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ザカリーの正体

「その昔、緋色の髪を持つ人間の娘が、闇のような黒髪の青年と恋に落ちた。


不幸なことに、黒髪の青年は若くして命を落とした。

娘は、髪を振り乱し、胸が潰れんばかりに嘆き悲しみながら、神に祈った。自らの命と引き換えで構わないから、彼を生き返らせて欲しい、と。


娘の願いに、黒髪の青年は息を吹き返した。

娘は涙を流して喜び、生き返った彼と抱き合って喜びを分かち合った。


しかし、娘は知らなかった。自分が愛した青年が、魔王であったということに。


人間が擁した勇者の剣に倒れた筈の魔王を生き返らせてしまった緋色の髪の娘は、忌むべき者を蘇らせた、呪われた能力を持つ者と罵られるようになった。


…この娘は、特殊な能力者だったのだ。

最愛の者に力を与え、自らを捧げても構わない程に心から想う者であれば、その者の命をも蘇らせることが出来る。

しかし、強大なその力は、自らの為に使うことは出来ないものだった。



娘は自らの運命を嘆き、湖に身を投げて天に召された。

そんな娘は、死の直前、黒髪の青年に言い残していた。

…人間は弱い生き物です。どうか、貴方様の刃を彼らに向けないでください。叶うことなら、魔物たちを彼らから遠ざけてください、と。


緋色の髪の娘は、黒髪の青年もまた、彼女を心から愛していたことを知らなかった。

黒髪の青年は枯れるまで涙を流したが、娘の命は戻らない。

彼は誓った。娘の願いを叶えるため、人間とは今後一切剣を交えることなく、魔物たちも人間には近付けないと。


黒髪の青年は、その後も緋色の髪の娘だけを想い続け、妻を娶ることはなかったが、彼の意志を継ぐ一族の者がその後を受け継いだ。


緋色の髪の娘が生まれた一族も、その後細々と生き延びたが、一族に生まれた緋色の髪の持ち主は、魔王復活の理由を知る人々と、その末裔に虐げられることになる。


…彼らが、俺たちが血を分けられた祖先だ」


ザカリーが一度言葉を切って、エレノアの顔を覗き込んだ。

エレノアも彼の瞳をじっと見上げる。


「つまり、ザカリー様。貴方様は…」

「ああ、魔王と呼ばれる地位を受け継ぐ者だ。…俺が怖いか?」

「いいえ。…ザカリー様が誰であったとしても、私の大切な人であることには変わりありませんから」


即答して微笑んだエレノアの髪を、ザカリーは愛しそうにそっと撫でた。

「…君なら、きっとそう言ってくれるだろうと思っていた。


君は覚えているかな、君の言葉を。

『あなたがもしも悪魔でも、誰でも構わない。私は、ただあなたに生きていて欲しい』」


エレノアははっとして、もう一度ザカリーに視線を向けた。

彼の顔をじっと見つめ、遠い記憶の中の面影を探す。


「ザカリー様、貴方は、もしかして…!」

「ようやく、思い出してくれたかな。君は、俺のことを救ってくれただろう」


ザカリーは柔らかい笑みを彼女に向けた。

エレノアは、遠い日の記憶に思いを馳せた。


***

ある日、エレノアは村の外れの砂埃が舞う道の脇に倒れている1人の少年を見付けた。


うつ伏せに倒れている彼は、全身が埃と血にまみれていて、一見しただけでは生きているのか、死んでいるのかもわからなかった。

…そして、彼は漆黒の髪をしていた。村人たちから、悪魔と、決して近付くなと忌避されている黒髪だった。


道を通り過ぎて行く村人は、ちらと彼に冷たい視線をやるか、悪魔と罵るか、無視して通り過ぎるか、あるいは彼を蹴飛ばして行く者もいた。

エレノアは、そんな少年の姿を見て、思わず足を止めた。


…彼へ向けられる冷たい視線や詰る言葉が、無関心が、そして彼を蹴飛ばす足の勢いが、まるで自分へのものであるかのように、心がひどく痛んだ。

黒髪をしているからというだけで虐げられている少年の姿が、自分と重なった。


人通りがなくなったときを見計らい、エレノアは彼に近付いた。

そっと少年に触れる。…彼はまだ温かく、微かに息をしていた。


自分の身体よりも大きな彼の腕を自らの肩に回すようにして、何とか彼を担いだエレノアは、よろよろと家に向かった。


少年の髪色を見た家族は顔を青ざめさせ、早く捨て置いてこいと怒鳴った。

仕方なく、エレノアは彼を家の離れにある納屋にそっと運び込んだ。


汚れた少年の身体を拭き、血を拭って消毒した。身体中が傷だらけだった彼は、傷が染みたのか、エレノアの手当てに少し呻き声を上げ、うっすらとその瞳を開いた。


「…君は?」

「私は、エレノアといいます」


少年に微笑みかけたエレノアは、そのまま少年の手当てを続けた。

彼はしばらく黙っていたけれど、彼の腕に包帯を巻き始めたエレノアを見て、ぽつりと呟いた。


「…俺は、悪魔なんだろう?

俺なんて放っておいて、その辺の道端で死なせたほうがよかったんじゃないのか?」


口元を歪めた少年の言葉に、エレノアは、きっと咎めるような強い光を目に浮かべた。

「いいえ、死んだほうがいい人なんていません。

あなたがもしも悪魔だったとしても、誰でも構わないわ。

私は、ただあなたに生きていて欲しいの」


大小の傷がつき、赤黒く腫れた顔に浮かぶ神秘的な緑色の少年の瞳が、少し潤んだように見えた。彼は、ただなされるがままに、エレノアに手当てをされていた。


エレノアは、自分の食事をこっそりと少年に運んだ。彼は少しずつ回復していったけれど、とても口数は少なく、笑顔も見せてはくれなかった。


ある日、エレノアは少年に菓子を焼いた。少しでも、彼に元気を出して欲しかったのだ。

高価な材料などはなく、素朴な焼き菓子しか作れなかったけれど、エレノアはそれを彼の元に持って行った。

彼はそれを1つ手に取って、口に放り込むと、ごくりと飲み込んだ。1つ、また1つ。次々と食べてはくれるけれど、少年は顔を顰めている。


「ごめんなさい、美味しくなかったかしら…」

申し訳なさそうにエレノアが肩を落とすと、少年は慌てて首を振った。

「いや、そんなことはない。

ただ、俺は甘い物が苦手で…」

しまったという顔をして口を押さえた少年に、エレノアは堪え切れずに笑い声を上げた。

「ふふ、苦手なら無理しなくていいのに」


くすくすと笑い続けるエレノアに、少年は顔を赤らめた。

「だって、俺のために焼いてくれたんだろう?

…嬉しかったんだ」

彼の素直な言葉に、エレノアがにこりと笑いかけると、彼も初めて少し微笑んだ。


彼は、エレノアの耳元に小さな声で囁いた。

「俺を匿ったことが知れたら、君がどんな目に合うかわからない。

これは、俺と君との2人の秘密だよ?」

「ええ、わかったわ」

エレノアは少年と小指を絡ませて約束をした。

少年は、その後程なくして、エレノアに礼を述べて立ち去って行った。


***

「ザカリー様は、あの時の…」

「ああ、そうだ。

…なかなか、君は俺を思い出してはくれなかったな」


エレノアは首を傾げてザカリーの顔を見た。

当時の少年の顔は傷だらけで、これほど美しい顔だとはわからなかった。

「…貴方はお名前すら、教えてくださらなかったではないですか。それに、2人の秘密だと。

…今まで、心の奥に思い出をしまい込んでいましたわ」


あの時、ほんのりと温かく、甘い感情が心を通り過ぎたような気もするけれど、彼はあっという間にいなくなってしまった。


「そうか。

…俺は、君のことを忘れたことは一度だってなかった。


君の美しい緋色の髪を、その輝く金色の瞳を、いつも心に思い浮かべていたよ。

魔物内の対立を収めたら、君を迎えに行こうと思っていた。…随分と時間が掛かってしまったがな。


俺が倒れていた時、俺は腹心の1人に裏切られたところだったんだ」


当時、ザカリーにはニコラスのほかに、もう1人の側近がいた。

魔物たちの中に、人間を侵略しないことに対する不満の声が上がっていた時だった。そんな魔物たちを諫めようとしたザカリーは、人間に矛先を向ける魔物については、祖先の誓いを守って容赦なく切り捨てていった。


そのもう1人の側近は、裏で魔物たちの糸を引き、さらに不満を募らせる魔物たちを配下として、新たな魔王となり、人間たちを侵略しようと画策していた。

ザカリーをニコラスと引き離し、ザカリーを守るような振りをして背後から襲ったのが、黒竜に姿を変えられる、つい先頃まで魔王の化身と人間に恐れられていた人物だったのだ。


「深手を負って倒れていた俺を、あの村の人間たちは罵りながら通り過ぎていった。


…俺は自分を呪ったよ。なぜ、こんな奴らを、人間共を守るために、俺は祖先の言葉を守り戦っているのだろうかと。

いっそ、全ての人間を斬り捨てるほうが余程簡単だとすら思った。

でも、そんな俺を止めたのは君だ。


俺は、あの時身体だけでなく、心も君に救われたんだ」

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