表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

2/14

02.彼女と歩く、寒空の下

 左手に持った買い物袋が、ガサガサと音を立てて揺れ動く。重さの痛みと冷えた手。不快感が常に付きまとう。


 だが、反対側の存在が不快感を緩和させてくれた。


 視線だけ動かすと、隣で彼女が並んで歩いているのが見える。俺が着ているモスグリーンのダッフルコート、そのポケットに手を突っ込んでいる。


 そして俺も、同じポケットに手を突っ込んでいた。


「ふぅ~、寒いねぇ」

「明日、雪でも降りそうだな」

「ん~、それはそれで楽しそう」


 他愛もない会話をすると、白い息が歩く速度で流れて消えていった。

 歩道のない、掠れた白い線の上を二人で歩く。電柱を見かけては、先に歩いて避けて進む。


 歩いていく振動のせいで、あかりの赤いタータンチェック柄のマフラーが少しずり下がっていた。そこから見える鼻先と頬が、ちょっとだけ赤い。零れ落ちる白い息も合わさって、痛々しい寒さだと思った。


 それとは逆にポケットの中は温かい。


 繋がった手のひらはポカポカとして心地よく、寒さを一時でも忘れさせてくれる。実はもう一つ、寒さを忘れさせてくれる原因がある。


 時々離れていくあかりの細い指先が、子供の悪戯みたいにちょこちょこと動く。指を摘まんだり、撫でたり、手のひらに爪を立ててくる。


 ちょっと痛くて、くっついていた肩を押して抗議した。


「……なんだよ」

「別にー」


 同じく肩を押されてやり返された。結構強く押されてしまって、少しよろけてしまう。少しだけムッとして睨んでみた。


 はじめはキョトンと呆けた顔をしていた。が、俺の視線に気付いたのか、プッと吹き出して笑顔が咲く。


「もう、そんなことで睨まないでよね」


 あははっ、と眉を寄せて笑い出した。赤く染まる頬と鼻先がマフラーから出て、笑う振動で髪の毛がユラユラと揺れ動く。


 笑った顔、可愛いな。


 一瞬、(ほだ)されそうになってハッと我に返った。緩みそうになる顔にグッと力を込めると、少しだけ足を進めてそっぽを向く。


「じゃー、見ない」

「えー、何それー」


 後ろであかりがクスクスと笑う。


「もしもーし」

「……」

「さとるさーん、こっち向いて下さーい」

「……」

「一人じゃ寂しいんですけどー」


 少しずつあかりが近付いて来る。グイグイと体を押し付けて、しつこく声をかけ続けた。彼女の誘惑に負けそうになるが、この状況をもう少し楽しみたい気持ちもある。


 (かたく)なに反対側を見続けると、ポケットに入った手がギュッと握られた。手のひらを合わせて、細い指が絡んでくる。


 急な触れ合いにドキッとして、振り向きそうになった。負けそうになる気持ちを強く持て。我慢、我慢だっ。


「ねーねー、ごめんってー。ね?」


 少し回り込んでくる気配と可愛い声に……負けた。顔を少しだけ動かして、チラッと見てしまう。


 俺の前に半身を傾かせて、覗き込むような姿勢だ。傾いた頭から、さらりと流れ落ちるダークブラウンの髪。緩められた目元と口元も綺麗で、目が惹かれてしまう。が、鼻先と頬が赤くて少し間抜けで、そこは笑える。


 まぁ、そういうところが可愛いというか……なんというか。


「ね、ね。許してよ~」


 腕に片手でしがみ付き、さらに覗き込んでくる。白い吐息が立ち昇り、視界が少しだけ遮られた。


 急な至近距離だ。過剰に意識してしまい、鼓動が高鳴る。ドクドクと音がして、緊張がバレないかと冷や冷やした。


 止まりそうになる呼吸。無理やり呼吸をして、引きこもりな言葉も吐き出す。


「わ、分かった分かった。しがみ付かないでくれ、歩きにくい」


 緊張を隠したくて、掴まれた腕を抜こうとした。だが、あかりはしっかりとしがみ付いて離れない。それどころか悪戯が成功したような、ずるい笑みを浮かべた。


「えぇ~。そんなこと言って、本当は嬉しいくせに」


 このこの~、と肘を脇腹に押し付けられて地味に痛い。ニヤニヤと笑うあかりを見ていると、次第に焦りが膨らんでいく。


 何か言わなきゃ。そう思うたびに、考えがこんがらがっていった。

 だから、つい本音が零れるのは仕方がない。


「……そりゃ、まぁ。嬉しいよ」


 こんなことされて平常心でいられるほど、意識してない訳がないだろ。吐き出したら楽なんだろうけど、さらっと言える度胸はない。


 意識に意識して、冷たい頬が内側から熱くなっていく。高揚して少し息が上がった。吐く息の白さがだんだん濃くなるのを見て、少しの恥ずかしさを覚える。


「えっ」


 縋りついてきたあかりの重みが、少し軽くなる。ポケットの中で握られている手が、戸惑いがちにゆっくりと緩む。


 これで少しは懲りただろうか? 鈍い動きで顔を向けてみる。


 真横で見上げるあかり。目を見開いて、マフラーから出た口がポカンと開けられていた。鼻先の赤さは変わらないのに、頬の赤みが濃くなったように見える。


「え、えーっと……あー」


 目が合うと、戸惑いの声が漏れた。顔は逸らさずに、目だけをキョロキョロと動かして、視線が落ち着かない。

 間抜けに開けられていた口がキュッと結ばれる。少し俯き加減になる顔。立ち昇る白い息で霞む。


「そ、そういうのは……ここで言われたくないし」


 ぼそぼそと小さな声で呟いた後、少し尖った唇。拗ねているのか、恥ずかしがっているだけなのか。良く分からないが、何とも言えない空気が漂う。


 あかりは腕から離れず、俺のポケットに手を突っ込んだままだ。気恥ずかしくて、一動作するのも躊躇(ちゅうちょ)してしまう。


 さっきまで痛いほど寒かったのに、指先まで熱くなっていくみたいだ。寒かったコートの内側の温度が上がる。


 一番熱いのは、二人の体温が混ざり合うポケット。


 熱さを意識してしまって、俺の手がピクリと動く。すると、あかりの手もピクリと動く。お互いの緊張が伝わり、気恥ずかしくてどうしようもない。


 それに……無言なのがかなり(こた)える。


 意識を逸らしたくて、顔を上げる。その時、後ろから近付いて来る自転車の音が聞こえた。ふっと振り向くと、スマホを弄りながら走行している姿が見えた。


「あっ」


 とっさにポケットから手を出して、あかりの反対側の肩を抱く。腕に力を入れて、白い線の内側に体を引き寄せた。


「うおっ、あぶねっ」


 自転車に乗っていた男性がこちらに気づき、フラッと反対側に自転車を傾けて避ける。そのまま何事もなくシャーッと自転車は去って行く。


 男性に苛立つよりも、あかりの方が気になった。


「ごめん、急に引き寄せたりして。大丈夫だった?」


 腕の中で肩を竦ませている。体が硬直しているのが腕から伝わってきた。怖がらせてしまったのか、不安になる。


「俺が反対側になれば良かったな」


 安心させるように肩をポンポンと叩く。だが、あかりは身を縮こませているだけで反応してくれない。気になって、腰を屈めて覗き込んでみる。


「えっと……あかり? そんなに怖かった?」


 少し俯き加減の顔は、髪に隠れて良く見えない。不安がどんどん膨らんでいくと、ようやくあかりが顔を上げた。


「違い……違うのっ。バカッ」


 なぜか言葉を訂正した。いつものあかりではないブレを感じた。ふと、日常の違和感を思い出す。


 あかりから積極的に触るくせに、逆に触ろうとすると避けること。嫌味な感じではなく、絶妙な距離を測って離れられる感じだ。何度焦らされたか分からない。


「あっ、ちょっとっ」


 その声で我に返って見てみると、上目遣いの目で睨まれる。それも気になったが、他も気になった。

 顔が赤い。さきほどとは違い、全体的に赤く染まっていた。


「へっ?」

「見て……分からないの?」


 そこでようやく、自分の態勢に気づく。

 自分の胸に抱き寄せるように、あかりの体が密着していた。


 ブハッと口から白い息を吐き出す。

 寒空の下、なぜかコートを脱ぎたくなる。


 そこから自宅へ帰る道は、いつも以上に長く感じた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] おのれ、バカップルめ……!!!!!!
2020/02/22 01:08 退会済み
管理
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ