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恋人の姿

(ここが、王都…)


王都近くで魔物の出没が増え、フィリップ様も王都に向かったと聞いていた。魔王が倒されたといっても、人も情報もきっと王都には集まっているだろう。

…そう思って王都に来たものの、その規模と人の多さに、私エレノアは早速圧倒されていた。


見渡す限り店がひしめき合い、人が行き交う賑やかな大通りを通り抜けるだけでも大変だった。魔物との戦いに参加していた、冒険者と呼ばれる多くの人々も王都に戻っているようだ。

人でごった返す通りを見つめて、私は思わず溜息を吐いた。この中で、本当にフィリップ様の情報を得て、願わくば彼の姿を見付けることなど出来るのだろうか。

…そんな心配は杞憂に過ぎないと、すぐにわかることになったのだけれど。



(さて、どこから情報を集めたらいいのかしら…)


フィリップ様の手掛かりを見付け、またあの愛しい笑顔を目にすることは出来るのだろうか。

それとも、…もう、この世にはフィリップ様はいないのだろうか。

期待と不安が胸の中でせめぎあう中、せり上がる不安にどうにか蓋をして、私はたくさんの冒険者らしき人たちで賑わう酒場に入ることにした。

まだ陽が高いというのに、店内を見回すと、大勢の人々が酒の入ったグラスを傾けている。


私がカウンターの席に恐る恐る腰を下ろすと、マスターらしき男性がにこりと私に人好きのする笑みを向けた。

「いらっしゃい、嬢ちゃん。ご注文は?」

「ええと、…日替わりのメニューをお願いします」

「あいよ。…見掛けない顔だね、それに珍しい髪色だなぁ。炎のように鮮やかな赤だね」

「やっぱり、この髪色は珍しいでしょうか…」

やや私が表情を暗くしたことに気付いたらしい彼は、不思議そうに首を傾げた。

「いや、ただ、綺麗な色だと思っただけさ。ここには色んな者がいる。髪も肌も目の色だって、そりゃあ様々さ。たまに獣人だって見掛けるよ。だがどんな容貌だろうと、ここでは魔物を倒しゃ英雄だ。

ところでお前さん、出身は?」

「キディス村です。辺境にある小さな村ですが…」

「ほう!キディス村か。

あそこは小さな村だと聞いているが、この王国でも魔物に襲われていない数少ない村だそうじゃないか。

優れた剣士や魔法使いでもいるのかい?」


私は思い掛けないマスターの言葉に目を見開いた。確かに魔物が村に出たという話は聞いていないけれど、それほどに、王都に限らず国中に魔物が出るようになっていたとは思いもしなかった。

「えっ、そうなんですか?

…いえ、そんなに強い人がいるなんて、聞いたことはありませんが…」

マスターは思案顔で顎を撫でた。

「そうか。いや、王都の近くで魔物が増えてからというもの、王家も躍起になって国中から能力者を集めたからな。彼らが冒険者として出て行ってしまった街や村で、魔物による大きな被害が出ていたんだよ」


能力者。その言葉に、ちくりと私の胸が痛んだ。

私は、村では呪術師の末裔と言われながらも、何の能力もなかった。

有事の時に、もしも活かせるような能力があったのなら、また違った道もあったかもしれないのに。

…そして、そんな私とは対照的に、フィリップ様は治癒魔法の能力者だったために、魔物の討伐に向かった。


「だがな、もう強い魔物が街や村を襲うことも、きっとない筈だ。

…知っているかい?勇者様のご一行が、この前、魔王の化身の黒竜を倒したんだよ。それ以来、この辺りじゃ魔物の姿は見られていないんだ。これで平和が訪れるってもんさ。お陰で、今は王都でもちょっとしたお祭り騒ぎだよ」


目を輝かせるマスターに相槌を打ってから、私は本題を切り出した。


「あの。実は私、人を探しに来たんです。フィリップという、治癒魔法の使い手は知りませんか?」

「…ああ、有名なのが1人いるよ。さっき話した、魔王を倒した勇者様のパーティーにいた治癒魔法使いだ。今じゃこの国を救った立派な英雄の1人だよ。

魔王討伐が終わると同時に婚約もして、いやあ、めでたいことだよ」


マスターの言葉に、私は目を瞬いた。

「私の探している人とは別人なのかもしれませんが…。その方は、長身で、茶色の髪に濃紫の瞳だったりします?」

「ああ、そうだよ。凄腕なだけじゃない、見目もいいって評判で、この国の女性たちが騒いでいるよ。まあ、もう婚約済みだがな。

勇者様のご一行は、美形揃いで姿絵なんかも人気があるんだ。特に、勇者様なんて一目見たら忘れられない程に美しいらしいよ。


今日も、国民の感謝に応えるための、魔王討伐祝いの凱旋が夕刻に予定されているから、そこで彼を見ることが出来るだろう。

…嬢ちゃんは、彼とはどういう関係なんだい?」


興味深そうに細められたマスターの瞳から、私はすいと目を逸らした。

「ちょっとした知り合いなんですが、人違いかもしれません。

それほどの英雄になっているとは思えませんし、ありふれた名前でもあるので…」

「ああ、それもそうだな。

なかなか大変かもしれんが、探し人が見付かるといいな、嬢ちゃん」

にこりと笑うと、マスターは他の客の注文を取るために私の前を離れた。


そんなことはある筈がない、そう思いながらも、その有名な治癒魔法使いの容姿はフィリップ様に酷似しているように思われ、私は恋人を探しに来たとはどうしても言えなかった。


私の胸は嫌な予感に跳ねていた。…マスターの言っていた英雄というのは、まさかとは思うけれど、私の探すフィリップ様なのだろうか。


その後、私の目の前に運ばれてきた食事の味はちっともわからなかった。砂を噛んでいるように感じられたそれを、私は何とか飲み下した。



その日の夕刻、魔王討伐を祝う凱旋の馬車が王都を巡るのを、私は歓声の上がる人垣の間から見つめていた。


馬車の上には、見間違うことのない、私が夢にまで見たフィリップ様が、茜色の夕陽に照らされている美しい姿があった。

そして、彼は見たこともないような美貌の令嬢と腕を組み、蕩けるような笑顔を彼女に向けていた。

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