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書物の姫君  作者: 最中亜梨香
外伝 冬至祭
84/87

仕事と望み 前編

 夜明けごろ、ヨールは目を覚ました。

 寝ている使用人達を起こさないよう、静かに身支度を整える。厚手の服を着てブーツを履き、剣と小さな木箱を持ち、部屋の外へ出る。階段を上がり、地上階へ向かう。

 台所では、侍女達がかまどに薪を入れて、火をつけようとしている。その横を通り過ぎ、ヨールは西の部屋に入る。

 もとは客間だが、今は資材置き場になっている。木材や石材、釘の入った箱や何かの樽が、壁際に積まれている。

 今、ネラシュ屋敷は修繕中である。歩いても歩かなくても床が軋み、壁は隙間だらけ、天井には雨漏りのシミ。そんなボロボロの屋敷を直してほしいと、アンナと王子が女王ローゼにお願いしたのだ。

 工事は少しずつ進めている。まずはアンナの部屋がある西側からだ。工事の間、アンナは別の部屋で寝ている。

 吐く息が白い。手がかじかむ。窓の外を見れば、雪がちらちらと舞っている。

 ヨールは、木箱を入り口の横に置くと、資材がない部屋の中央に立った。静かに剣を抜く。一呼吸置いて、前へ振り下ろした。

 剣術の型の通りに、身体を動かす。鎧の隙間を突き、相手の急所を斬り、殴打する。時には相手の攻撃を受け止め、そして反撃する。

 一通りの型の動きを終えた時には、ヨールの額に汗が浮いていた。彼は剣を鞘にしまい、床に置いた。

 壁際に積まれている資材の中から、作りかけの丸椅子といくつかの材木を、作業台まで持っていく。続いて木箱を取ってきて、作業台でその中身を広げた。

 大小様々な形のナイフ、金槌、ペンチなど、色々な工具が入っている。

 蝋燭に火をつけ、作業台の前に座る。金槌を手に取る。剣の柄よりも手に馴染む。

(さて、脚をつけるか)

 木材は昨日切って磨いておいた。あとは釘で固定するだけである。簡単だ。だが気を抜いてはいけない。きちんと取り付けないと、座った時にカタカタ動いてしまう。

 釘を正確に、真っ直ぐ、座面に刺す。コン、コン、と規則的な音が鳴る。

 釘を最後まで刺した。状態を確かめる。脚はまっすぐだ。すぐに次の脚を取り付ける。

 やがて、四本脚の丸椅子が出来上がった。床に置き、自分で座る。

(うん、良いな)

 その時、ミアが部屋に入ってきた。

「ヨールさん、おはようございます。朝食ができてますよ」

「そうか、ありがとう。頼まれていたイス、作ったぞ」

「わあ、ありがとうございます! 早速使いますね!」

 ミアは椅子を抱えて持っていった。

 その言葉通り、早速、地下の使用人用食堂で使ってくれた。屋敷で働く人が増え、椅子が足りなくなっていたのだ。これで立ったまま食べる人がいなくなった。他の使用人も喜んでくれた。

 食事をとった後、ヨールはすぐに仕事に取りかかる。工具箱をベッドの下に片づけ、革鎧を身につけ、鞘をベルトに下げる。

「ヨール、行こうぜ」

 男が話しかけてきた。夏の戦争の後に雇われた兵の一人だ。

 兵が増えたので、護衛の仕事を分散できるようになった。今日のヨールの仕事は、王宮に行くアンナの護衛をすることだ。時間は、朝から夜まで。夜になったら自由時間である。

「ああ、行こう」

 屋敷の正門前で待つ。まずは王宮から迎えの馬車がやってきた。その後、アンナとディーロが玄関から現れる。アンナの服装は、茜色のドレスに羊の毛のコート。化粧をし、リボンの髪飾りをつけている。普段しない格好をしているせいだろう、顔はむすっと不機嫌そうだ。ディーロは金糸の刺繍がされたチュニックと紺色のマント。よく似合っているが、顔色が悪い。緊張しているのかもしれない。

 ヨールは二人に手を貸し、馬車に乗せる。全員乗ると、走りだした。

(今日は、ティルクスからの使節団の出迎えか)

 アンナから事前に聞かされている話ではそうだ。

 もうすぐ冬至祭。それに合わせて、ティルクス王家とティルクスの神殿、両方の使節団がエレア王国にやって来る。夏至祭では色々あったので、冬至祭では互いの腹を探りつつ、平和と連携を確かめあうのだ。

 馬車は何事もなく王宮に到着する。馬車を降りると、アンナは謁見の間の隣室へ案内される。その部屋で王宮の使用人や大臣と話し、出迎えの打ち合わせをする。

 その間、護衛達はアンナの邪魔にならないところで立っている。目立たない位置から周りを見て、賊や刺客がいないか、目を光らせる。今日は使節団が来ることもあって、兵の数も多い。

 伝令が、使節団が到着したことを知らせに来た。皆に緊張が走る。

 アンナと大臣らは謁見の間に出た。

 大広間の中央に、石の玉座がある。そこに若い国王が座っている。彼の背後にはローゼ補佐官が立っている。補佐官らしい、少し地味な服装だが、上に立つ者特有の、傲慢な気配は隠せていない。彼女の周りに、少し距離をあけて、アンナ達が立った。

 兵が扉を開いた。使節団が入ってくる。立派な服に身を包んだ使者の男と、美しい長位をまとった神官だ。二人の背後に、護衛の兵士と神官兵が付き従う。

 ヨールは、その兵士の中に、身内がいることに気づいた。

(エリメイ?)

 彼の身につけている兜と鎧を、ヨールは知っている。あれは弟、エリメイが王都防衛隊の隊長になった時に、記念にあつらえた防具だ。

(使節団の護衛任務……あの鎧の装飾は、隊長か)

 随分久しぶりだ。この夏、アンナの窮地を知らせにティルクスに帰った時も、家族には会わなかった。顔をあわせるのは数年ぶりである。

 エリメイも、ヨールに気づいたようだ。目が合う。彼の防具と比べて、ヨールの防具は補修を繰り返した跡が目立つ、古くみずぼらしいものだ。

(あの鎧も、工房に誂えたのか? すごいな)

 エレア王家と使節団は、お互いに友好的な挨拶をした。それから部屋を移り、国の現状や課題を話し合う。

 その間、ヨールは部屋の壁際に立つ。反対側の壁にはエリメイが立っている。真面目くさった顔をして直立不動の姿勢をとっている。

(仕事の時は、エリメイも、真面目な顔をするんだな)

 会合が終わった後、使節団をもてなすための食事会が開かれた。それが終わる頃には、とっぷり日が暮れていた。

「はあ、やっと終わった……」

 帰りの馬車の中で、アンナはぐったりと椅子にもたれる。

「お疲れ様です。屋敷で、レースが美味しい夕食を作っていますよ」

「うん。でも帰る前に、予約してた本を取りに行かないと」

 本屋がある通りに馬車を停めた。他所行きの目立つ服を着ているアンナに代わり、ヨールが店に行って本を買った。持って帰ってくると、早速アンナは、燭台の明かりを頼りに、本を読み始めた。

 馬車は順調に走り、屋敷の前までやってきた。雪が積もり始めた丘を登り、中に入る。

「あれ、知らない馬車が停まってます!」

 御者が声を上げた。確かに、いつもなら何もない庭に、立派な四頭仕立ての馬車が停まっている。屋敷の窓から明かりが漏れていて、その光が馬車を照らす。

 馬車のドアには、ティルクスの国章が描かれている。

「なぜここにティルクスの馬車が?」

 屋敷の玄関ドアが開き、ミアとレースがやってきた。

「おかえりなさいませ、アンナ様。ただいま、ティルクスの使節団の護衛隊長で、ヨールさんの弟の、エリメイさんがいらっしゃっています」

 ヨールは素早く、辺りを見回した。庭に雪が積もっている。見える範囲には、不審な足跡はない。

「護衛隊の隊長? 隊長だけ?」

「はい。ヨールさんに会いに来たそうですよ。今は、他の使用人とおしゃべりしています」

「そうか。では、早速挨拶を──」

「いえ、アンナ様。今すぐ王宮に引き返して、今夜はそこでお泊まりになってください」

 ヨールは、屋敷の窓に視線を向けたまま、そう言った。その右手は剣の柄を握っている。

「ちょっと待ってくれよ、ヨール。俺達の仕事は、もう終わりだぜ? 早く帰って酒飲んで寝たいんだが──」

 ヨールは同僚を睨みつけた。同僚は亀のように首を引っ込めた。

「レースとミアは、殿下を連れてきてほしい。もちろん、見つからずに。私が中に入って、弟と話をしている。その間に、王宮へ避難してくれ」

 ミアは目を白黒させる。

「お、王宮へ避難? 何でですか? エリメイさん、いい人そうでしたよ?」

「いや、ミア。彼の言う通りにしよう。きっと、何かあるんだろう」

 アンナは馬車に戻る。

「何事もなければ、というか、何もないと思います。ですが、念の為です」

「ああ、分かった。頼むよ」

 ヨールは、静かにドアを開け、中に入った。

 騒がしい声が聞こえる。台所の向こう、地下の使用人食堂からだ。

(全く、何しに来たんだ。久々に家族に会おう! とかではないよな)

 足音を立てずに階段を降り、影から食堂の様子を伺う。

 大テーブルを囲み、兵士と侍女達が、大笑いしながら酒を飲んでいた。机には大量のチーズや果物が出ている。

(仕事を放り出して、もう酒盛りか。こいつら、後で減給だな)

 彼らの顔をしっかり把握した後、ヨールは食堂に入った。

「よお、兄貴! 久しぶり!」

 エリメイが手を振った。頬は真っ赤に染まっている。

「酒を持ってきたんだ。兄貴と一緒に飲もうと思ってな! 一足先に飲み始めたけどな!」

「……久しぶりだな、エリメイ」

 ヨールは、エリメイの隣に座った。

「おお、飲め飲め!」

 葡萄酒が並々と注がれたコップを渡される。

 ヨールは、その紫色の水面に写る自分の顔を見ながら、過去を振り返った。

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