04.彼女の立ち姿を邪な目で見る
テレビから聞こえる芸能人たちの笑い声。それにゲームの効果音が混ざる。コタツに入りながら二人でスマホを弄っている。家まで来て、二人でソシャゲをやっていた。
まったりとした空気が流れる中、彼女の声が上がる。
「あー、もうやる事なくなったー」
ため息が聞こえた。スマホと上半身をテーブルに乗せている、だらしない格好だ。
斜め向かいからでも良く分かる表情。テーブルにくっついた頬がプックリと盛り上がり、拗ねたように唇を尖らせていた。面白い顔をしていて、愉快な気分になる。
だが、蛍光灯の光で髪が艶やかに光っているのを見ると、違う感情がこみ上げてくる。いつも以上に綺麗に見えた。
触りたい欲求が高まる。
気兼ねなく触れられたら、どれだけいいか。
こんな風に葛藤しているなんて、あかりは知らないだろうな。
そんなことを考えながら、頬杖をついて眺める。
「アイテム使って、疲労度回復したら?」
「うーーん。でもこれは、大学の授業が始まったら使いたいから」
「勉強しろよ」
唸るあかりの頭を軽く叩く。その時、髪を撫でるように少し手を滑らしてみる。つるりとして触り心地が良く、離す時は名残惜しい。
そんな気持ちを知らずに、あかりは呑気な声で抗議する。
「あー、叩いたー。酷い、許さない」
バンバンとテーブルを叩き、少し睨んでくるが……怖くない。むすっと不機嫌な顔をしているのに、姿勢がだらしないから迫力は全然なかった。
「どうしたら許してくれるんだよ」
すると、あかりの表情が変わる。ニヤッと口元を上げて、スマホを差し出してきた。
「私のゲームに課金して」
「断る」
「ケチー」
二人で別ゲーのソシャゲをしているのに、こういうやり取りがあるから案外楽しい。あかりも同じように思ってくれているんだろうか?
そうだったらいいな。
だらしない態勢のままスマホを弄るあかり。その指先が止まると、体を起こした。
「もう六時過ぎか。そろそろご飯作るね」
「おう、頼む。俺はIHヒーターを出しておく」
あかりが立ち上がる。髪がさらりと揺れ動き、弾力のある胸も揺れた。
思わず見てしまうのは、仕方がない。ついでに下から見上げてしまうのも、仕方がない。
腰下まで伸びた、ピンクベージュのニットセーター。膝丈の薄色なパープルブルーのフレアスカート。中には黒のタイツを履いている。
いつも可愛らしい格好をしてきて、毎回楽しみにしている。ま、これは秘密なんだけどな。
「あ、髪を結ばなくっちゃ」
一度立ったあかりがキョロキョロと何かを探す。白いトートバックを見つけると近寄る。お尻に片手を添えて、スカートが広がらないようにしゃがみ込む。
何気ない仕草だけど、女子らしくて好みだな。ちょっとしたお楽しみはなくなってしまうのだけは、残念だ。
ゴソゴソとトートバックの中を漁ると、立ち上がる。くるりと振り返ると、スカートがふわりと浮かび上がった。
「見て見て、買ってきちゃった」
白いストライプ入り、ダークグリーンのエプロンを出してきた。
「おー。珍しいな、パステルカラーじゃないよな」
「ここに置いておくつもりで買ってきたんだよね。さとるも使っていいよ」
「エプロン付けながら料理なんてしねぇよ」
「まぁまぁ、いいからいいから」
まさか、俺に使わせるために買って来たんじゃないよな。でもその色合いは。まぁ、あかりが楽しそうだし、いいか。
ニコニコと上機嫌に笑いながら、エプロンのヒモに両腕を通して腰で紐を縛る。手に持った桃色と白色の水玉模様なシュシュを、口で挟む。両手で髪を内側から払うと、髪がさらっと大きく揺れ動いた。
綺麗に波打って見惚れてしまい、思わず顔が緩んでしまう。
両手で髪をかき集めて、首辺りで一纏めにする。髪を抑えてシュシュで縛る。ユラユラと髪の毛が揃って動いていて、なんとなく見続けてしまう。
その時、あかりが見下ろしてきた。
「どうしたの?」
「い、いや……別に」
「ふーん」
不思議そうな顔をして顔を傾けた。ドキッとして顔を逸らしてしまう。怪しまれていないだろうか? 意味深な声を聞きながら、一人で緊張した。
「じゃ、作ってくるね」
思ったよりも気にしてなかったのか、あっさりと台所へ向かった。ホッとしたような、ちょっと残念のような……複雑な心境だ。
俺もようやく立ち上がり、後を追う。
「あ、もうエアコン止めていい?」
「料理が終わるまで、つけておいて欲しいな」
そこははっきりと言われた。数十円程度の電気代増額は我慢しよう。
◇
台所の棚からIHヒーター、食器や箸を取ってきてテーブルに並べた。仕事は直ぐに終わってしまい、手持ち無沙汰になってしまう。またスマホを手にしてソシャゲをやり始める。
テーブルに上半身を預けて、スマホをタップしていく。少し操作して、チラッと視線を上げた。
台所に立つ、横向きのあかり。俯いて野菜を切っていた。
手元は見えないが、聞こえる音がザクザクとテンポが良い。見ても聞いても、安心感がある。そこがいい。
離れた位置から見てみると姿勢の良さが分かる。緩めのS字にカーブする背筋、足もスラッと真っすぐ伸びていていた。じっと見てしまうほど、綺麗な立ち姿で勝手にドキドキしてしまう。
いつもはだらしのない少しちゃらけた感じだが、ふとした瞬間を見てみると別人に見えてしまう。俺の知らないあかりを見ているようで、自然と意識している。
そんなことを考えて、スマホに視線を落とす。少し操作をして、また顔を上げてしまった。
結局一人でソシャゲをしても集中できずに、何度もあかりの姿を見てしまう。
ついでに色々と妄想してニヤニヤしてしまうのは、健全な証だ。
間違いない。
◇
部屋に充満する醤油の効いた、鴨出汁の匂い。ブツブツと鍋の中身が煮立っていく音。時間をかけると味が染みて美味しくなるのは知っているが、待っている時間が堪らなく辛い。
顔を上げて声をかける。
「まだかー?」
「んー、ちょっと待って」
あかりが一動作をすると、台所にモワッと湯気が立ち昇った。鍋に向かって手を動かしている。何をしているんだ?
ボーっと見ていると、口元に小皿が当たり持ち上がり傾く。
「うん、美味しい」
横顔が柔らかく笑って、小さく頷いた。
とても綺麗に見えて、一瞬呆けてしまう。
慌てて首を振って現実に戻る。
待たされに待たされて、味見する姿を見せられるのはかなりキツイ。我慢できずに立ち上がって、近寄っていく。
「あー、ずりぃ。俺にもくれよ」
「味見くらいいいでしょ。ほら、出来たからそっちに持って行って」
近寄ると匂いの強さが増して、腹を刺激して痛い。味見を催促したんだが、断られてしまった。
むすっと不機嫌な表情をしても、困ったように笑われるだけだ。
そして俺の手に、二つの布巾を持たせる。鍋を持つ拷問を押し付けられてしまった。空腹にはとても辛い。
あかりは腰ほどの高さの冷蔵庫に近寄る。スカートを抑えてしゃがみ、冷蔵庫を開けた。中から取り出したのは、アルコール度数3%のサワー。
両手に持って、見上げながら見せつける。
「〆の蕎麦もちゃんとあるから、飲んで沢山食べよ」
CMで見た女優みたいな、綺麗な笑顔を向けられ……見惚れてしまう。その笑顔の奥にあるソレ合わせて、二倍ドキッっとした。
後悔するほど、食ってやるぞ!