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書物の姫君  作者: 最中亜梨香
第六章
52/87

6

 地下には、大きな部屋が二つと小部屋が三つある。小部屋の一つはレオとミアが寝ている部屋。大部屋の一つは、マイトがいる部屋だ。ここはドアが閉まっていて、前には番人らしき男達が立っている。ミアが近づくと、ものすごい目で睨まれた。

 仕方ないので、ミアはもう一つの大部屋に入った。

 こちらは、広間みたいな部屋だ。かまどが一つ、テーブルが三つ。壁にはたくさんの張り紙がある。粗末な身なりの人々がテーブルの周りに集まり、パンや木の実を食べている。彼らは入ってきたミアを一瞥すると、すっと目をそらす。

 ふと、知っている人間を見つけた。リーラだ。壁際に立ち、何かを読んでいる。

 ミアはリーラに近づいた。リーラはじろりとミアを見る。

「何?」

「ここの事を教えてくれませんか?」

 ミアはそう言って、いつものようにポケットに手をつっこみ──筆記用具を持っていないことを思いだす。

「アンタに教えることなど何もないわ。部屋でじっとしてなさい」

 リーラはそっぽを向く。

(えーと、えーと、どうしよう)

 ミアはリーラの周りをうろうろしながら考え、そして思いつく。

「あ、それじゃあ、レースさん達のことを教えてください! 無事にティルクスに着いたんですよね!」

「仲間の大道芸人からの情報よ。詳しいことは知らない」

 リーラはミアの横をすり抜けて、部屋を出ていった。

(大道芸人からの情報、大道芸人からの情報……)

 ミアは今聞いた話を何とか心のメモ帳に書き付けようと努力しながら、部屋を見てまわる。

 壁には色々張り紙が貼ってある。草木の汁を使って描かれた絵だ。農夫がクワを持ち上げて怒っている絵や、王冠を被った人の首を刎ねる絵。そして、神の紋章の絵だ。この紋章を、ミアは本で何度か見たことがある。神殿で祀られている神々とは違う。遠い異国の地の、大地の神の紋章だ。

(なんでこれがこんな所にあるんだろう?)

 ミアは首を傾げながら、壁の絵を眺める。他にも色々な絵があり、どれもこれも物騒だったり、神殿にいない神様の絵だったり。なぜこの絵がこんな所に、といったものばかりだ。

 絵と一緒に地図もある。『武器運搬ルート』と書いてある。矢印や日付がたくさん書かれている。一番新しいものはエレアとティルクスの国境だ。そこには、レース達の名前もある。『レース達を囮にして、武器を運搬する』という内容だ。

(え、ええ? 囮?)

 武器を運ぶ日、その詳細な手順、誰かとの連絡内容、細かい字で色々と書いてある。『囮は出国した』という手紙を見つけて、ミアは胸を撫で下ろした。

「おい」

 不意に、背後から声をかけられる。ミアは飛び上がった。

「お前、それが読めるのか?」

 振り返ると、怖い顔をした男達がミアを見下ろしている。先程まで机で何か食べていた人も、冷たい目でミアを見つめている。

 ミアは本能で危機を察した。ブンブンと首を横に大きく振る。

「読めませんよ! 何か飾ってあるなあって見てただけです! これは何ですか? とっても大きい紙に線がたくさん描いてありますね! 面白い模様です!」

 嘘をつくのは苦手だ。大抵はレースにバレて叱られる。

(どんな顔をすればいいかな。とりあえず笑っとこう……ちゃんと笑えてるかな?)

 ミアは懸命に表情を取り繕う。

「このたくさんの張り紙はどうしたんですか? いっぱいありますね! どなたが描いたんですか? 私も何か描きたいです! こう見えて私、似顔絵とか、結構得意なんですよ」

 ひたすら喋っていると、男の顔から怒りの色が失せていった。

「……分からないならいい。さっさとどっか行け」

 男はミアの肩を軽く押しやる。

「えーと、私に何か出来ることはありませんか? お掃除とかお洗濯とか」

「じゃあその辺でも掃除しておけ」

 面倒くさそうに壁際の一角を指す。そこに箒とちりとりがあった。ミアは本物の笑みを浮かべ、箒を手に取る。

「では掃除しますね!」

 ミアはせっせと床の掃き掃除を始める。周りの人間は、少しの間ミアを見ていたが、やがて彼女がいないかのように振る舞い始める。

「おい、侵入する貴族の家は決まったか?」

「ああ──のところだ。あと──」

「それで──処刑の時は──で──剣──」

 何か重要な話をしていることは分かるが、長く難しい話をしていて、ミアは記憶できない。全部右から左へ抜けていく。

(耳に頼るのはダメだ。折角壁に色々貼ってあるんだから、こっちを覚えよう。見たものを覚えるのは得意だし)

 適当に掃除しながら、何気なく壁を見るフリをする。

 壁には、絵や武器の運搬ルート以外にも、色々なものが貼ってある。バツ印がたくさんついた王都の地図。人の名前が書かれた国の地図。心底肝が冷えたのは、処刑予定の王侯貴族のリストと書かれた、えらく長い紙だ。ミアは掃除しながら頑張ってチラ見し、アンナとディーア、そしてシャロンの名前が無いか探そうとするが、とても読みきれず、諦めた。

 部屋を掃除し終わると、ミアは食堂を出た。掃除をする名目でマイトの部屋に入ろうとして断られ、渋々上の階へ行く。狭すぎる廊下を掃き、他の部屋も調べる。しかし、めぼしいものはない。

 そうして、三階の突き当たりの部屋に来た時だった。

 この部屋は角部屋で、二つの窓がある。それ以外は何も変わらない。部屋の大きさも、床の散らかり具合も他の部屋と同じだ。人はいない。

(この部屋にも何もないかあ)

 ため息をついた時、突然、窓の外から声が聞こえてきた。

 窓のすぐ外に別の建物が立っている。ミアはゆっくり近づいた。窓から少し手を伸ばせば、隣へ届きそうだ。隣の内装を見るに、向こうも娼館のようだ。

(隣も娼館かあ。娼館が集まっている店なのかな、この辺は)

 ミアはレオが待つ部屋へ戻った。

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