11.彼女とコタツで過ごす夜更け
常夜灯の淡い光が薄暗い居間を照らしている。コタツの中は熱くて、少し汗ばみ始めた。コタツのスイッチを掴むと、カチッと電源を消す。
コタツの中でお互いに向かい合わせ。
薄暗い中でも、彼女の表情は分かる。
少し困ったように寄せられた眉。逸らされた目が切なげに揺れていた。さらりと落ちた髪の毛が、先ほど触った頬を滑り落ちる。
手を伸ばし、指先で滑り落ちた髪をつまむ。ビクリと体が揺れるが、抵抗はない。
そのまま腕を伸ばして、艶やかな髪を耳にかけてやる。離れる時に指先でそっと耳を撫でた。あかりの肩がビクリと跳ねる。
「抵抗しないんだ」
「……はいって言いましたから」
緊張と鼓動が増す中、聞き慣れない声色にドキッとした。透き通った綺麗な声の心地よさが、全身に行き渡って落ち着かなくなる。
口調が変わると声色も変わるのが卑怯だ。
あかりの二面性に翻弄されて、愛おしさがあふれて辛い。抱きしめたい欲求を堪えて、言葉を絞り出す。
「口調」
「変……ですか?」
「ううん、そっちも好き」
普段もいいが、こっちもいい。いや、両方あるからいい。それだけではなく、いつになく大人しめな表情が男心をくすぐった。
庇護欲をそそられる。
いつもそれほど感じていなかったせいか、この感情に戸惑ってしまう。色んな感情がごちゃ混ぜになり、楽しくもあり辛くもある。
そんな自分が少し恥ずかしく思ってしまう。誤魔化すように会話を続ける。
「口調変えて大変じゃなかった?」
「とっさに出てしまうことはありましたが、大変じゃないですよ。女子高生言葉っていうのを、話してみたかったですし。楽しいです」
「そっか、良かった」
無理に合わせようとしたんじゃなくて安心した。
嬉しそうに微笑んでいる顔を見ると、やっぱりドキッとする。いつもとは違う雰囲気に、鼓動が鳴りやまない。
「そういえば、聞きたいことあったんだけど」
「なんですか?」
「触ろうとすると逃げるのは、なんで?」
「そ、それを聞きますか……」
キョトンと不思議そうな顔をしてから、恥ずかしそうに視線を逸らされた。薄暗い中では、赤くなる瞬間が見れないのが残念だ。
キュッと閉じられた口が戸惑いながらも動く。
「第一に躾けの一環でした、不純異性交遊禁止という名目です。異性には触れさせるな、触れるなって。何度も触れようとして、自然と逃げるの大変でした」
「ふーん……ん? あかりから触られるばっかりだったんだが」
自分が触りたい時に触れず、あかりが触りたい時に触れる。考えてみると、良く我慢できたよな。
問い詰めるためにじっと見つめてみる。明らかに困惑した表情になり、目を泳がせた。
「それは、まぁ。その、さ……触りたかったから」
「え、触られるのは?」
「だって、はっ……恥ずかしいじゃないですか」
俺だって恥ずかしかったんだ。言葉が出そうになるのをぐっと堪える。
いや、よく考えるとお互いに同じ思いだったっていうことか。知らなくても知っていても、こういうのって恥ずかしいものだな。
高鳴っていく鼓動と上がる熱。黙っていればいらないことを考えてしまって、駄目になりそうだ。
揺れる心を隠したくて、強引に話を進める。
「そこまでの躾けって必要だったのか?」
「必要でしたね。頭が悪かった分、見様見真似で出来る方に力を注いでいました。頭のいい姉がいたので、比較されずに済みましたけど」
困ったように眉を寄せて、苦笑いを浮かべた。また胸がズキリと痛む。
それは比較されていたんじゃないだろうか。あかりの家族のことに口出ししてもいいのか、悩んでしまう。
もし家族のことを悪く言っていたら、苛立っていた。でも、あかりの口から悪口は一切出てきていない。だから悪く言えなかった。
もやもやとした気持ちだけが残り、居た堪れなくなる。これ以上の詮索はしないほうがいいよな。話しを逸らしてしまおう。
「まぁ、そっか。あかりは妹だったんだな」
「……姉には会わせません」
聞いたことのない低い声に驚く。様子を窺うと、怒っているように見えた。
「ど、どうした?」
心配になって聞いてみた。すると不貞腐れた顔をして、淡々と話し始める。
「姉のほうが頭が良いです。美人でスタイルも良くて、皆から愛されている感じです。だから、会わせたくありません」
「どうして?」
「……さとるが好きになったら、いやです」
熱を帯びた目を向けて、その顔はとても真剣なものだった。絨毯に置かれた俺の手をギュッと握られる。柔らかくも熱い手のひらを意識して、緊張が高まった。
あかりの顔が苦しそうに歪む。
「姉のことは好きです。できれば紹介したいですが、怖くてできません。さとるはきっと、私よりも姉を好きになって……」
切なげに潤み出す目で真っすぐ見つめてくる。不安げな様子に心がざわついて、知らない熱が高まった。
胸が圧迫される苦しみで、すぐに言葉がでない。
あかりが泣きそうに顔を歪ませる。握っていた手が震えるのが伝わり、俺の心が熱く揺れた。
「まだ会わせていないのに嫉妬する私は……心が狭いですよね。嫌味で駄目な私なんかよりも」
そんな言葉を聞きたくない。
悲しませるために、嫉妬させるために聞いたんじゃない。
悲しみと怒りがごちゃ混ぜになり、胸が強く締め付けられる。焦燥感と愛情。折り重なって、自分の気持ちがはっきりと分からなくなる。
一つだけ確かなことは、これ以上その話を聞きたくないこと。
なのに、あかりは取りつかれたように話し続ける。
「姉は優秀で美人で器量も良くて……」
「姉のことなんて知るか。俺が好きになったのは、あかりだ」
「でも、会ったらきっと」
苦しげに顔を歪めて目を閉じた。握られていた手は未だに震えている。
知らなかったあかりの内に潜む感情に、心と理性が激しく揺さぶられた。
衝動が体を動かす。
肩を掴んで、絨毯に押し付ける。
少し横から見下ろすと、絨毯の上に髪が散らばっていた。
仰向けになったあかりは、驚いた顔をして見上げてくる。
苛立ちと愛しさがごちゃ混ぜになって、訳が分からない。
でも、高くなる熱だけは感じていた。
顔を落として、強引にキスをする。
ビクリと跳ねて、逃げ出すように動き出す肩。
動かないようにしっかりと掴んで押し付けた。
くぐもった唸り声を聞き、ようやく離してやる。
眉を寄せ、困惑に染まる目で見上げてきた。
良心が痛まない。
愛しく大切にしたい気持ちもあれば、強引に汚してしまいたい気持ちもある。
あかりにも二面性があるように、俺にだって言えない二面性があるんだ。
「そんなの俺には関係ない」
どうして分かってくれないんだ。
もがくほどの痛みと苦しみが胸を圧迫して、肩を強く握った。




