなると苦しいんですよね?私、お手伝いします・・・」
「え・・・?」
さらに赤くなった顔で提案してくるスプラ。
マモルはしばし悩んだが、決断した。
「お願いします・・・」
「はい・・・」
スプラがマモルの服に手をかける。
その晩、マモルとスプラは同じ布団で就寝した。