悪役令嬢はゲーム開始前に王太子に攻略された
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2020.06.02
日間、異世界転生/転移12位!
2020.06.03
日間、異世界転生/転移4位!
「婚約を……破棄して……ください……」
泣きながら懇願するのは婚約者であるルシア・ヴァンフリート公爵令嬢で、懇願されたのはヴィルヘルム王国の第一王子であるレオンハルト・ヴィルヘルムだ。
今夜は国王陛下の誕生日を祝う夜会であり、七歳の頃から婚約している二人は仲睦まじいと誰もが羨む婚約者として皆の注目を浴びている。
夜会が始まった時、レオンハルトは婚約者として誰もが羨む美しい女性をエスコートしてファーストダンスを披露した。その後は二、三曲、令嬢とダンスをして側近たちの場所へと移り政治や経済について話し、貴族達の関係性を把握するために周りの人間に目を向けていたのだ。
周囲にはそうと悟られないよう上手く周りに目を向けていたことでレオンハルトは婚約者のことも良く観察でき、彼女の友人関係や、自分の婚約者に恍惚な眼差しを向ける者を把握することができた。
この国の第一王子であることから、声を掛けて仲を深めたいと考えている令嬢から執拗に声をかけられたり触れ合いを求められることもあり、側近を上手く使い難を逃れようとするが、敢えなく捕まってしまった際には社交用の笑顔を貼り付け、やんわりと断りを入れるか無理そうならダンスの相手をして下がってもらう。
マナー不足が見受けられ、なかなかこちらの意図が伝わらずイライラさせる令嬢もいる。婚約者に成り代わろうと考えている者や側室やお手付きを狙う令嬢も多い。
高位貴族で婚約者のいる男に声を掛ける令嬢もいる。もちろん、自分の婚約者の腕に手を回している光景を見た令嬢は顔を青ざめ友人達と壁際へと移動するか会場を後にする。壁際へと移動した令嬢も自身の婚約者を信じ、迎えに来るのを待っているといったところだ。
今回は、平民から伯爵家への養女になったという令嬢が当主と挨拶に来てダンスを頼まれた。夜会デビューということと、お茶会で話題の上がる令嬢ということもあり伯爵家の令嬢にしては珍しく目立つ存在が皆の視線を集めたまま、まさか王族の自分に軽々しくもダンスを頼む当主がいるとも思わなかったが、音楽が流れると腕を引かれてしまい断りきれずに相手をした。
夜会も中盤に差し掛かった頃、そろそろ婚約者を自分の元へと連れ戻そうとしたところ、周りを見渡すとルシアの姿が見当たらない。
先程まで一緒にいたルシアの友人へ声をかけると、青ざめて会場を後にしたという。その理由を尋ねるも解らないと言われるが、ただ、レオンハルトがダンスをしている相手を見て驚いていたとだけ教えられた。
彼女の友人には礼を伝え自分の友人へは説明をして会場を後にし、近くにいた護衛騎士にルシアの居場所を尋ねると、以前、案内したことのある居住区内の庭園へ向かったと知らされた。
(どうして庭園へ?)
嫌な予感を抱えたまま足早に庭園へと向かう。
庭園は満月の月明かりが降り注いでおり、その光を受けた自身の婚約者が月の女神のように美しく佇んでいた。
出逢った頃と変わらない美しい姿、いや、より美しく成長した姿に息を吸うのも忘れるほど魅入っていた。
柔らかい蜂蜜色の流れる美しい髪に大きな緑色の瞳を初めて見た時は、妖精と見間違うほどだった。
数年前、たまたま、父親の仕事のために王宮に付き添いで来ていて時間を潰すために執務室のある区域の庭園で花を見ていた少女は、レオンハルトの心を射止め、手に入れたい存在となった。
その時は本当に妖精だと思ってしまい彼女に『花の妖精?』と声をかけた自分を思い出すと赤面するほどだ。『人間だよ』と言われて驚いていると父親と思われる男が慌てて連れ去ってしまい名前を尋ねることが出来なかった。今思えば王族だと解っていながら挨拶もせずに足早に立ち去った男は無礼だったが、名前を知られたくないという意図を察することができた。
その日から、その連れ去った男のことを知るべく、王宮勤め人や貴族の当主の名前と顔の絵姿を全て覚え、執務室の周辺を歩き回り絵姿から特定したヴァンフリート公爵を探した。公爵家の当主にも関わらず王太子である自分が会ったことがないという事実にも驚いた。
国王陛下とヴァンフリート公爵を説得し、議会を説得し、やっとの思いで手に入れた愛しい婚約者だ。
その婚約者が庭園で佇み涙を流している。涙を流すその姿も美しいと感じ、一枚の絵のような錯覚さえ覚える。
「ルシア」
レオンハルトは自身の存在に気付いて欲しくて声をかける。いや、気付いてもらわないと困るのだ。理由はわからないが愛しい婚約者が涙を流しているのだから。
「レオ様……」
レオンハルトの姿を認識して目を大きく開け驚いている。ルシアはレオンハルトに背を向け手にしていたハンカチで涙を拭いた。
「何があったのか話してくれるか?」
側に近寄り手を伸ばすとルシアが後ろに一歩下がった。それは怖がっている、拒絶するかのような仕草だ。
「どうしたんだ?」
その仕草に苛立っている自分を感じた。受け入れてもらえない拒絶を感じる。何があったのか話して欲しくて、なるべく優しく声をかける。
そして繋がれたのが彼女の拒絶ーーーーー
「婚約を……破棄して……ください……」
レオンハルトは目を見開いて驚いた。
「どうして婚約を破棄したいんだ?」
混乱している。それでも冷静に落ち着いた声音を出すよう意識して問いかける。落ち着け、落ち着くんだ。と、自分に言い聞かせ優しくルシアを見る。
「レオ様に相応しい方は他にいます。私じゃないんです……私じゃダメなんです……きっと他に好きな人が出来ます」
まるで未来が見えているかのような言い方と自分の気持ちを勝手に決められることに疑問を持つ。決まった未来があるとでもいうかのように繋がれる言葉が信じられなくて。
今までの婚約期間の中でルシアには誠実に接し、時には愛を囁き気持ちを確かめ合っていた。
レオンハルトは不安だった。
自分の一目惚れから強引に説得し公爵を納得させて手に入れた婚約者だから、彼女にとっては政略でしかないと思われても仕方がないと。それでも、自分の気持ちを知ってもらうために心を尽くし誠心誠意ルシアに接していた。
(俺の気持ちが伝わっていない?いや、そんなはずはない。この夜会が始まる前も控え室では笑顔だったしキスもした。そのキスさえも偽りだったのか?王太子である俺に逆らえずに仕方なく?)
「まずは理由を教えて?まだしてもいない不貞を言われても理由にならない」
泣いているルシアを抱きしめ落ち着かせる。頭を撫で髪を掬いキスを落とし拒絶されないことに安堵する。
(嫌われてはいないのだろうな)
「そ……れは……」
「ルシアは俺のことが嫌いになったのか?他に好きな男がいるから婚約を破棄して欲しいのか?」
(あぁ、苛立ちが声に出てしまった)
「ちがうっ……わたしは、わたしは……レオ様のことが……好き」
(俺のことが好きなのに婚約を破棄したいというのは矛盾してないか?)
ルシアは泣き崩れて『婚約を破棄して欲しい、今なら間に合うから』と、ますます意味の解らないことを話している。婚約者同士が好き合っているのに破棄するなんて理由にならない。
「出会いイベント……で、思い……だしたんです……だから、私じゃなくてっっっ……ぐすっ……うぅ……レオ様は……先ほどダンスしたご令嬢に恋を……するんですっ……うぅ…ぐすっ……」
ルシアは泣きながら脈絡なく話していて、途中、意味のわからない言葉を使いながら説明している。
この世界はルシアの前世のゲームの世界で、俺は攻略対象で伯爵家の養女となった令嬢に恋をして真実の愛を見つけ卒業式で婚約破棄をする未来があると。
ヒロインと呼ばれる伯爵令嬢を虐めたことでルシアは断罪され貴族籍を抜かれ平民になるが、攻略ルートや対象によっては公爵家没落、処刑、娼婦になるといった結末がある、らしい。
だから、王道攻略ルートとなる王太子との婚約を続けていると破滅する結末しかないから、婚約を破棄したいと。
さらに逆ハーという結末を迎えると市中連れ回しの上、辱められた挙句、処刑に公爵家没落になり、そうなると領民にも迷惑がかかるから困ると。
(その意味のわからない説明で理解しろと?俺がダンスした令嬢と恋をする?さっきの令嬢なんて……ダメだ。まったく顔を思い出せない。落ち着け、と言い聞かせているが無理そうだ。頭の中が妙に冷めてきている)
「ルシアは俺のことが好きで嫉妬してくれたんだね?」
妙に冷静になったレオンハルトはルシアから言質を取ることにした。
「はい、好きですわ。だから……この気持ちのまま、さよならしたいんです。嫌われる前に好きなままお別れしたい」
好きだというルシアと、言質をとって口の端が上がり笑みの溢れるレオンハルトは対照的な表情をしていた。
「そうか、わかったよ」
俺のことが好きだと言質をとった。あとは逃れられないようにするだけだ。王宮の庭園じゃ人目がありすぎる。
微笑んだレオンハルトを見てルシアが身体を震わせる。このまま一緒にいるとマズイと悟ったが腰を抑えられて身動きが取れない。
「わ……わたくし……混乱していたみたいで……あの、婚約破棄のことは、お父様から陛下にお願いしてもらいます。その、あの、きょ……今日はもう、お暇させていただきます」
腰の手を避けようと掴むが男と女の力の差は歴然としており離れることができない。
レオンハルトも、このまま帰せばヴァンフリート公爵と国王陛下にルシアが婚約を破棄を望んでいることが伝わる。公爵家からの申し出で婚約破棄なんてありえないが、娘を大切に思う父親はどんな手を使ってでも破棄してくるかもしれない。
レオンハルトは慌てて逃げようとするルシアを後ろから抱きしめて耳元で囁く。
「大好きだよ、ルシア」
レオンハルトは自分でも驚くほど甘い声音が出たことに驚いたが、それはルシアも同じようで耳まで真っ赤になっている。ルシアを抱き上げ足早に移動する。
「あの、どちらへ?!」
夜会の会場の近くで居住区内といっても他国の王族や大使が来た際に使用される貴賓室があるところから、王族専用のプライベート区域に移動していることに驚いた。
「ん?俺の私室」
幼い頃からの婚約者であっても大切にしたい気持ちが強く私室に招き入れることはしていなかった。大切な婚約者の醜聞にならぬよう、いつも庭園かサロンで逢瀬を重ねていたからだ。
私室の前には護衛がおり、ルシアを横抱きにしているレオンハルトを見て驚きつつも、主の意図を汲み取り何も言わずに扉を開けた。
明かりを灯していない部屋は薄暗く、月明かりを頼りに辺りを見渡した。
「あのっ……レオの部屋だなんて困るわ!」
結婚前の女性が例え婚約者であっても夜に私室へ入るなんて醜聞以外に他ならない。
「婚約しているんだからいいだろう?何が困るんだ?婚約者同士、語り合おう」
「それならサロンでも!それに、夜会の途中です!」
「最初に抜け出したのはルシアだろ?いまさらだ」
ソファーの方へ向かったことで下ろされると思ったが違っていた。ソファーを通り過ぎた先にある扉へ向かっていたのだ。
「ソファーならそこに!どちらへ行かれるのです?!」
「さぁ?どこでしょう?」
口の端を上げた微笑みを見てビクリと身体が反応した。逃げないと!そう思っても腕から逃れることはできない。
ガンッーーーーーー!!!
閉まっていた扉を勢いよく蹴って開けられ、進んだ先にあるベットに優しく下ろされるとレオンハルトが上から覆い被さる。
「大丈夫だよ。優しくするからね」
熱の籠もった瞳に見つめられてルシアの胸が高鳴る。
(違う、ダメ、断らないと破滅する)
頭ではダメだと解っているのに身体が動かない。まるで、肉食獣に捕らえられた獲物のようにーーーー。
翌朝、カーテンから差し込む明かりで目が覚めた。何とも言えない幸福感と身体を一つにしたことの安堵に包まれている。
隣で眠る愛おしい婚約者を手に入れたのだ。もう、誰にも取られる心配はなく、一生、自分の側にいてくれる。
数日後、第一王子レオンハルト・ヴィルヘルムとルシア・ヴァンフリート公爵令嬢の婚姻が発表された。
王国では初めて王立学園に在学中に王太子が婚姻したことで、社交界ではルシアが誑かしたのではないかと噂されたが、婚姻の儀の際に王太子が直々に『美しすぎて卒業まで我慢出来そうにないから』と悪びれることなく吹聴したことで噂も鳴りを潜めた。
ただ一人、予定外の事で絶叫する伯爵令嬢を除いてーーーーーー
「ゲームスタートと同時に攻略されてんじゃないわよ!!!イベントが始まらないじゃないっ!!!私の逆ハーの未来を返してぇええええええ!!」
悪役令嬢になるはずだった公爵令嬢は、ゲームスタート前に王太子に攻略された。