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2 歪な世界

過去、この世界は弱肉強食だった。


強きものは弱きものを蹂躙する。これは当然のことである。

強きものが戯れに他者の命を奪ったとしても、それは正当な権利の行使であり、奪われるものが、弱いものが悪いのだ。


奪われたくなければ強くなればよい。

それが、強きものの主張だった。


それは詭弁だった。


ゴブリンはその生涯を鍛錬に費やしたとしても、生まれて数か月のドラゴンに負ける。

生まれた時点で奪うものと奪われるものに種が分類されている。

弱肉強食などというのは、強きものが自分の行為を正当化する詭弁に過ぎない。


そんな世界に対し、反旗を翻したものがいた。


意思を持つ一匹のスライムは、弱肉強食の世界を生き抜き最終的に慈悲深き女神と謁見する。

その場で彼が望んだのは、弱きものが強きものに奪われることのない世界。


その願いを聞き入れた女神は、世界に対し、命の平等化という祝福を授けた。

意思を持つものの命を他者が奪う場合、その加害者の命が失われる祝福のろい


これが第1の祝福である。


この祝福により、強きものが弱きものを一方的に蹂躙することはできなくなった。

意思を持つものと、意思を持たざるもの、の区別が生まれたのはこのときである。


歓喜した弱きものたちに対し、いにしえからの強きものたちはこの祝福を認めることはできなかった。

これまで文字通り虫けらとしか思っていなかったものたちが自分と同じステージに立つというのだ。到底受け入れられるものではない。


強きものたちは、祝福の穴をつき、弱きものたちの命を奪うのではなく、虐げることにした。命を奪うことがトリガーになるとはいえ、強きものと弱きものの間の力の差は何ら変わってないのだ。


世界には悪意が溢れた。

その結果に胸を痛めたのは、慈悲深き女神。


女神は弱きものたちに、強きものに対抗する手段を与えた。

弱きものが自身の命と引換に、強きものの命を昇華する(奪う)祝福のろいを授けた。


これが第2の祝福である。


自身の命を犠牲にすることによって個々の強さを無視して他者の命を奪うことができる祝福は強力で、これによって強きものによる迫害はなくなった。


だが、この祝福は世界をさらに歪めることになった。


強きものと弱きものの間には、もう一つ、決定的な差があった。


各種族の絶対数。すなわち、繁殖力である。


強きものに命を奪われても種を維持する。命を繋いでいくため、弱きものは繁殖力に優れていた。

十年に一度、一人の子供しか作れないドラゴンに対し、雨後の竹の子のように子供を残せるゴブリン。

それら一つ一つの命の価値が等価となった。


老いさらばえた弱きゴブリン一匹の命と引き換えに、無類の力を誇る強きドラゴン一匹が問答無用で屠られる。


強きものと弱きものの立場は逆転した。


現在、強きものたちは弱きものたちを刺激しないようにひっそりと暮らしている。

逆に、繁殖力に優れた弱きものたちは、強きものたちをアゴで使いながら趨勢を誇っている。


この世界は歪である。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「と、いうことです」

「・・・」


隣に座るハイエルフの女性、スプラが説明を終えた。


スプラとマモルがお互い自己紹介をした際、マモルは自分が何も分からず、先ほども何が起きたのか全く分からないと説明した。


話に要領を得ないマモルに対しスプラが聞かせたのが、この世界の成り立ちについての神話。一般常識である。


馬車は森の中の道を飛ばしていた。

道は荒れているものの、馬車は以外と揺れが少ない。乗り心地は悪くない。


「マモルさんは何故かその祝福が効かない。自決ゴブリンによる祝福みちづれを無効化し、ゴブリン部隊を全滅させたにもかかわらず我々は無事です。私の知る限り、そんなニンゲンは聞いたことがありません。マモルさんがどこから来たのか、思い出せませんか?こんな一般常識も知らず、見たことのない装いですが」

「・・・」


自分が別世界の住人だからかもしれない、と思ったが、マモルにはそれを言葉にできなかった。

現時点ではスプラを信用しきれていない。


「質問いいですか?」

「どうぞ」


「さっき、ゴブリンは別のゴブリンに殺されていたと思うんですが。加害者であるゴブリンが祝福により昇華するのでは?」

「殺された際、道連れ相手は必ずしも直接手を下した人物というわけではありません。条件の中から被害者の意思で選ぶことができます」


「そうなんだ・・・雷の魔術でゴブリンたちを斃したスプラさんが無事だった理由は?」

「一時的にマモルさんと私が従属契約を結んだことにより、マモルさんが私を道具として利用しゴブリンたちを斃した、という解釈になります。マモルさんが祝福のろいを無効化したのだと思います」


「・・・案外、抜け道は多いんですね」

「マモルさんに祝福のろいが効かないというのが全ての基礎になっています。本来であればこんなことはあり得ない。加えて、祝福について知らないのはよっぽどの世間知らずです。マモルさんも当然ご存じだと思って行動しました。すいません」

「いえ、それはいいです。こっちこそ助けてもらったんだし・・・」


正面から謝られると逆に怒りにくい。


「ごめんなさい・・・俺、本当に何も分からないんです」

「それって、記憶喪失ですか?」

「そう、かもしれません」

「そうですか・・・」


スプラはそれっきり何も話さなくなった。

無言の時間が過ぎ、居心地が悪くなってきたころ、スプラが馬車を止めた。


「マモルさん、提案があります」

「提案?」


「行くところがないのであれば、私の家に来ませんか?記憶喪失であれば、一度ゆっくりされてはどうかと。それに、マモルさんに祝福が効かない原因も調べたいです」

「スプラさんの家?この近くなんですか?」

「ええ」


マモルは一瞬悩んだものの、スプラの申し出に乗ることにした。

どうせ行く当てもないし、そもそもスプラの翻訳魔術がなければ、たとえ町を見つけたところで何もできない。


先ほどのこの世界の話が本当であれば、スプラはマモルを傷つけたりはしないはず。


「よろしくお願いします」

「はい、お願いされました」


スプラが笑顔でマモルに答える。


スプラの顔をその時初めてじっくりと観察したマモルは、目の前に座るハイエルフの少女が自分よりも幼く見えた。


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