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書物の姫君  作者: 最中亜梨香
第七章
56/87

1

 夜は何事もなく過ぎ、朝が来た。朝食を食べ、焚き火を消し、馬車に乗る。

 王都の城壁へ近づくにつれ道は太くなり、他の馬車も増えていく。大半が収穫した小麦を載せた荷馬車だ。農夫が足の遅いロバに鞭打つ音が聞こえる。他にも、巡礼者や旅人を載せた相乗りの馬車や、行商人の馬車が走っている。

「多いな」

 警備兵が呟くと、レースが説明する。

「今は収穫の時期ですから。地方からこうして麦を売ったり、税金として収めたりしに来るんですよ」

 レース達が乗る、王家の旗を翻しながらやって来る馬車を見ると、農夫達はさっと脇にそれた。空いた場所を進み、城門まで来る。

「お疲れ様です!」

 革鎧をつけた兵士が馬車にやって来る。御者が兵士に今までのことを手短に話すと、兵士の顔色が変わった。

 詰所から、剣を携えた兵士がたくさん出てきて、馬車を取り囲む。

「暗殺者ども、今すぐ出てこい」

 レースとヨールが何か言う前に、マオは大人しく、馬車から降りた。そのまま連行される。二人は、黙って彼らの背中を見送った。再び馬車が走りだす。

 広い道の左右に市場が並び、穀物や毛皮が並んでいる。所狭しと立ち並ぶ商店の建物は、雪を落とすために屋根の角度が急なのである。

 四辻には町の情報を声高に叫ぶ少年が立ち、山羊のシチューを売る店が並ぶ。他の建物より一際高く聳え立つ尖塔は神殿だ。北方の国々で見られる形の様式である。

 馬車は尖塔へ向かって進む。広場からゆるい坂道を上り、右へ左へ道を曲がる。

 そして、唐突に巨大な塔──ティフ大神殿が目の前に現れる。

 灰色の石の塔だ。近くで見ると、その大きさと高さがよく分かる。まるで天を支える柱のようだ。

 塔のドアは開け放たれ、中から声が聞こえて来る。ドアの前からは塔の左右へ小道が続いている。

 レースとヨールは、塔の中へ足を踏み入れた。

 細く短い廊下を通った先に、祈りの間がある。ちょうど祈りの時間が終わったのか、人々が教壇の周りに集まっている。

 教壇に立っているのは、白い長衣を身に纏った老年の男。クロニト大神官だ。顔に深くシワが刻まれ、背中は少し曲がっている。

「いや!」

 突然、小さな女の子の声が聞こえてきた。

「こら! ちゃんとご挨拶しなさい!」

「いや! だって嘘ばっかりつくんだもん。神様も精霊もいやしないもん。もしいたら、父ちゃんは死ななかったもん!」

 レースはアンナが小さい頃のことを思い出した。

「こら! も、申し訳ありません!」

 必死で謝る女の子の母親。壇上に立つ大神官は「いえいえ」と首を横に振る。

「賢く、優しい子です」

「ですが……バチが当たったりしないでしょうか……」

「大丈夫です。神々と精霊はいつも、我々を見守っているのですから。いつか、この子も気づくことでしょう。今はそっとしてあげた方がよろしいでしょう」

 女の子の母親は少しホッとした笑みを浮かべると、まだブツブツ喋っている女の子を引きずって、外に出ていった。

 大神官と人々の話は続く。話の中身は単なる雑談だ。大神官は、市民の男が隣近所と喧嘩した話や、花屋の息子の失恋話を、微笑みながら聞いている。話し終えると、一人二人と外へ出て行き、最後にはレースとヨールだけになった。

「さて……お久しぶりですね」

 大神官は壇上から降りた。嬉しさ半分、怪訝さ半分の顔で、二人の前にやって来る。

「突然どうされたのですか? エレア王国に向かわれたはずでは?」

「アンナ様から、お手紙を預かっております」

 レースは懐から封筒を取り出し、大神官に手渡した。封筒はシワだらけで薄汚れていたが、大神官はすぐに開封し、便箋に目を通す。その顔つきが、次第に厳しいものになっていく。

「エレアの神殿は、かなり深刻な状況のようですね。本を禁止し、国の政治に関与する」

「手紙を届ける上で、いくつもの妨害にも遭いました。一緒に同乗していた神官兵も、私達を殺せと命令を受けていたらしいです」

 大神官は額に手を当てる。

「数年前から、エレアの状況がおかしいことは耳にしていました。情報のやり取りがしにくくなったり、本や手紙の検閲が強化されたり。しかし、事態は想像以上のようですね。アンナ様はご無事ですか?」

「屋敷を出た時は無事でしたが、今は分かりません」

「ふむ。神殿に関しては、こちらで色々と方法を考えます。国王陛下にもすぐに報告し、アンナ様の安全を守るよう計らってください」

「はい」

 言われなくとも、レースもヨールも、そのつもりだった。

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