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書物の姫君  作者: 最中亜梨香
第八章
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4

 武器と防具の数は? 敵勢力の規模は?

 錯綜する情報、慌てる貴族達。

 そんな中でも、ローゼは平然とカップに口をつけている。

「皆さん、落ち着きなさい。アンナさん、貴女は色々とご存じのようですね」

 ローゼと目があう。感情の見えない青い目だ。

 アンナは両拳を握りしめ、腹の底から声を出す。

「怒り狂った市民が広場に雪崩れ込み、処刑どころではなくなりました。私達は使用人と市民の力を借りて逃げ出し、この事件を知らせに参りました」

 大幅に端折っているが、嘘ではない。いちいち全部説明している暇はない。

「市民の要求は?」

「話を聞く限りでは、神殿と王家に対する不満が爆発したようです。特に、神殿の書物の検閲に強く反発しています」

「リーダーは?」

 一瞬答えるか迷ったが、アンナは答える。

「マイト様です」

 この国の第三王子の名前を聞いたローゼは、少しだけ目を見開いた。いつの間にか二人の周りに集まり話を聞いていた人達は、絶句している。

「確かですか?」

「はい。市民はマイト様の命令で、私を助けだしました。おかげで命からがら、王宮に参ることができました。

 そしてもっと悪いことに、道中、神殿が市民に向かって剣を向ける瞬間を見ました。神殿の連中も、この町を、そしてこの国を制圧しようとしています」

 アンナが言い終わった後、ディーアはおずおずと前へ出る。

「母上。マイト兄さんとは話し合えると思います。これは危機であると同時に、好機でもあります。団結するべきです」

 ローゼはそっと目を伏せて考え始める。そこへまた門番が走ってきた。今度は暴れる市民と怒れる神官兵が王宮へ向かってきている、とのことだ。一体何がどうなって二つの軍団がここに来るのかは分からないが迎え撃たなければならない。

 ローゼはすっと右手を上げた。

「城門の守りを固めなさい」

 威厳ある声が庭園に響く。兵士達が動き出す。

「王はどちらへいらっしゃるのだ? 王に指揮をお願いしたい!」

 突然、どこからか、嘲りの感情がこもった声が飛んでくる。ローゼは声の方向へ、石よりも冷たい目を向ける。そして小さく「捕らえよ」と呟いた。

 その瞬間、兵士が素早く一人の貴族の男に近づき、腕を捻じ上げた。彼が悲鳴をあげる。兵士は男をどこかへ連れて行った。すぐに声も聞こえなくなった。

「皆のもの、準備しなさい。王宮を守れ」

 ようやく周りが動き出す。戦えるものは装備を取りに、戦えない者は室内に逃げる。

 ローゼは死刑囚二人に目配せすると、カップを置いて椅子から立つ。そして庭園の出口へ向かう。二人は後に続いた。

 ローゼが廊下を歩くと、忙しくしている使用人達はすっと壁際に引く。廊下の真ん中を、三人は静々と歩く。

「母上。本当のところ、父上はどこにいらっしゃるのですか?」

「部屋でおやすみになっているわ。体調が悪いそうなの」

 ローゼは軽い調子で言った。体調が悪いとは言うが、王の健康のことなど、全く重要だと思っていないようだ。

(もしや、王の命はもう──)

 アンナの胸の中に、暗雲が立ち込める。

「父上がいないと、大変ですね。今は母上が王宮の切り盛りをしてらっしゃるのですか?」

 ディーアも同じことを考えたのだろう、遠回しに事情を探る。

「そうね。貴方がネラシュ村に行った頃からかしら。私が仕事をやってるわ。陛下は、きまぐれに玉座に座って命令するけど、それ以外は神殿にいる。一部の貴族は私が気に入らないみたいだけど、それでも、私がやらなかったら、王宮はとっくに傾いて崩壊してたでしょうね」

 前方から、侍女が走ってくる。アンナとディーアがいることに一瞬驚いたが、すぐに表情を戻すと、ローゼに耳打ちする。

 ローゼは顔を曇らせた。侍女に下がるよう命じ、すぐに歩きだす。

「何かあったのですか?」

「陛下が部屋にいらっしゃらないそうなの」

「いらっしゃらない……?」

「そう。侍女達に面倒を見させていたのだけれど。どこへいったのかしら。今、兵士が後を追いかけているそうよ。体調が悪いのだから、あまり外を出歩かれると困るわね。早く連れ戻さなくちゃ」

 相変わらず軽い調子だ。まるで迷い猫を探しているかのような口調。だが、少しも本心が分からない。

 廊下の突き当たりにある、重々しい両開きのドアにやってくる。従僕がドアをすっと開けた。

 広い、殺風景な部屋だ。兵士が部屋の中を行き来している。中央には大きなテーブルがあり、地図が広げられている。アンナはローゼの肩越しに覗き見た。王宮を中心とする王都エシューの地図だ。

 ローゼはテーブルの一番奥の席に座る。

「さて、どうしましょうか」

 彼女はそう言って、地図をトントンと指で叩いた。

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