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書物の姫君  作者: 最中亜梨香
第七章
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2

 ティフ大神殿を出たレースとヨールは、再び馬車に乗った。一緒に大神官の伝令も馬車に乗りこむ。

 王宮までの道は長い坂道だ。防衛上の観点から近道は用意されていない。時間をかけて道を上る必要がある。

 坂道の左右には、レースとヨールがよく知っている街並みが広がっている。

 あのパン屋の角を曲がれば、アンナが館長を勤めていた図書館がある。その向かい側にある肉屋には時々行っていた。もう少し先の路地裏を行けば、レースの息子の家がある。あの酒屋には、ヨールの友人が働いている。二人は今すぐ馬車を降りたい衝動に駆られたが、そうもいかない。通り過ぎていく街並みを、二人はただ眺めていた。

 坂道を上るにつれ、懐かしい景色も消え、高い塀の建物が増えていく。そして、王城の正門が見えてきた。

 エレアの城と比べると、ティルクスの王宮は平凡だ。灰色の石を積み上げた壁に、兵士が立つ見張り塔。王家を守り、権威を示すための建物だ。

 正門前で馬車は止まった。二人は馬車から降りる。門番の兵士が駆け寄ってくる。

「あなた方は?」

「アンナ王女の侍女のレースと、護衛のヨールです。重大なお知らせがあって参りました」

 馬車を運転してきた御者が、二人が国境の川を泳いでやってきたことを伝える。門番はすぐに城の中へすっ飛んでいった。

 通常、王へ謁見するためには時間がかかる。何人もの取り次ぎを経ねばならないし、王も忙しいので下々の者と話す余裕が無い。しかし、今回二人はすぐに謁見の間へ通された。

 天井から差し込む陽光が眩しい、謁見の間。二人は玉座の前で跪く。

 玉座には王冠を被った男が座っている。小柄でひょろりとしていて、隣に立つふくよかな側近と比べると、体格の差がより目立つ。顔には深い皺が刻まれ、枯れ枝を思わせる。しかし眼光はどんな槍よりも鋭い。相対する者の身をすくませる。

 王は跪く二人を睥睨する。

「事情は兵からある程度聞いておる。大変な道のりだったらしいな」

「お気遣い感謝いたします」

「詳しい話を教えてくれ」

 レースとヨールは、エレアでの軟禁状態の生活や、手紙を持って旅立ったこと、道中の妨害。

 その後、後ろに立つ大神官の伝令が口を開く。

「アンナ様からのお手紙は、エレアの神殿の腐敗を告発し、我々に助けを求める内容でした。アンナ様とディーロ様は神官兵の監視下で軟禁状態にあるそうです。神殿は経典の戒律を破り、王家や政治に干渉している模様です」

 話を聞くうちに、王は険しい表情になる。王の顔の皺がより深くなっていく。

「……ゆゆしき事態だな」

 話を聞き終えた王は、一言ポツリとそう言った。

「神殿はどうするつもりだ?」

「他の国々の神殿に連絡を取ります。もちろん、アルケ神殿にも。裁判と追放の準備をします」

 それを聞いた王は、しばし考え込む。

 レースとヨールは息をのみ、王の言葉を待つ。

(どうするつもりなんだろう……あまり出来ることはないと思うけど……)

 王家は神殿の行いに中々口出しできない。下手すると、神々に不敬を働くことになってしまうかもしれないからだ。

 それに、ティルクスが軍を送ると、エレア側はティルクスが同盟を破棄して侵攻してきたと考えるかもしれない。そうなると、また戦争状態に逆戻りだ。

 王はおもむろに口を開く。

「エレアの神殿の対処はあなた方に委ねよう。何か我々にできることがあったら言ってほしい。お手伝いしよう」

 神官は無言で頷いた。それから一言二言、王とやりとりをすると、謁見の間から出ていった。

 王は傍らに立つ側近に命じる。

「我々は国を守ることに専念しよう。国境の警備を強化しなさい」

「はっ」

 側近は奥の部屋へ消えた。

「二人とも、ご苦労だった。下がっていいぞ」

「アンナ様はどうなりますか?」

 レースは思わず口走る。

「アンナ様は、現在軟禁状態に置かれています。今後どうなるかも分かりません。どうか、どうかアンナ様をお助けください」

 頭を深々と下げ、嘆願する。

「ああ、忘れていない。彼女を救出しよう」

 王は淡々と言った。レースには王の言葉の真偽が分からない。

「……ありがとうございます」

 お礼の言葉を喉から搾りだす。

「長旅で疲れたであろう。早く戻って休むといい」

 王は面倒臭そうに言った。二人は一礼し、謁見の間を後にする。

 城の外へ続く回廊を、無言で歩く。

「できることはやったよ」

 ヨールは陰鬱な顔をして言った。

「できることはやったんだ。後は待つしかない」

「本当にそうかしら……」

「少なくとも神殿は動いてくれる。それだけでも事態は好転するだろう。僕達が今できることはないよ。エレアにいる皆が無事なよう、神々に祈ろう」

「そうね……」

 窓から、夏の暖かく、乾いた風が吹き込んでくる。

 にも関わらず、レースとヨールは、得体の知れない寒さを感じていた。

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