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大切な人

「ザカリー様…!」


すぐに差し伸べられたザカリー様の手を取った私に、彼はなぜかほっとしたような表情を見せると、そのまま私を抱き寄せた。


ザカリー様の胸に身を寄せ、腕に包まれながら、私はフィリップ様を振り返った。


…フィリップ様は一瞬、呆けたような顔をしてから、怖ろしいほどに顔を歪めた。それは今までに見たことのない彼の表情だった。

彼はぽつりと呟いた。


「エレノア、どうして…」


どうして、と彼がなぜ呟いたのかも、わからなかった。

彼は、守るべき花嫁のところに急ぐべきだろう。むしろ、なぜ私に手を差し伸べたのか。…私を棄てたのは、彼なのだから。



フィリップ様との思い出にずっと寄り添って来た、過去の私の想い。彼の笑顔に頬を染め、彼の一言一句を反芻し、心を躍らせた日々。

私の暗かった人生に長らく光を与えてくれていたのは、確かに彼だったと思う。


彼ともう一度会うことで、彼への想いが甦ることはあるのだろうか。

そんな不安も抱えていたけれど、実際に彼に会ってみれば、ようやく、強く切なかった自分の想いの亡霊と決別することが出来たような、そんな気がしていた。

そして、私にとって、誰が大切な人であるのかもはっきりと自覚した。



その時、私には、フィリップ様の身体から、何か白く輝くものがふわりと浮き上がると、私のところへと飛んで来るのが見えた。

恐らく、フィリップ様にはこれは見えていないのだろうと、直感的に思った。


その輝きは、私を通り抜けると、ザカリー様の胸元に吸い込まれていった。

その瞬間、なぜかザカリー様は満足気に口元を綻ばせると、私を抱き締める腕に力を込めた。

…ザカリー様には、それが見えていたのだろうか。



不思議なことに、空を覆うほどだったガーゴイルの大群は、いつの間にかどこかに姿を消していて、私たちの頭上には、何事もなかったかのように冴え冴えとした青空が広がっていた。


けれど、しばらくぶりに、しかも突然王宮に現れた魔物の群れに、安全面での不安に加えて不吉だという声も上がり、フィリップ様とメアリ様の結婚式は急遽中止になった。


***

私が王都に出向いて、凱旋の馬車の上でメアリ様と腕を組むフィリップ様を目にしたとき。


涙を溢しそうになる私を庇い、私を貰い受けると言ってくれたザカリー様の言葉に、思いのほか安堵を覚えていたのではないかと、今になって思う。


私は、どこかで気付いていたのかもしれない。

だんだんと素っ気なくなるフィリップ様からの手紙の文面に、届かなくなる手紙に、私への想いが消えて行く様を。


なぜ、フィリップ様が、彼の結婚式が行われる筈だった日に私に手を差し伸べたのかはわからないけれど、私がザカリー様の手を取った後の、彼の悲痛に歪められた、そしてどこか怯えたような表情を見て、私は思った。…彼が私に手を差し出したのは、私への愛情ゆえではなく、私には預かり知らない、何か別の意図があったのではないだろうかと。


フィリップ様は、もしかしたら、初めから私に気持ちなどなかったのだろうか。

もしそうなのだとしたら、あまりにも過去の自分が哀れにも思えるけれど。

…昔の私の純粋な想いは、そっと弔ってあげたい。



***

ザカリー様の私に対する態度は、日を追うごとに甘さを増している気がする。


ザカリー様の邸宅で2人で過ごしている時に、うっかりニコラス様に出会すと、何だか生温かい視線を感じる。


ある日、ふと思い立って、私はザカリー様に聞いてみた。


「ザカリー様。フィリップ様たちの結婚式がある筈だった日、フィリップ様から何か白く輝くものが、ザカリー様に飛んで行ったように見えたのですが。

…ザカリー様にも、見えましたか?」


ザカリー様は、私の瞳を覗き込むと、蕩けるような微笑みを見せた。その美しさに、私も惚けて息を飲む。


「ああ、見えたよ。…俺は、あの瞬間をずっと待っていたんだ」

「…どういうことでしょうか?」


ザカリー様の言うことが飲み込めずに眉を寄せた私を、彼はその腕の中に閉じ込めた。

私の顔の上から、彼が甘く囁く声が聞こえる。


「君は知っているかい?

…ずっと昔、恋に落ちた2人の物語を」



ザカリー様は、耳当たりのよい、私が大好きな低く通る声で、ゆっくりと語り出した。

読んでくださってありがとうございます!

思い付きと勢いで書き始めたこの小説ですが、あと少しで完結になります。

もう少しお付き合いいただけると、とても嬉しく思います。

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