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招待状

ザカリー様は、体調が優れなかった私のことを幾度も見舞ってくれた。


ザカリー様の治癒魔法ですぐに完治するように思われた私の身体は、意外にもその後も不調が続き、熱が下がりきらなかった。ザカリー様曰く、身体と心は繋がっているから、身体だけを魔法で回復させたとしても、心が疲弊していると完治しないことがあるらしい。


ザカリー様の邸宅に長居することに恐縮する私に、ザカリー様は、ずっとここに、俺の側に居ればいいと、それは美しく心ごと攫われてしまいそうな、本物の悪魔か神のような笑みを浮かべるのだった。


…私は、フィリップ様を蘇らせる契約によってザカリー様のものになっているけれど、これでは逆ではないのかしら。

奴隷のような扱いをされてもおかしくない筈なのに、これではまるで姫のような甘やかされようだわ。

それが、私には不思議でならなかった。

そして、彼と一緒にいると、守られているような穏やかな安心感を覚えるのだった。


ある日、またも見舞いと称して、ザカリー様はたくさんの果物や見た目にも美しい菓子類を持って来てくださった。

「王都では、今はこういう菓子が流行りのようだ。…君は、こういうものは好きか?」


今まで見たことのない、まるで宝石のように、色とりどりの透き通った砂糖細工で彩られた美しい菓子類を前に、うっとりと見惚れてしまった。


「ザカリー様、ありがとうございます。ええ、大好きですわ。…こんなに美味しそうなお菓子を見たのは、初めてですけれど。

一緒に召し上がっていらっしゃいませんか?

紅茶でもお淹れいたしますわ」

「ああ、ではそうしよう。君は何も気にすることはない、ニコラスに紅茶を用意させる」


すぐに笑顔のニコラス様がいらっしゃると、香り高い紅茶をティーカップに注いでくださった。随分と手慣れている様子に、思わず感心してしまう。


軽く頭を下げてニコラス様が部屋を出て行くと、ザカリー様と私は紅茶のカップを手にしながらテーブルを挟んで向き合った。


「ニコラス様は、ずっとザカリー様に仕えていらっしゃるのですか?」

「ああ、ニコラスは長いな。俺が心から信頼する、唯一の存在だ。…君を除けば、だがな」

私は目を瞬いた。

「私のことも、それ程に信頼してくださっていると?」

「君のことは手放しで信じている。…君は俺のもので、俺の大切な存在だからな。信じるのは当然だろう」


…なぜ、私などのことを、こんなに大事にして、信頼してくれるのだろう。

頭の中には同じ疑問が繰り返し巡りつつも、急に掛けられた甘い言葉に頬に血が上ると、ザカリー様はくすりと笑った。

「君は可愛いな。…すぐに思っていることが顔に出る」

「…!」

彼にたじろいだ私は、下手なことを言ってしまう前にと、目の前の皿に盛られた小ぶりの菓子を1つ、口に入れた。


「美味しい…」

思わず頬に手を当ててほうっと溜息をつく。人の集まる王都で人気になるのも頷ける美味しさだった。口の中で繊細な甘さが解けていく。

私は少し興奮気味に、ザカリー様に同じ菓子を勧めた。

「これ、とっても美味しいです…!

さすが、ザカリー様が持って来てくださったお菓子ですわ。

お一つ、召し上がってみませんか?」


彼は少し苦笑すると、私が勧めるままに菓子を口に放り込んだ。けれど、難しい顔で飲み込むと、紅茶のカップを手に取って、すぐに紅茶を喉に流し込んだ。


首を傾げた私に、彼は口を開いた。

「実は、甘いものはあまり得意じゃない。昔からな」

顔を顰めたザカリー様が可愛らしく見えて、今度は私の方がくすくすと笑う。

そんな私に、珍しくザカリー様が顔を赤らめた。


その時、不思議と懐かしい感覚を覚えた。

昔、似たようなことがあったような気がする。同じように、私が作った菓子を勧めた少年が、無理しているのを隠して食べてくれたような…。

無理しなくていいのに。そんな彼の様子に気付いて笑った私に、彼は照れを隠すように頬を染めていたような、そんな記憶がちらりと脳裏を掠めた。


「どうした?」

私の様子を見て目を細めた彼に、私は微笑んだ。

「昔、同じようなことがあった気がしたので、懐かしい気持ちになって、つい…。


ところで、ニコラス様とは長いと仰っていましたが、フィリップ様とメアリ様とは、いつから行動を共になさっていたのですか?」


私はかねてから気になっていたことを口にした。

「ザカリー様は、治癒魔法も使えるのですよね?フィリップ様たちの力を借りて魔王を倒す必要が、あったのでしょうか…」


ついさっき、心から信頼するのがニコラス様だけだと言っていたのも、少し引っ掛かりを覚えた。ニコラス様と、フィリップ様たちの扱いには随分な温度差を感じる。


ザカリー様は、私がフィリップ様の名前を出したのが面白くないかのように、つまらなさそうに答えた。

「単なる、俺の気紛れだ。それ以上でも、以下でもない。

行動を共にしていたのも、そう長い期間ではない」

「そうでしたか…」


ザカリー様との間に少しの沈黙が流れる。


彼は思案気に視線を宙に彷徨わせてから、徐にポケットから1通の封筒を取り出した。

彼が手にしているその封筒は、遠目に見ても上質な紙であることがわかる。

真っ白な封筒から、彼は畳まれた便箋を取り出すと、ぱさりとテーブルに置いた。


「フィリップとメアリの結婚式の招待状だ。

俺にとっては、正直なところどうでもいいんだが…。

フィリップから、しつこいくらいに、式の前に君に一度会いたいと言付かっているんだ。

無論、無理して行く必要はない。…どうする?」

「…。私、は…」

瞳を泳がせた私に気付いたように、彼は気遣うように行った。

「行きたくないなら構わないし、もし行くならば俺も付き添おう。

…彼らの結婚式には、伴侶もしくは大切な人を1人伴って行くことになっている。もし連れて行くのなら、俺は君がいい」


私はこの前、馬車の上で見掛けたフィリップ様の姿を思い出していた。

フィリップ様が腕を組んでいた美しい女性に向けていた表情は、私が過去に見たことのないほど甘いものに見えた。

…私は、フィリップ様のことを心から想っていたけれど、彼は、いったいいつから私ではなく、彼女に心を移していたのだろうか。

彼の無事を私が祈っている間、彼は彼女に愛おしむような微笑みを向けていたのだろうか。

それなのに、なぜ、フィリップ様は今更私に会いたいなどと言うのだろう。

彼が結婚すると聞いて、私が胸を痛めないとでも思ったのだろうか。


その時、ふっと口から笑いが漏れたことに、自分でも驚いた。


フィリップ様の心変わりに心が潰れそうになっていた私に、一番近くで寄り添ってくださっていたザカリー様に、私は知らず知らず随分と救われ、癒されていたようだ。


疼くような悲しみは少しずつ薄れていき、身体も徐々にではあるけれど快方に向かっていた。

まだ胸の痛みがなくなった訳ではないものの、これはフィリップ様に対して残っている愛情なのか、それとも過去に何年もフィリップ様の帰りを待っていた自分の想いの残骸なのか。…自分でも、よくわからなかった。


私はザカリー様の瞳を見つめた。吸い込まれるような、翡翠の瞳を。

「ザカリー様のお側にいさせていただけるなら、ご一緒いたします」

「…そうか」


彼は微かに笑んでから、ふいに視線を逸らせた。彼の表情からは、彼が何を考えているのかは、私には読めなかった。


「あの、ザカリー様。

ザカリー様は、私はもうザカリー様のものだと仰っていましたね。

それなのに、私は与えていただいてばかりです。

私は、ザカリー様に何ができるのでしょうか?」

「…君は、俺のことだけを見ていてくれれば、それでいい」


彼は、何故か少し陰った微笑みを私に向けた。

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