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転売ヤーが夢の跡

作者: 嘉神かろ

この物語はフィクションです。


「うぉ、まじか!?」


 思わず声に出してしまってから、慌てて周囲に視線を走らせる。

 ……ふぅ。大丈夫そうだ。

 一瞬注目を集めてしまったようだが、道行く人はみんな直ぐに興味をなくして通り過ぎていった。


 少し荒くなってしまった息を無理矢理整え、明らかに早くなった心臓の鼓動を聞きながら再度スマホと手元の紙片に視線を戻す。

 一、一、四、五、一、四、……。


「……まじかぁ」


 これは夢なんじゃないか。そう思って、頬を抓る。痛い。

 どうやら、これは現実らしい。


 次の日、俺は通帳に記載された数字を見てぼんやりしていた。場所は、銀行の待合ロビー。

 縦線が一本あって、その隣には、丸が一、二、三……八つ。

 頬を抓る。


「……やっぱり痛い」


 隣に座っていた中年サラリーマンに変な目で見られた。


 そうしている内に人が増えてきた。立ったまま待つ何人かから不快気な視線を感じる。時計を見るに、かなり長い時間ボンヤリしていたらしい。

 今日明日は休みだが、時間を浪費してしまったことを後悔した。


 銀行を出て、自宅に向かって歩きながら一億の使い道を考える。昨日から考えているが、一向に決まらない。欲しいものが無くは無いのだが、それでも十万ほどあれば事足りる。不労所得にマンションでも買ってみようかとも思ったのだが、管理費のことも考えると、どうにも踏み切れなかった。

 

 道中、ゲーム屋の前を通ったとき、その広告が目についた。

 ……そういえば、あのゲーム機、明日が予約開始だったな。とりあえず、あれは予約しておこう。


 二ヶ月が過ぎた。もう、外を歩くにはコートがあってもいい季節だ。

 あれから欲しいものを全て買い、引っ越しもした。都内にあるマンションだ。

 新しくできたマンションで、まだ他に住人はいない。規模と場所を考えたら不自然な事だが、答えは単純だ。入居者が現れる前に俺がマンションまるごと買い取ったのだ。

 建てたはいいが管理費の事を考えていなかった間抜けな元オーナーのおかげで、色々な手間が省けた。最近、本当についてる。

 多少手続きで遅くなったが、既に入居者の募集も始まっており、間もなく何部屋かに引っ越してくる。


 そんな乗りに乗ってる俺の前にあるのは、あの日の翌日に予約した、最新ゲーム機だ。数は、百十と少し。

 これだけ買えたのも、幸運以外の何物でも無い。いくつかのサイトや店をハシゴした甲斐があった。


 何もこの全てを自分で使おうと言うのではない。誰がそんなバカなことをするか。

 以前、管理費を考えて二の足を踏んでいたマンション購入だが、俺は気づいてしまった。これだけ元手があるのなら、商売を初めて、管理費を稼げばいいのだと。


 いくらか入居者が集まって、家賃だけで管理できるようになるまでの分でいいのだ。条件的に直ぐ集まる。だから短期的に稼げる方法を考えた。


 その答えが、今目の前にある最新ゲーム機。要は転売だ。

 これなら、転売用サイトを使って少ない労力で稼げる。一億の残りもあるのだから、貯金だって出来るだろう。


 これは、あれだ。笑いが止まらないというやつだ。ここから、俺のサクセスストーリーが始まるに違いない!


 一週間が経った。


「くふふ……」


 思わず気持ちの悪い笑いが漏れてしまった。

 通帳には、トータルで四千万近い入金があったことを示す数字が記されている。

 一台五万円弱のものを四十万程度で販売したから、大体三十五万の黒字がおよそ百台分。手数料を抜いてもだ。

 値をつり上げすぎたようにも見えるが、需要を考えれば問題ない。何より、他の人たちも同じような値段で売っているのだ。

 入居者の集まりは思ったより悪いが、管理費についてそこまで心配する必要も無いだろう。


 そうだ、他にもなにか転売で儲けられる物があるかもしれない!

 やるならとことんやってやろう。まずは市場調査だな。なんだか一層楽しくなってきたぞ!


 

「はぁ、なかなかいい店だった」


 夜、銀座の高級クラブから自宅へ向かう。

 サービスも良く、好みの子が揃っていたからついつい飲み過ぎてしまった。ドンペリを入れるのにも躊躇が無くなってきたが、まあ、今の収入なら気にしなくていいか。


「っとと。……ん?」


 段差に躓いて、少しよろけたところで、なにか冷たい感触を覚えた。

 手のひらを上に向けて、空を見る。


「雪、か。ちょっと急いだ方が良さそうだな」


 酒で体が火照っているが、この分では直ぐに冷えてしまう。そう思って、足を速めた。


 最寄り駅で電車を降り、俺のマンションがある住宅地まで来ると、これまでの喧噪が嘘みたいに無くなる。

 街灯は十分にあるので何も見えないなんて事は無いが、少し不安を覚えてしまう程度には薄暗く、静かだ。閑静、というやつなんだろうが……。


 雪の降り方が強くなってきた。手を差し出せばすぐに積もるのが分かる。

 頭にもいくらか積もっていて、白髪みたいだな。

 足下はおぼつかないが、もうすぐそこだ。軽く走ろう。


「ふぅ」


 一、二分後にはマンションの玄関に入れた。

 荒くなった息を整えるために肩を上下し、落ち着いてきたところで体の雪を払う。


 白い物がまだ残っていないかざっと確認し、それからポケットに手を突っ込む。

 そうして取り出した鍵を、インターホンについている鍵穴に差し込もうとしたとき、エントランス側の自動ドアが開いた。


 ナイスタイミング。

 そう思って、振り返ると、強面の中年男と鋭い目つきをした青年の二人と目が合った。


「ここのオーナーさん?」


 中年の方が聞いてきた。


「はい。……よく分かりましたね」


 素直に思ったことを聞いてみた。


「私、こういう者です。署までご同行願えますね?」


 見せられたそれの意味が、分からなかった。いや、それが表す身分は分かっている。

 だが、こんな風に有無を言わさないような口調で連れて行かれそうになっている現状は、理解できなかった。


「俺、何もしてませんよ?」


 真剣に無実を訴えると、男二人は顔を見合わせる。若い方が首を横に振ったのは、いったいどういう意味なのか。


「まあまあ、詳しい話は、向こうでしましょう」

「ぃって!? ちょ、何するんですか!?」


 握られた腕に痛みが走る。これは、絶対に逃がさないと言うことなのか。


 状況が理解できないままに、酔いばかり醒めていく。


 何の変哲も無いように見える乗用車の後部座席でさっきの二人の男に挟まれながら、本当に回っているのかも分からない頭を懸命に回す。

 だが、わからない。


「ねえ、一体俺が何したって言うんですか? 悪いことした覚えなんて、ありませんよ?」


 わめき散らしそうになる自分をどうにか抑えながら聞くが、誰も答えてくれない。

 ルームミラー越しに運転手と視線が合うも、直ぐにそらされる。


 本当に、なんで俺がこんな目に遭わなきゃいけないんだ……。


 連れて行かれた殺風景な部屋で待っていると、最初の二人が入ってきた。


「さて、その様子だと、本当に自分が何をしたか分かっていないみたいですね?」


 口調は丁寧だが、視線は冷たい。気圧されてしまう。


「……はい」

「先日、民間のかたから通報がありましてね。何でも、色んな物を大量に買い込んで、高値で売りさばいてる輩がいるとか」


 確かに、俺がしていることだ。でも。


「それの何がいけないんですか。それ用のアプリだってあるし、お店でもよくやってることじゃないですか」


 中年は表情を変えずに続ける。


「ええ、そうですね。でも、それは、ちゃんと許可を受けた上で個人の不要品を買い取ったり、仲介して売ったりしているわけで、あなたのように無許可で商売をしているわけでは無いんですよ」


 動悸がしてきた。


「……無許可で商売したからいけないんですか?」

「その通りです。それで商売をしようと思ったら、『古物商許可』というものが必要だと、法律で決められているんです」


 なんだそれ。聞いたこと無いぞ。じゃあなんだ、俺がやったことは、つまり……。


「つまり、あなたがやったことは、『古物営業法違反』。犯罪です」


 犯罪。

 そう、言われたのか。

 全身から血の気が引くのが分かった。寒気すらも感じる。


「はん、ざい……」


 チラリと、部屋のドアを見る。

 俺は、逃げようとしているのか?

 逃げてどうする。逃げたところで、どうしようも無いじゃないか。


「通常、三年以下の懲役か、百万円以下の罰金ということになるはずですが……」


 何か言っているらしいが、頭に入ってこない。

 そう、か。俺は犯罪者に成り下がったということか。

 そう思った瞬間、全てがどうでもよく思えてきた。


「って、これは聞こえてないな? 知らずにやってたみたいだから色々説明しといてやろうと思ったんだが……。まあ、自供はとれたし、このまま書類送検だな。よろしく頼む」

「はい、分かりました」


 ――それからのことは、よく覚えていない。

 弁護士を呼んで裁判をしたことは覚えている。


 繰り返し行っていたことや上げた収益という情状から、併科、懲役と罰金両方が科せられたというのは、後日弁護士から改めて聞かされた。

 幸い、罰金を払う余裕はあったし、マンションの管理は管理会社に任せている。口座に金がある限りは心配しなくてもよかった。


 しかし懲役が終わるまでに、何人もマンションから出て行ってしまった。今入る家賃収入では、マンションの維持など到底無理だ。

 懲役刑を受けてしまった俺が今後、このマンションを維持できるような給料の仕事に就けるとは思えないし、前の仕事も当然首になっている。貯金も、殆ど無い。

 近いうちに、手放すことになるだろう。


 頬を抓ってみる。

 やはり、痛かった。

  

読了感謝です。


※古物営業法参照

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