5 ハイエルフのスプラ 3
早朝、マモルが目覚めてリビングへ行くとスプラは既に起きていた。
「おはようございます」
「おはよう」
食事の後、早速外出の準備をする。
小さな馬車に色んな荷物を積み込む。
マモルは比較的薄汚れた感じの服を用意した。
「マモルさんは、私の使用人という体でお願いします。荷物を運んだり、馬車を動かしたりするために雇ったニンゲン、という扱いで」
「わかった」
「私と親しいと思われたら、マモルさんを人質に私を脅す者が出てくるかもしれません。エルフは能力的には上位種族ですので。さすがに、私が何とも思っていない使用人に対して、祝福を使用して嫌がらせまではしないでしょう」
「俺には祝福は効かないけどね」
軽い口調で言ったマモルに対し、スプラは真面目な表情でたしなめた。
「あのときは祝福が無効化されましたが、今も、これからもそうなのかはわかりません。それに、祝福を無効化できることが知られたら、それはそれで厄介です。そういう状況は避けるべきです」
「そうだね。気を付ける」
「はい。お願いします。・・・過去、私を脅した人物は何人かいました。そういう人たちに目を付けられないよう注意しましょう。さすがに、あのときのゴブリンのみたいなのは滅多にいない、と思いたいです」
マモルは気を引き締めた。
「あのゴブリンたちは、どうなったのかな?」
「そこも少し心配ですね。幸い、この森は雷獣の縄張りです。雷獣にやられたように偽装したつもりなので、大事になっていないことを願います。・・・祝福が効かない‘意思をもつもの’がいるなど、常識の範囲外なので恐らく大丈夫、大丈夫」
スプラは自分に言い聞かせるように大丈夫と繰り返した。
雷獣は文字通り雷を纏う獣。‘意思を持たざるもの’に分類され、祝福の影響を受けない。
祝福の影響でカースト上位に君臨するゴブリンだが、素の能力は低いため、野生の獣のエサになってしまうことがある。
逆に、ハイエルフはゴブリンには弱いが、素の能力は高いので雷獣程度であれば容易に撃退できる。
見事な3すくみである。
「さて、マモルさんには馬車の動かし方を教えますね。大丈夫。この馬は賢い子です。小さいころから、ずっと一緒なんですよ」
スプラは優しく馬の頭をなでる。甘える馬の様子からはお互いの信頼の高さがわかる。
しばし基本操作を教わった。
マモルが進め、停止、曲がれ、程度ができるようになったので、二人は馬車に乗って町へと出発した。
幸い、道中はトラブルもなく森を抜けることができた。
以前ゴブリン部隊に襲われた場所には何もなかった。
馬車は誰かが移動させたのだろう。
そのまま進むことしばし、前方の視界が開け、彼方には家や建物がちらほらと見えてきた。
「町だ」
「目的地です」
道なりに馬車を進めると、途中で武装した人に止められた。
「通行証を見せてください」
「はい、どうぞ」
「・・・確かに。どうぞお通りください」
「ありがとう」
門番が見えなくなったころ、小声で確認する。
「あれが、門番?人にみえたけど」
「ニンゲンですよ。門番はニンゲンの場合が多いです」
さらに馬車を進めると、段々と道が広くなり、建物の立つ間隔が短くなってきた。
数としてはニンゲンやゴブリンが多いようだが、それ以外にも様々な種族が見て取れる。
背の高い/低い、角の有無、羽の有無など、バラエティに富んだ人々を見て、マモルは異世界にいることを実感し、興奮してきた。
「あそこを左、その次を右」
スプラの指示に従って馬車を走らせる。
程なく、目的地である一件の店に到着。馬車で停止させた。
スプラが馬車を降りたので、荷物を入れた木箱を持って後に続く。
「こんにちは」
扉を開けて店に入ったスプラが呼びかけると、店の奥から店員が顔を出した。
「いらっしゃい、スプラさん」
近づいてきたのは小柄な中年男性。一見すると人間のようだが、頭に犬のような耳がついている。コボルトだ。
「おじさん、いつものお願いします」
「はいよ。・・・こちらのニンゲンは?」
「使用人です。雑用係として一人雇ったの」
「おや、そうなのかい。アンタ運がいいね。この子に雇われるなんて」
「・・・???」
コボルト男性はマモルに話しかけてきた。
マモルは翻訳魔術によってコボルト男性の言葉を理解しているが、分からないふりをしてわざと返答しない。
とりあえず不思議そうな顔をしておいた。
「ごめんなさい、おじさん。その人この辺りの言葉がまだ分からないの。ずいぶん遠くの出身らしくて」
「そうなのかい?」
「ええ。でも、この辺りにしがらみがないってことだから、雇うにはいいかなって」
「なるほどねぇ・・・」
「・・・」
スプラのジェスチャーを確認し、マモルは抱えていた荷物をカウンターに置いた。
「そういうわけで、食料品なんかは二人分欲しいの。あと、この人用の服とか生活用品なんかもお願いしたくて。これがリストです」
「あいよ」
「お代がわりの薬や薬草は多めに持ってきたつもりだけど、足りなければ言ってください」
「じゃあ準備するから、少し待ってな」
「時間、どれくらいかかります?」
「1,2時間くらいかねぇ。先に服を用意するから、あんたはこっちに来なさい」
コボルト男性は店の奥に移動し、マモルを手招きした。
スプラを見ると頷いていたので、素直に移動する。
「あんたくらいの背格好なら、こんなものかねぇ」
いくつか服を渡されて、試着室に押し込まれる。
「着替えるんだよ、着・替・え」
服や靴が決まると、スプラとマモルはいったん店を出た
店主が食料品を用意してくれる間に町を見て回る。
「そこのお姉さん、寄ってかないか?」
「ごめんなさい、間に合ってます」
スプラは店主の声掛けを華麗に躱している。
決して大きな町ではなかったが、マモルが想像していたような世紀末的な雰囲気はなかった。
様々な店がきちんと営業し、経済活動が成り立っているのがわかる。
ざっと見たところ、店主は大体コボルトかニンゲン。たまにゴブリン。
一通り商店エリアを見て回り、最初の店に戻る。2時間近くが経過していた。
「いらっしゃい。・・・あ、スプラさん」
「メネットさん。こんにちは」
先ほどの店主ではない、もっと若い女性店員が出てきた。
「お父さんは少し前に出かけました。もうすぐ帰ってくると思います。・・・そちらが、使用人のニンゲンさんですね?」
「ええ。」
「どうします?用意できているものから馬車に積みます?」
「そうします。・・・お願い」
スプラのジェスチャーを見て、マモルは荷物を馬車へと積み込む。
その途中で店主も戻ってきた。
「はいこれも。少し量が多いけど大丈夫かい?」
「ええ。大丈夫です」
「もう帰るの?今度はいつ来る?」
「そうね。また15日後くらいかしら」
「スプラさん。今度はもっとゆっくりお話しようね」
「分かったわ、メネットさん」
店主と娘は店先で馬車を見送ってくれた。
「良くない噂もある。気を付けて帰るんだよ」
「噂、ですか?」
「最近あの森で流れの野盗集団が出るらしい。見つからないようにな」
「またね~」
コボルト親子に別れを告げ、スプラとマモルは帰路についた。
その様子を見つめる目があることに、二人はまだ気づいていなかった。