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書物の姫君  作者: 最中亜梨香
エピローグ
79/87

2(完)

 謁見の間での儀式の後は、パーティだ。王宮の庭園で、食べて飲んでお喋りをする。アンナとディーアも、王族として対応しなければならない。

「あ、ここにいたのね!」

 笑顔を振りまいていると、シャロンが走ってきた。赤いドレスがよく似合っている。

「シャロン様。お久しぶりです。この前の本はいかがです?」

「面白かったわ。またおすすめの本を用意してね!今度、読みに行くからね!」

「かしこまりました。お気をつけてお越しください」

「絶対に行くわ。先に借りられないよう、横に退けておいてね!」

 シャロンはまたどこかへ走り去っていった。

 その後も二人は応対を続けた。

 パーティから解放された時には、もう夕方だった。秋になり、空気もかなりひんやりしている。もうひと月もすれば、雪がちらつきはじめるだろう。

「お疲れ様です」

 庭園から出てきた二人の前に、ヨールが現れる。

 ヨールとレースは、戦後すぐに帰ってきた。再会を喜んだ後、以前と変わらず働いてくれている。

 一方、マオは帰ってこなかった。彼女はティルクス王国の裁判にかけられ、永久追放の刑が下された。今は、王国西の国境にいるらしい。それを聞いたレオは、屋敷を去った。「手紙を出してね」とアンナは言ったが、今の所は何も届いていない。

「ヨール。屋敷に帰る前に、図書館に寄ってくれる? シャロンの本を取っておきたいから」

 ヨールが運転する馬車で、王宮を出る。町は、即位を祝うお祭りでまだまだ賑わっている。

 どこもかしこも人、人、人。この国の全ての人が集まっているのではないかと思うほど、人が多い。道の両脇には屋台が並んでいる。串焼き、スープ、パン、干物、服に装飾品に皿に壺、あらゆる店が集結している。

 人気なのはやはり串焼きだ。屋台の前に長蛇の列が出来ている。馬車の中にまで、その香りが漂ってきて、アンナのお腹が不満の声をあげる。

(ドレスを着てなかったら買うんだけどな)

 腹の虫を慰めながら、アンナは町の光景を眺める。

 逞しい市民の努力によって、壊れた家や道はあっという間に修復された。

 町を監視する神官兵はいない。人々は好きな色の服を着て歩くことができる。混乱と戦乱の傷は消えつつある。

 やがて、馬車は大通りから一本横にそれた所にある、古びた建物の前に停まった。

 無骨で飾り気のない、煉瓦造りの箱。両開きの扉の上には、

『エシュー王立図書館』

 という看板がかかっている。

 市民議会からの要請により、この国に図書館が復活したのだ。

 図書館長は、ディーアとアンナ。マイトの推薦だ。ローゼや神殿からの異論は出ず、あっさりと決まった。

 いつもはもっと人の通りがあるが、今日は休館日。図書館の周りはひっそりしている。

 玄関脇の勝手口から中に入る。

「あれ、アンナ様?」

 入ってすぐの休憩室。そこに目をぱちくりとさせるミアがいた。隣にはレースもいる。

「二人ともどうしてここに?」

「レースさんと一緒にパレードを見てたんですけどね。疲れちゃって、ここで休むことにしたんです」

 二人の前のテーブルには、外の屋台で買った食べ物が置いてある。果物や水、ワイン、そして串が入った小さな樽。

 串に向ける視線に、レースが気づく。

「ご夕食はまだですか?」

「ええ。中々食べる暇がなくて」

「あ、じゃあ、外の屋台で買ってきましょうか?」

「お願い。ディー……殿下の分もお願いね」

「はい!」

 元気よく返事し、勝手口から出ていくミア。その後ろを、レースがついていった。

「……せっかく来たことだし、私は先生に挨拶してくるよ」

 ディーアは休憩室の奥にある、庭へ続くドアを開けた。

 西日が差し込む、小さな庭。その中央に、一基の石碑がある。

 先代国王と神官達によって処刑された作家や学者の慰霊碑だ。

 ディーアは、図書館に来た時は必ず慰霊碑の前へ行く。しばらくの間は、そこでじっとしている。彼女が何を思っているのか、語りかけているのか祈っているのか、それはアンナには分からない。

 アンナは、図書室へ続くドアを開けた。

 ひやりとした空気が流れてくる。

 天井まで届く高い書架がずらりと並んでいる。書架には本がこれでもかと、あふれんばかりに詰め込まれている。書架と書架の間は、人ひとりがやっと通れるくらいの狭さだ。

 アンナはドレスの裾を持ち上げ、本に引っ掛けないよう注意しながら、ゆっくり歩いた。そして、ある書架の前で立ち止まる。

 シャロンが好んで読む、童話の本が並んでいる。彼女はいつも、特別閲覧室で本を読む。万が一にも借りられないよう、今のうちに移動させておく。

 本を持って、二階へ行く。二階は数部屋の個室があり、それぞれが特別閲覧室だ。大きな机と椅子、決められた期間中は使用できる、壁一面の鍵付き本棚。そのうちの一部屋に入って本を置く。

 さて、帰ろうと部屋を出て──そうだ、と思い直すと、二階の一番奥の閲覧室へ歩いていった。

 一番奥の二部屋は、それぞれアンナとディーア専用の閲覧室だ。

 ただいまは屋敷の改装で、それが終わるまでは運び込むわけにいかない。仕方ないので、館長権限でこの部屋を貸し切っている。

 アンナは自分の部屋に入った。

 左右の本棚は一分の隙間もない。床のあちこちに樽がある。中には本棚に入り切らなかった本が平積みされている。

 本棚の書物は、分類がされていない。古代の物語の隣に現代の占い本があり、分厚い本もあれば数ページしかない冊子、製本前の紙束に巻物もある。この本棚を見たディーアは「整理しなよ!」と悲鳴をあげていたが、今の所、その気はない。

 古代の物語や、本市場でこの前買ってきた冊子、経典の新しい解釈本。全部、同じ棚に並べて置いてある。

(えーと、あの資料はどこにあったっけ。あ、これだ)

 創作の資料本を手に取ろうとするアンナ。

 ふと、その手が止まる。

(──良いなあ、本って)

 数歩後ろに下がり、改めて本棚を見る。

 真っ向から食い違う主張だろうが、理解し難い奇天烈な内容だろうが、いつの時代に書かれたものだろうが、書物は仲良く並び、本棚の中に収まっている。

(これが、調和なんだろうな。どんな言葉も考えも、時間も空間も超えて並ぶ本棚。理想の調和)

 実際はこうはいかない。人の心にある本棚は、とてもとても小さい。そして人は喋るし動くし火を付ける。簡単なことではない。

(でもまあ、こんな感じでいられたら良いよね)

 外からミアの声がする。屋台から帰ってきたようだ。

 アンナは見つけた本を抜き出すと、閲覧室を出た。


(完)

 

 

 

 

 

 ここまで読んでくださり、本当にありがとうございました。完結できたのは、読んでくださった方々のおかげです。

 もしもよろしければ、評価や感想の方をお願いいたします。

 感想は、個人サイト(http://manakaarika.wix.com/yume-monogatari)のメールフォームや、wavebox(https://wavebox.me/wave/8kaevsq2xlydcsbx/)からも送れます。

 特にwaveboxは、アイコンだけを送れるので、文章を考える必要がありません。

 活動報告の方にクリックorタップできるリンクを貼っておきます。

 よろしければぜひ。


 今後の予定ですが、来年二月以降に外伝を投稿する予定です。

 もしご興味がある方は、この作品をブックマークしてくださると、嬉しいです。


 またどこかでお会いできることを願っています。

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