第二十七話 元最強戦士幼馴染の面影を見る
「それで、また雇い主と喧嘩して辞めてきたってわけかい」
呆れ顔で溜息を吐くカーミラを横目に、ジェイクはグラスになみなみと注がれたウイスキーを一気に飲み干した。
「雇い主じゃねえ。ラルフの糞野郎だ。同じのを」
「もうそこら辺でやめときな」
「金ならある。酒を飲む店で酒を出せねえってのかっ!」
「あたしに絡むんじゃないよ。迷惑な客ならお引き取りねがうよ」
冷たく言われてジェイクは黙り込んでしまうが、カーミラは再びさっきと同じものをジェイクの前に出した。
「ゆっくりやりなよ。酒を飲むなとは言わない、酒は苛々を吐き出す為の道具じゃないんだから」
「すまない」
出された物をチビチビと飲みながらジェイクは思う。自分のしたことは間違ったことではないと。しかし、その所為で様々な人間が巻き込まれたことも事実だ。
それでも目的は一緒だった筈。道を誤ろうとしている生徒を助けるという目的だけは一緒だった筈なのだ。
「ガキは助かっただろうが……」
小さく呟く。
それが適っただけでも良かったではないか。そう思えれば良いのだが、やはり感情が邪魔をしてしまう。
それは自分本位な考えなのかと、自分はカイルを助けたかったわけではないのか。ただ単に、自分の力を知らしめる為に、カイルを助けに行ったのか。もうわけが分からなくなっていた。
しばらく、そうやって自問自答を繰り返しながら酒を煽っていると、となりに別の客が座った。
そこそこに込み合っている店内であるが他にも席は空いているのに、わざわざ真隣に座りやがってと思いながら顔を上げた。
「ミランダ……」
「やっぱりここに居ると思いました」
「ここしか居場所がねえってことだろ」
半ば投げやりに笑うと、ミランダもくすりと笑う。
なんだかどうでもよくなり、妙に可笑しくなってきた。
「カーミラ、ミランダに適当にだしてやってくれ」
「めずらしいね、あんたが他人に奢るなんて」
「餞別だよ。まあ、出て行くのは俺の方だがな」
ミランダの前にカクテルが出されると、ジェイクはグラスを傾けて乾杯をする。
しばらく二人はなにも話さなかった。
ミランダのような若い女と二人で飲んでいるのだ。
お世辞じゃなく、ミランダは美人だ。酔った勢いで口説いていたかもしれないくらいに。
それでもミランダには、不思議とそんな気持ちにはならなかった。
「止めに来たのか?」
「わかりません。ローレンスさんが決めたことなら、私から言えることはなにもないのかもしれません」
そしてまた無言になる。
昨日までは普通に話していたのに、なぜだか今は上手く会話ができない。妙にギクシャクしてしまう。
そこでジェイクは、あの時ミランダが治癒魔法を使ったことを思い出し、話のネタにしてみた。
「そういや、魔法が使えるんだな」
「ええ、今時は珍しいですよね」
「魔法科は学園にもあるだろう」
「名前だけですよ。ほぼ医学科のようなものです。剣術科だって、今時本当に刀剣を振り回した実技なんてありません」
時代は変わったのだとジェイクは思う。
30年前に比べて様々な分野の技術が進み、人々の生活様式が変わるのと同時に兵器や医療も近代化が進んだのだ。
「魔法は親譲りのものです。私と同じ年代で、ここまでの魔力量の人はなかなか居ないらしいです」
「へえ、優等生じゃねえか」
「昔ならそうかもしれませんね。でも、私の時代には必要のないものでした。それが原因で、クラスでは浮いた存在だったんですよ」
遠い目をしながら言うミランダに、ジェイクはなにも返すことができなかった。
「その所為で、少し荒れていた時期もありまして」
「そうなのか」
「フフ、黒歴史ですよ。両親ともよく口論になって、その度に母が言ったんです」
「なんて?」
「まるで、ジェイクみたいだって」
そこでジェイクは。ハっとする。
なぜ今のいままで気が付かなかったのか。
よくよく見れば、ミランダも蒼い瞳も、スっと通った鼻筋も、薄い唇も、さらさらと風に靡くブロンドヘアーも、なにもかもが見覚えのある懐かしいもの。
「おまえの母親って」
「ええ、旧姓はフェニーチェ。今は、エレオノール・ベルティスです」
そう言って微笑むミランダの笑顔に、エレオノールの面影を見てジェイクは胸のつかえがスッと下りて行くのを感じた。
「今まで気が付かなかったんですか?」
「いや、俺はてっきりラルフの野郎と」
「昔、校長先生と母がそういう仲だったことは聞いていますけど。もう昔の話だって、深く聞きだそうとしたこともあるけど、男女の仲なんてのはそんなものだっていつもはぐらかされるんです」
ジェイクは頭を抱えて首を左右に振ると笑った。
本当に可笑しくて可笑しくて、なんだか今夜は飲み明かしたい気分になった。
「エレオノールは、俺の事もよく話したのか?」
「はい、校長先生の話を聞き出そうとする時は、大抵ローレンスさんの話で誤魔化されました」
「なんて言っていた? どうせ、碌でもない奴だったとかそんなんだろう」
「そうですね。ローレンスに実際に会ってみて思ったのですが、30年も前なのに母の話のまんまだったので正直びっくりしました。人ってこんなにも変われないものなんだって」
からかうかの様に言うミランダに、ジェイクは少しムっとするが、ミランダは憂いのある表情になると、じっとジェイクのことを見据えて言った。
「ラルフ校長が困っていることを母に相談したんです。母はなんて言ったと思いますか?」
ジェイクはわからず首を振った。
「ジェイクならきっと力になってくれると、ジェイクは私達が困っている時には必ず助けてくれるヒーローだったからって」
その言葉に、ラルフはなにも答えることができなかった。




