09.彼女と並ぶ、コタツと歯ブラシ
テーブルの真ん中にポテトチップスと細長いチョコ菓子。俺の前にはアルコール度数3%のサワーが置かれた。
コタツの中に入りながら見上げる。彼女が没収されたコーラを抱えて立っていた。
「コーラのほうがいい」
「えー、いいじゃん。コーラのサワーだから、実質同じだよ」
「いや、同じなわけない。実質ってなんだよ」
一缶でほろ酔いになるから、今日はもう飲みたくない気分だ。恨めしそうに見つめるが、全然効果がない。あかりは全く気にせずに、コーラを冷蔵庫の中に戻した。
上機嫌な顔つきなのが憎らしい。観察してやろう。
ダボダボの紺色スウェット姿は自堕落的だ。しっかり着こなしてくる服装を思い出すと、だらしない格好でもなぜか新鮮に感じる。
ブローした長めのストレートボブの髪は輝きを増していた。さらりと揺れ動くと、触りたいと意識してしまう。
化粧を落としてもきめ細やかな肌は健在だ。蛍光灯で照らされる素顔は好みで、いつまででも眺めていられる。
化粧をすると少し大人びていて、落とすとあどけなさが残る感じだ。そのギャップに少し緊張してしまう。
「ん、どうしたの?」
「えっ、あー……スウェットがデカいなって思ってな」
「やっぱりー? でも寒いから。足先と手先とか隠れるからいいよ」
隣に座ると、もぞもぞと動いてコタツの中に入った。
ふわっと香ってくる洗髪剤の匂い。着替えは持ってきていないのに、洗髪剤だけはしっかりと持ってくる。いつもほのかに香ってくる匂いだったが、今日は強く感じた。魅了されて意識が奪われそうだ。
ニヤ~っと、あかりの顔がいやらしい笑みを浮かべる。
「あっ、でもさ。こういうの好きなんじゃないの? こういう裾とか」
「あー、分かるかも」
「えっ」
ボーっとする意識のまま呟いた。
こういうのって何て言うんだろうか。明らかにサイズが大きい服を着ている姿を可愛い、と感じること。
「彼シャツ、萌え袖。いや、両方か?」
「えっ、あっ……ちょっと」
「なんていうか萌え的……な」
言葉にしてから気づく、妄想を垂れ流したことを。ヤバイと思った瞬間には、恥ずかしさに似た焦りが体中を駆け巡る。
だが、俺は見た。赤くなった顔をしながらも、目を泳がせているあかり。困ったように眉を寄せて、キュッと唇を噛んでいた。肩を丸めて、ちょっともじもじしている。
えっと、また俺何かやっちゃいました?
「あー、あかり?」
「……何よ、バカ」
「いや、まぁ……うん」
ちょっと拗ねたような顔をして、テーブルに上半身を預ける。ぶすっと顔を歪ませて、視線を逸らされた。
まぁ……恥ずかしがっているってことだよな。今更ながら、顏が熱くなってきた。ぎこちない空気が流れて、息が詰まりそうだ。
「ねぇ」
戸惑いながらも視線を向けてくる。少し熱を帯びた感じに、鼓動が跳ねた。意識が一気に持っていかれて、あかりしか見えなくなる。
心地よくも、焦られる鼓動を聞きながら言葉を待つ。
「そんなに、可愛かった?」
不安げに揺れる目がじっと見つめてくる。薄っすらと色づく頬を見ていると、言葉を引き出されていく。
「か、可愛……かった」
「う~~っ」
テーブルに上に顔を腕で覆って、うつ伏せになった。唸りながら顔を腕に擦りつけて、悶えているように見える。
俺も悶えたくなった。恥ずかしさで頭を抱えて、大きく息を吐く。気が楽にならず、くしゃりと髪の毛を握り締めた。
その時、コタツの中で足に衝撃が走る。柔らかい何かで突かれているようだ。
「えい、えい」
うつ伏せになりながら、コタツの中であかりが膝を蹴ってきた。痛くはないが、うっとうしさが可愛らしくて、さらに頭を抱える状況になる。
「……やめてくれ」
「ファイナルじゃないアターック」
ソシャゲネタを口走りながら、あかりのイタズラはしばらく続く。
落ち着いてから、またぬるくなったサワーで乾杯した。
サワーを飲みながら、お菓子を食べ、ソシャゲを楽しむ家デート。撮りためていた番組を再生したり、適当な番組をつけながらのダラダラとした空間。
ソシャゲの合間に適当な会話を挟み、じゃれ合い、またソシャゲ。
時々一緒にガチャを回しては、喜びと悲しみの声を上げる。もれなくレアを俺が引くと、あかりは拗ねたような顔を向けてきた。
慰めと下心の意味を込めて頭を撫でようとしたが、避けれらてしまう。
相変わらず、簡単には触らせてくれない。
猫みたいで可愛いが……じれったく、もどかしい。
◇
翻弄されつつも楽しい時間は、あっという間に過ぎていく。
目が重たくなってから、スマホで時間を確認した。午前一時を過ぎている。まだ寝るには少し早いが、今日はあかりのバイト日だ。昼のシフトだって、言ってたような気がする。
あかりを見てみると、テーブルに上半身を預けながらスマホを弄っていた。目はやや細くなっていて、テンションも落ちている。
「あかり」
「んー、なにー」
「そろそろ寝るか?」
「うーん……」
「明日バイトだろ?」
「あ、そっか」
気のない返事から、急にいつもの感じに戻った。体を起こしてスマホの画面を確認している。
「あー、もうそんなに経ってたんだね」
「片づけて寝るか」
「うん。私がテーブル拭くから、ゴミをお願いしてもいい?」
「分かった」
二人同時にコタツから出て、立ち上がる。部屋の空気がひんやりとしていて、ブルッと体が震えた。
「うー、寒いね。早く終わらせようっと」
ダボダボの紺色スウェットを引きずりながら台所へ向かう。手も隠れていて、余った服がユラユラと揺れている。
萌え袖に胸キュンとしてしまった。寝る前だっていうのに、ため息を吐きたくなる。
◇
片づけは直ぐに終わり、二人で台所に並んでいる。脱衣所がなければ、洗面台もない。それでも結構気に入っている。全部ここで済むから、掃除が楽なんだ。
上に備え付けの棚を開けて、青い籠を出す。ここに全部の洗面道具が入っている。
白色とオレンジ色のストライプ柄なコップ。隣には色違いの青色なコップ、俺のものだ。あかりが買い置きした歯磨きセットも一緒に入っていた。
凄く照れ臭くなる光景だ。毎日見てニヤついていることは絶対に言えない。
隣を見ると平常心のあかりがコップを手に取り、水を注いでいた。そんなに意識してないのか。ちょっと残念に思う。
「ふふっ」
嬉しそうに笑う声が聞こえた。あかりの顔に柔らかい笑みが浮かんでいる。ドキッとして、いつものあかりじゃなくて高揚した。
「ど、どうした?」
「えっ、あー……うん」
聞いてみると、少し恥ずかしそうに視線を逸らされた。先ほどの期待感がまた膨らんできて、鼓動が高鳴っていく。
少しの沈黙の後、控えめな声が聞こえる。
「なんかこういうの……良いよね」
そう言って、調理台に乗った二つのコップをこつんと合わせた。彼氏と彼女の並んだ歯みがき用のコップ。いつか見たかった光景に鼓動が鳴り止まない。
嬉しさのあまり、つい口が滑ってしまう。
「ずっと並んでたいな」
「そうだ……なっ! 突然何を言ってっ。私は、その……だからっ」
顔を赤く染めて、慌て出す姿は可愛い。ずっと眺めていたくなる光景に、顔が緩んで仕方なかった。
脇腹に拳をねじり入れられても、全然効かない。
◇
じゃれつきと歯みがきも終わり、あとは寝るだけになった。
「じゃ、あかりはベッドで寝てくれ。俺はコタツで寝るから」
はじめは淡い期待を抱いていたんだが、なんだか可愛くてそんな気が失せてしまった。いつも通りにあかりだけをベッドで寝かせようとする。
すると、背中のスウェットを掴まれた。
なんだ?
不思議に思っていると、小さな声が聞こえる。
「今日は……一緒にコタツで寝たい、な」
ギュッとスウェットが握られて、頭を背中に寄せられた。
息が止まる。