12 竜人のルピナス 4
翌朝、マモルはベットの上で目を覚ました。
体には布団が掛けられている。
隣で眠っているスプラが掛けてくれたのだろう。
(昨日の午後は無為に過ごしてしまった。いや、無為ではないが・・・とにかく今日こそは町を見て回りたいが・・・)
今日の午前は馬車を取りに行って購入した物品を受け取らないといけない。
そんなに時間があるとは思えない。
(町の観光は次にお預けかな)
そんなことを考えていると、スプラが目を覚ました。
「おはようございます・・・」
「おはよう。今日もいい天気だよ」
「よかったです。せっかく直した馬車ですから、なるべく長くきれいな状態で保ちたいですから」
「そうだね」
二人は準備を終えるとフロントのおばちゃんにお礼を言って宿を出た。
まずは馬車屋だ。
馬車屋ではドワーフがまさに修理作業中だった。
「もうすぐ終わる。少し待ってくれ」
「待ちますが・・・修理の様子を見ていてもいいですか?」
「様子を?まぁ、構わないが、あまり近づくなよ」
ドワーフは金槌を振るっているがその音と共に金属部品の色や形が不自然に変わっていく。
火で熱しているわけでもないのに不可解。
「魔術の一つですよ。ドワーフは金属加工技術に秀でているのです」
マモルの不思議そうな表情に気づいたのか、スプラが小声で教えてくれた。
物理的な衝撃だけでなく、魔術的な要素込みで直しているようだった。
マモルではできない方法だ。
(やはり、何とかして魔術を覚えたいなぁ・・・)
そんなことを考えるマモルの隣で、スプラもドワーフの修理作業をじっと観察していた。
一時間ほど作業を見学したのち、修理を終えた馬車を受け取る。
「毎度。予備品も積んどいた。これで修理もできると思うが、そろそろガタが来てる。そろそろ買い直してもいい頃だと思うぞ」
「考えてときます」
ドワーフの営業トークをかわし、二人は商店へと移動。
こちらはメネットが既に品物を全て準備していた。
スプラの指示に従いマモルが馬車へと積み込む。
かなりの量と種類があったが、リスト通りで過不足はなかった。
「またどうぞ~」
メネットに手をふり、二人は商店を後にした。
馬車は多くの荷物を載せているにもかかわらず軋み音などが出ていない。
馬車を引く馬も心なしか楽そうで、修理のかいがあったというものだ。
もうすぐルビナスとの待ち合わせ時間。昼食は軽食を買って馬車で移動しつつ食事した。
二人が町の門に到着したとき、既にルピナスはそこで待っていた。
赤髪の少女は自身の身長とほぼ同じ大きさの大剣を携え、道の脇に立つ木に寄りかかってぼうっと町の外を見ていた。
スプラが近づくと顔をこちらへと向ける。
反動をつけて木から背を離すと、見るからに重そうな大剣を片手で持って近づいてきた。
「すいません。お待たせしました」
「まだ約束の時間よりも前です。私が早く来ていただけなのでお気になさらず」
チラ、とマモルを見てからスプラと話を始めた。
「そちらの準備は大丈夫ですか?私は準備できているので、そちらの都合に合わせて巡回に出ます」
「我々も大丈夫です」
「そうですか。では、早速出発しましょう」
馬車は森へと向けて動き出し、ルピナスは場所の横を歩き出した。
大剣を持っていながら速足程度のスピードで並んでいる。
「ルピナスさん、荷台に乗せますか?」
「お気になさらず。私にとっては苦になるようなものではありませんので」
スプラは気を使って提案したようだが、ルピナスにとっては自分の獲物を手放すということになるので、やんわりと拒否された。
ただ、険悪な雰囲気になることはなく、スプラとルピナスはそのまま話を始めた。
スプラに何か意図があるのか、二人の会話内容をマモルは聞き取れなかった。翻訳魔法が解除されている。
そのうち、スプラは馬車を降りてルピナスの隣で歩き始めた。
(いいのかな・・・?)
マモルとしては、スプラが馬車を降りる際の表情が気になったものの、そのまま馬車を操作し続けた。
3人は大きな道を逸れ、森の中へ向かう道に入った。
マモルとしては、今日これまでは誰かに尾行されているようには見えなかった。
スプラとルピナスにも緊張した様子がないので、それは正しいのだと思う。
森の表層を抜けたあたり、奇しくも先日野盗に襲われた場所の近くまで来たときに状況が動いた。
「・・・・あなた・・・どうやって?」
言葉がまだ完全に聞き取れないマモルには、ルピナスが何を言ったのか分からなかった。
だが、スプラにとっては聞き捨てならない問いかけだったらしい。
直後、マモルは二人の言葉を理解できるようになった。
翻訳魔術がかけ直されたのだ。
「なんのことですか?」
「ここで野党をどうやって斃したか、教えてもらえませんか?と言ったんです」
「おっしゃる意味がよくわかりません」
「意味もなにも、言葉のままです」
ルピナスは大剣を手で弄びながら続けた。
「別に責めているわけではありません。むしろ感謝しています。町の脅威を排除してくれたわけですから。ただ、状況証拠や痕跡からはここで何が起こったのか全く分からない。非常に興味があります」
「だから、意味が分かりません」
スプラとルビナスの歩みはいつの間にか止まっていた。
マモルも少し進んだところで馬車を止める。
ルピナスはスプラの言葉を無視しつつ更に続けた。
「ここで馬車を回収して亡骸を処理したのは私です。だから分かります。あれは雷獣の仕業ではない。いくら好戦的な雷獣でも、あの人数をあの範囲で殲滅するのはまず無理。・・・野党以外の何物かがいた痕跡も残っていました」
「私たちは無関係です」
「安心してください。上には雷獣による襲撃があった、としか報告していませんし、痕跡は消しておきました。このことを知っているのは私だけです」
「・・・」
理由は分からないがルピナスは野党たちを排除したのがマモルたちだと強く確信している。
一方のスプラの顔はマモルからは見えないため、何を考えているかはわからない。
ただ、マズい状況であることはマモルにもわかる。
「警戒されるのも当然です。ですが、これは自警団員としての質問ではなく、私個人の疑問です。情報を周りに言いふらす気はありません。むしろ、階級低位の種族同士、あなたとは良い関係を築きたい」
「・・・もし仮に、そうだとしたら?」
スプラの声は普段よりも硬いように感じた。
「勧誘します。貴方も自警団に入りませんか?悪いようにはしません」
「・・・」
「自警団に所属したからといって全てを正直に公開する必要はありません。祝福を回避するような技術があり、それを秘匿しておきたいのであればそれでも構いません。その上で一定の社会的地位を得ることができる。悪い話ではないと思います」
「・・・・・・・・・」
長い沈黙の後、スプラは答えた。
「面白いお話でした。ですが、残念ながら私は無関係です。自警団の方々と、階級低位の種族同士、良い関係を築きたいというのは同意見ですが、今の私はこの生活を変えるつもりはありません」
「・・・失礼しました。今の話は忘れてください」
その後、スプラとルピナスは歩みを再開した。
空気が少し軽くなった気がした。