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第三十話 元最強戦士再会する

 問題はどの面下げて戻るかであった。

 洗面台の鏡に映る自分を見つめながらジェイクは眉を顰めると、昨晩、電話でミランダと話した内容を思い返す。


『そんな理由で戻ってくるんですか?』

「どんな理由だろうと戻ってやるんだからいいだろう。むしろおまえが最初に望んだ通り、糞ガキ共を叩きのめしてやろうって言っているんだ」


 電話口から聞こえてくる溜息からも、ミランダの呆れた様子が伝わってくる。

 見えるわけがないのだが、ジェイクは肩を竦めて素知らぬ顔をして見せた。


『わかりました。とりあえず明日、校長先生に謝罪をしてから』

「おいおい、待て。なぜ謝る必要がある」

『はあ!? この期に及んでまだそんなこと言っているんですか? ちゃんと頭を下げれば校長先生だって許してくれますから。勿論この一週間休んだ分の給料はでませんけど』

「有給休暇にすればいいだろう」

『雇用してからたった一ヶ月で有給が発生するわけないじゃないですか! いい加減にしてください!』


 遂に堪忍袋の緒が切れたミランダは怒声を上げると通話を切ってしまった。

 それが、昨夜のやり取りであった。

 とにかく、続ける意思は伝えたのだから適当に出勤してしまって、なにか言われたら辞める気なんて元々ない、休んでいたのは事件の時の怪我による休養とか適当に言っておけばよいだろうということにした。



 あの学園の風紀が乱れていることは間違いなかった。

 カイル程度の不良なんて可愛いものである。あのくらいなら、子供のするやんちゃの延長線上みたいなものだ。

 エリックのような輩はそうそう居ないだろうが、あの学園を覆うなにかこう、ドス黒い空気のようなものは気分の良いものではなかった。

 自分達がガキの時分は、生と死と隣り合わせだった。

 そんな時代でさえ、子供達の目は未来を見ていた。希望に輝いていた筈だった。

 しかし、今の子供達は皆が皆、どこか醒めたようなそんな目をしている。

 他人と関わらない、自分とは関係ない、だから熱くもならないし冷めもしない。

 何事も穏やかにニュートラルに生きて行こうという、そんな感じにも見えた。


 問題なのはどちらかというとそう言う生徒達の方だ。

 全校集会の挨拶の時に騒ぎ立てたカイル達や、用務員室を溜まり場にしていた不良達の方がまだ扱いやすい。あいつらは欲望や感情に素直に生きているからだ。

 むしろ、それらを自分達とは関係のない別の生き物のように見つめていた大勢の生徒達。そちらの方がジェイクには不気味に見えた。


 一見、風紀を乱す不良学生達に手を焼いているように見えるが果たして、本当にそうなのだろうか?

 本当は、ラルフが一番困っているのは、そういった生徒達の本音を引き出せないことではないのか?

 そう考えると、自分が戻ってなにができるのだろうかと思ってしまうのだった。




 登校時間の約1時間前、まだ返却していなかった鍵を使ってジェイクは用務員室へと入った。

 中は綺麗に清掃され、散らかっていたものも整理整頓されていた。

 自分が居なくなったことにより、不良達が完全に溜まり場にしているのではないかとも思ったのだが。まあ大体の主犯格は逮捕されたし、下っ端達は流石に懲りたのだろう。

 そんなことを考えながら暫く部屋の中に佇んでいると背後に気配を感じてジェイクは振り返った。


 用務員室の入口、開いたままの引き戸に立つ人物は女性であった。

 落ち着いた雰囲気を纏った妙齢の女性。

 ジェイクはその人物の姿を見た瞬間に、鼓動が一際強くなるのを感じた。

 驚いたというよりも、懐かしいという感情が一気に胸に湧き上がる。

 その女性の名を口にしようとするが、なぜか言葉にならない。ジェイクがなんとか声を出そうとしていると、先に口を開いたのは女性の方であった。


「久しぶりねジェイク」


 その声を聞いた瞬間、ジェイクはなんだか昔に戻ったような気持ちになった。

 気が付けば落ち着きを取り戻して、あの時のようにスラスラと言葉がでてくる。


「エレオノール? 驚いた、まさかこんな所で……。いや、まったく、なにから話したらいいものか」

「ジェイク、これまでのことミランダから聞いているわ。色々、あの子の力になってくれているって」

「力に……なっていたかどうか。正直、自信はない」

「あら? あの天上天下唯我独尊のジェイクが自信がないだなんて、やっぱり歳かしら?」

「おいおい、からかうなよ。結構真剣に悩んでいるんだぞ」


 笑いながらそう返すと、エレオノールも微笑んだ。

 それは、三十年前と変わらないあの笑顔であった。

 少し小皺は増えたが、まだ幼さの残っていたあの時よりもうんと大人になり、当時から美しかったが、今でもその美しさは変わらない。

 ジェイクは少し舞い上がっているのを自覚して、それを悟られまいと平静を装う。

 何か話さなければ、そう思った時、エレオノールの言った言葉にジェイクは驚いてしまった。


「ありがとうジェイク」


 ありがとう? なぜ、ありがとうなのか? 困っているミランダを助けたことだろうか?

 あの日、ラルフとエレオノールの前で啖呵を切り飛び出して行って以来の再会。もっと他に言うことがあるだろうと思う。


「な、なぜ?」


 動揺するジェイクのことを見つめると、エレオノールは歩み寄って手を取った。


 そして、もう一度。


「ありがとうジェイク。ラルフの元に戻って来てくれて、彼を助けてくれて」


 あぁ、そうか、エレオノールは、ずっとこの日が来るのを待っていたのかもしれない。ジェイクはそう思う。

 あの頃の様に、また三人が一緒になって笑いあえる日が来ることを、ずっと待ち望んでいたのではないかと。


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