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10.彼女とコタツで過ごす背中合わせの夜

 スウェット越しに感じる額の温度。バクバクと心臓が強く鳴って、体中が熱くなっていく。


 喉が渇くほどの緊張に、意識が吹っ飛びそうだ。


「じゃ、そういうことだからっ」

「あっ」


 彼女の声で現実に引き戻された。離れたあかりはコタツに潜り込んで、早々に布団を被ってしまう。


 ホッとしたような、残念のような。鼓動が余韻として残り、少し切なくなった。


 照明の紐スイッチを引っ張るとカチッと音がして、常夜灯に切り変わった。居間はわずかに見通せる暗がりに包まれる。


 コタツ布団をめくり中へと入った。座布団を二つ折りにして枕する。頭を乗せて目を閉じた。

 寝ようとするが、寝れるはずもない。


 本当にこのままなのか? という、期待が残っているせいだ。今までとは違う展開で、強く意識してしまう。


 ――――その時。


「ねぇ、さとる」


 ドクン、と心臓が跳ねた。


「な、なんだ?」


 少し声が震えていた気がした。緊張で金縛りにあったように体が硬直してしまう。心臓の鼓動がうるさくなり、息を呑む。


「隣にいっても、いい?」

「……あぁ」


 声をなんとか絞り出せた。それ以上、何も言えない。


 コタツの中でモゾモゾと動き始めた。背中から近付く気配。緊張と期待が入り混じり、鼓動が高鳴っていく。


「ぷはっ……あつぅ」


 中からあかりが出てきたようだ。しばらくモゾモゾと動くと、ピッタリと背中をくっ付けられた。ただの背中合わせなのに、鼓動が止まない。


「あ、あのね」

「お、おぅ」


 お互いに言葉が詰まった。微妙な空気が流れて、沈黙が続く。数十分前まで感じていた眠気なんか吹っ飛んでしまった。


「今日の話、なんだけど」

「……うん」

「私の姿勢のこと話してくれて、本当に嬉しかったんだ」

「えっ、そうなのか?」


 控えめな声で話してくれる内容に、内心驚く。あまり触れてはいけない部分だと思っていたから。


「だってさ、なんだかんだ言ってもさ。ちゃらついてじゃらついていると、嬉しそうな顔……するじゃん」

「あっ、まぁ……そりゃーね」

「だから、その……ね。結構頑張って、じゃれついてたんだよ」


 どんどん小さくなる声だったのに、言葉ははっきりと聞き取れた。静まっていた鼓動がトクントクンと大きくなる。


「ど、どうしてそんなことを?」

「……だって」

「うん」

「さとるの笑った顔……好きだから」


 ドクンと心臓が動いて、息が詰まる。カーッと熱くなる体温は、コタツの内部よりも熱い。今、猛烈にあかりの顔が見たくなった。


 緊張して中々言葉が出ない。絞り出すように話を続ける。


「ニヤついた顏、だったんじゃないか?」

「違うのっ。さとるは……違うの」

「そ、そうなんだ」


 俺の言葉をすぐに否定してきて驚いた。同時に嬉しさも込み上げて来て、照れ臭くなってしまう。

 もう少し、聞いても大丈夫だろうか?


「ちなみに、どんなところが良かったんだ?」

「どんなところって……それは、うぅー」

「ないんだったら、今度は俺から言ってもいい?」

「ちょちょっ、ちょっと待って!」


 言い辛いのか唸り続けている。背中で感じる、ゴロゴロと身動ぎしている気配。いつもふざけていた態度と比較すると、ギャップが可笑しくて笑える。


「あのね……」

「うん」

「目元とか口元とか、すっごく優しくなるのが……好き」


 あ、同じだ。

 同じ事を思っていてくれて、安心感と喜びがこみ上げて来て口が軽くなる。


「俺も――」

「ま、待って!」

「どうした?」

「い、言われるの恥ずかしくて……話せられなくなっちゃうからっ。だから、まだ言わせて」


 確かにそうだ。あれこれ褒めたりすると、あかりは恥ずかしがって口を閉じてしまう。まだ言いたいことがあるなら、大人しく聞いてみよう。


 短い沈黙が流れた後、トーンの低い声が聞こえてくる。


「私の家族って小難しい顔ばっかりだったし。大学生になって一人暮らしするまで、周りの人も作り笑いばかりでさ……すごく生き辛かった」


 全然聞かせてくれなかった、出会う前の話題だった。自然と意識が耳に集中して、聞き逃さないようにする。


「元々は良いところのお嬢様、だったのかな。大学の第一志望が落ちて、それで勘当されて一人暮らし。一応、お金はもらっているんだけどね。頼りっぱなしも悔しいから、自分のお金を溜めているんだ」


 もしかしたら、そうなんじゃないかっと思っていた。ふとした時の仕草や表情が、別人だと感じるほどに綺麗だったから。


 思ったよりも大変な身の上話に胸が痛む。それなのにあんなに明るく振舞っていた。辛いはずだったのに、弱音なんか聞いたことが無い。


 何か俺に出来ることはないか? その思いが強くなる。


「まぁ、世間の厳しさに呑まれて落ち込んでいた時にね、出会ったのがさとるだった。さとるの優しい笑顔だったの」


 初めての出会いは、人通りの多い大学の廊下。一人で歩いていたあかりが気になり、俺が声をかけたことから始まる。


 人を避けながら歩くほど、往来が多かった廊下だったのに……俺の目にはあかりの後ろ姿が良く見えた。


 なぜ分かったんだろう。

 深く思い出すと、気づいた点があった。

 後ろ姿がとても綺麗で惹かれてしまったんだ。


 普段知らない人に話しかけるのを躊躇(ちゅうちょ)してしまう俺でも、吸い込まれるように近付いて自然と話しかけていた。


『こんにちは。突然だけどサークルに入らない?』


 精一杯の笑顔を浮かべていた気がする。その時あかりは俺を見上げたまま、立ち止まり動かなくなった。そこでようやく現実に戻り、緊張と恥ずかしさでどうにかなりそうだった。


 それが出会い。

 そして今は、コタツで背中合わせ。


 心地よく打つ鼓動と温かい胸の奥。様々な思い出が脳裏を過り、顏が緩んでしまう。ちょっと調子づいてもいいよな。


「どうして俺だったんだ?」

「それは、その……」

「うん」

「うっ、それは……」


 背中越しで、唸りながらもじもじと動く。見ていなくても目を瞑れば、姿が容易に想像できて笑える。しばらく悶えるあかりを背中越しに堪能した。


 大きく呼吸をする音がする。


「さとるの笑顔が……私好みだったの。笑顔に一目惚れだった」


 ドクンッと心臓が跳ねた。

 俺の笑顔に一目惚れ?

 嘘だろ、そんなことってあるのか?


 熱くなる顔と体。詰まる息で苦しくなる。

 色んな感情がこみ上げて来て、思考がごちゃごちゃになっていく。身悶えってこんなに辛いものなのか。


 一つ確かなことは、人生で一番に嬉しいということ。


「あーもう、恥ずかしいっ」

「俺も恥ずかしい」

「わ、わざわざ言わなくてもいいでしょっ」


 あかりの肘が背中に突き刺さった、地味に痛い。その後、ブツブツと何か言っているようだったが全然聞こえなかった。


 ゲホゴホ、とわざとらしい咳払いが聞こえる。


「まぁ……笑った顔を見逃したくなくてね。それっぽい雰囲気になったら見るようしてた」

「あー、なるほど。……だったらなんで、嫌みったらしくニヤケてたんだよ。俺だって嬉しそうな顔が見たかった」

「それはっ……だから」


 また唸り出して、ゴロゴロと身じろぎをしているようだ。笑い出すのを必死に堪えて、あかりの言葉を待つ。


「乙女心は複雑なのっ」


 精一杯考えて、それか。なんだか可笑しくなって笑ってしまった。また肘を背中に突き付けられたけど、全然痛くないのが笑える。


 あかりを好きになって良かった。


 体を反対側に向くように動かす。薄暗い中であかりの後頭部が見えた。


「こっち向いて、あかり」


 ビクッとあかりの肩が跳ねた。しばらく無反応だったが、ゆっくりと体がこちらを向く。視線を逸らしながら、素直に向かい合う。


 お互いの鼓動が聞こえそうで、緊張が高まっていく。呑み込みそうになる言葉を強く意識して伝える。


「俺はどっちのあかりも好きだから」


 目が合う。驚きで見開かれて、戸惑いで細められた。

 だが、俺が伝いたいことはそれだけではない。


「ここにいる時は素になってくれると、嬉しい」


 静かに伸ばした手で頬を撫でた。

 柔らかくて滑らかな肌で、ゾクリとする。

 珍しく拒絶はない。

 だから、期待してしまいそうになる。


「……はい」


 優しくも儚い、心地よく耳に残る声色だ。

 もっと聞きたくなる。

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