強面な歴戦の傭兵は今日も行く
どこからともなく突然現れた迷宮。
そこから、沸いてくるモンスター。
迷宮の中にある宝。
とある探索者は言った 「あそこは宝の山だ」
とある探索者は言った 「あそこは魔境だ」
人々は、宝に魅入られ、沸いてくるモンスターを退治するだけでなく、好んで迷宮に入るようになる。
時代が流れ、迷宮探索者達のグループが出来た、それがギルド。
§ § §
いっ、嫌だ。何でこんな目に。
痛いのは嫌だ。 僕は今逃げていた。
ギルドの治癒師団長から。
気付いた時には、足が勝手に動いていた。並列思考をしながら、最適な逃走ルートを探す。
迷宮探索で、怪我を負うのはよくあること。そのため、ギルドには腕利きの治療師が常にいる。そこで治療してもらうのだが、治癒魔法が痛いのなんの。
自然治癒を活性化させて、無理矢理治すのだ。傷に消毒液を掛ける時も痛い、とりあえず痛い。 でも、探索者を続けるならば、治さなけばいけない。そのジレンマに巻き込まれる。
痛いのは厭だが、育ててくれた孤児院に寄付するためには、仕方がない。シスターは、沢山の捨てられた子供を育てているから、少しでも助けがしたい。
子供の頃を思い出し、ぽかぽかした気分になっていると。
男女が受付の近くで、言い争いをしているようだ。 痴情のもつれだろうか。
とりあえず、受付しようとしている人がたくさんいるので、そこ邪魔になってますよ~ とキラキラした天使オーラを出して、声をかけようとした。
死にかけた時に、翼が真っ黒な天使さんがくれた加護。
その加護の一つが、天使オーラである。初対面の人にも拒絶されにくくなる。と説明を受けた。だから、口下手でも大丈夫。
「おい、道を塞がないでくれないか」
やべっ、言い方間違えた。きつい言い方だったかもしれない。
「ひぃ、たっ、助けてください。命だけは、命だけは」
男一人は、急いでどこかに行ってしまった。
なんで??? あぁそうか。
きっと、面倒事に関わりたくなかったのだ。
見知らぬ野郎が険のある言い方で話しかけたら、そうなるだろう。
やってしまった、、、。
流石の天使さんの加護でもカバーしきれない事をしてしまった。
怖がられていないといいな、そう思って残った少年と少女を見る。
何故か怯えていて、震えた声でお礼を言われた。何でだろう。
よっぽど険悪な仲だったのだろうか。
はっ、こんなことしている場合じゃない逃げなければ、仮眠室にでも行こうかな。
§ § §
一攫千金を夢見て、大通りのギルドの前に来ていた。 ここからが俺の冒険の始まりだ。わくわくしながらギルドに入る。
扉を開けると賑やかな外とは一転して静かな雰囲気が体中を包んだ。 早速、受付に行き、登録を済ませようと奥に進む。ギルドの中はかなり広い端から端まで走ったら一分くらいはかかるだろうか。
受付には若いお姉さんがいた。ほわほわした見た目で頼りない感じに思えるのだが、それなりの猛者に違いない。俺の能力がいっていた。
「こんにちは。登録をお願いします」
「こんにちは。登録には、銀貨一枚が必要ですがよろしいですか?」
「はい。大丈夫です」
銀貨は、平民にとっては安くないお金であるが、夢のためには仕方がない。銀貨を除けば、ポケットに残っているのは一回分の食事代だけ、今日中稼がなければと思いながら、ポケットの中の銀貨を取り出して渡す。
「では、登録用紙に必要事項を記入して下さい」
そういって一枚の紙を渡された。
§ § §
生き急ぐことないのに、若い子を見て毎回思う。
一攫千金を求め若者が、ギルドに来るのはよくある話。 この都市の周りには沢山の迷宮があり、難易度はギルドによって仕分けされているが、それでも生き残ることは難しい。
初挑戦の探索で帰って来れるのが半分くらい、探索者を続けられるのは、帰って来た者の半分以下。
それでも、探索者の人気は衰えることがない。
いつものように、迷宮探索の基本、ギルドのルールや施設を説明していく。
一通り説明した後、迷宮外の依頼を勧めたが、
予想通りというべきか迷宮探索に行くと頑なな様子だ。
この子は今日が命日かもなぁ、と思って少し気が重くなった。
次に、受付に来たのが問題児。
腕は大したことないのだが、狡く弱い者に突っかかる。勿論、強い者にはヘコヘコする、最近入ってきた男だ。 ギルドから除名されるのに最も近いのはこの男だろう。
あぁまたか、この男は面倒で、受付に来るたびに私を口説いてくる。
「ねえ、今日食事でもどう」
「結構です。用件は何ですか」
「つれないなぁ~素材の買い取り宜しく~」
今日は珍しくあっさり退いた。でも、こういう時に限って厄介なことが起こる。
男の後ろに可愛い新人の女の子がいた。絶対絡まれる。絶対に絡む。面倒男は、コンマ一秒以内に行動を起こした。
あっ、絡まれた。さてどうやって対処しようかぁ。ストレスで禿げる。
厄介なことは予想を遥かに上回った。
少年!
やめて~、絶対に絡まないで~。あ゛あ゛ぁ。
しかし、私の願いは届かなかった。
三十年ローンの残っている家が、焼け落ちた時のように、、、。
火種は、速く燃え移り、周囲を火の海に変えていく。
少年は少女をかばい、面倒男との対決が始まった。
どうすれば、穏便にすむか考えながら、声を掛けようとしたその時。
強面の顔に十字傷を持つ男が現れたのだ。
このギルドの上位探索者であり、二つ名を持つ男。通称 暗黒街の帝王。 優秀な暗殺者達を配下にしていて、裏町を一日でまとめあげたのが名前の由来らしい。
元々傭兵をやっていたらしく、ギルドの探索者に転職してきた。 類い稀なる戦闘の才能で瞬く間に、ギルドでのランクを上げていった男だ。探索者としての実力は、高名なギルドマスターにも認められている。
「おい、道を塞がないでくれないか」
バリトンボイスの魅力のある力強い声が、聞こえた。
面倒男は、青ざめながら
「ひぃ、たっ、助けてください。命だけは、命だけは」
と言った。
情けない面倒男の声が響き渡る。面倒男は直ぐに帝王から逃げていった。
あの威圧、耐えることが出来る人なんているのだろうか、なんて思いながら帝王を拝んだ。
ありがとう帝王。
§ § §
今日は、早くに依頼を終えた。なので、いつものように受付嬢を口説こうとしたのだ。しかし、俺の美女センサーは後ろに反応した。受付嬢はおっとり系美人だが、毎回手応えはない。
だから、より勝算がある方を選んだ。それが、悲劇の始まりだったのだ。
後ろの子に声を掛けた。まぁ毎回のように嫌な顔されるが、俺はめげない。 煩い坊主が、注意してくるがどうにでもなる。俺は口論が強い。唯一の特技である。どうやって正当性を持たせようかなんて考えていたら、バリトンボイスが聞こえてきた。
「おい、道を塞がないでくれないか」
声の主は、暗黒街の帝王という二つ名を持つ男だった。 大剣を背中に背負い、眼光は人を殺してしまえそうなほど鋭い。
顔には、十字の傷。腕には幾つかの新しく、生々しい裂傷があった。
ある人曰く
「ドラゴンを腕でちぎり、その血を啜った」
ある人曰く
「次元を切り裂いた」
ある人曰く
「伝説の武闘派集団 白蝋 に所属している」
等。
それ以外にも知られていない事がまだあるだろう。敵に回してはいけない男。
そんな帝王の機嫌が悪い。間違いない。
俺の行動に腹を立てているのだろう。額からは、青筋が何本も浮き出ていて、どす黒いオーラを放っている。
終わった・・・と確信した。
その先の記憶を俺は覚えていない。
そして、
その日俺は、髪を全て喪った。
§ § §
女の子には、お礼を言われたが、上の空だった。
どうすればあれだけ強くなれるのだろう、一目見た瞬間、強い憧れを抱いた。同等の恐怖も。
自分のことは強い、そう思っていたが己惚れていたんだ。
一声で場を収めるなんて・・・・・・。隙のない立ち振る舞い。どす黒いオーラに混じった鋭い殺気。
きっと上位探索者に違いない。どれだけの力量があるんだろうか。特別な目でも底を測ることは出来なかった。
もっと修練をしなければいけない。浮ついた心を引き締める。受付の人が言ったように、迷宮外の依頼を受けることにした。
クエストボードを見ていると、白衣を身に纏った人が通りかかる。
§ § §
心臓の鼓動が、やけに大きく聞こえる。今までに経験してきた死地のようだ。集中力は、極限まで引き上げられ、五感が研ぎ澄まされる。体が、自分のものでないようなそんな感覚。
ギィと音が鳴る。とうとうこの時がきた。仮眠室の扉が開かれる音。審判の時だ。
僕はきっと青い顔をしているだろう。
白衣を纏った師団長が、無表情な顔で残酷な宣告を僕に告げる。
「エデン、―――治癒室」
少しでも先延ばそう。そう思って答える。
「ああ、悪いな、また探してくれたのかもう少し精神統一をさせてくれ」
「もう待った。恐いんでしょ、治癒魔法」
やばい!怒らせてしまったようだ。 この言葉をそのままの意味で受け取ってしまってはいけない。
何故なら、師団長が言いたいことは、
「よくも逃げやがったな、痛くするから覚悟しろ」
だからだ。
おわった。
これ以上怒らせるのは、得策ではない。何も返答しなければ、大変なことになる。
焼け石に水だが、無難な返答をしておく。
§ § §
さてどこに行ったのか。 本気で逃げる訳ではないのは、今までの経験上分かっていた。
大抵、個室にいる。ギルドでの生息分布は把握済み。
傭兵時代から、一緒に行動していたから性格もよく知っている。
周りに迷惑を掛けないようにしているから、忙しくしている時には逃げない。
治癒師の人数が多い日に、奴は逃げる。
そこら辺は、一応弁えているようだ。
息抜きもかねてダラダラとギルドを探す。
いた。
気付いてるようだが、声をかける。
「エデン、治すから治癒室いくよ」
「ああ、悪いな、また探してくれたのかもう少し精神統一をさせてくれ」
表面上は、平気そうにしているが、治癒魔法が痛くて苦手というのは知っている。
「もう待った。恐いんでしょ、治癒魔法」
そうやって煽ると、
「いや、そんな事はない」
と決まって言う。毎度のことだが、ふっ、と笑ってしまう。
そして、治癒室へと連れて行くのだった。
その日、禍禍しい空気が治癒室を包んでいたそうだ。原因不明はこわいな。