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書物の姫君  作者: 最中亜梨香
第六章
51/87

5

 二人はあてがわれた部屋で一夜を過ごした。小さな部屋に、ベッドと呼ぶには無理がある木箱が並んでいる。それぞれに寝っ転がり、眠った。

 しばらくして、目が覚めた。お互いが無事なことを確かめた後、二人はボサボサ頭で部屋を出た。木箱が固すぎて、身体中が痛い。全然疲れが取れていない。

「お前、頭ボサボサだぞ」

「レオさんも顔色悪いですよ」

 見張りに連れられて、マイトがいる部屋にやってくる。

「あれ、もう起きたの? 夜明け前だよ。もう少し寝ててもいいけど」

 マイトはろうそくの明かりを頼りに、何かを書いている。

「おはようございます」

 このような時でも、ミアは礼儀正しく挨拶する。レオは何も言わず、マイトの様子を観察する。

「まだ寝ててもいいんだよ? 昨日は大変でしたでしょ?」

 マイトは慈愛に満ちた、満ちたように見える顔を、こちらに向ける。

「もう十分休みました。大丈夫です」

 目の下にクマを作っているミアが、珍しく本音とは違う返事をする。

 そして、若干震える声で続ける。

「私達を助けてくださり、ありがとうございます。ですが……どうかお願いします。アンナ様をどうか助けてくださいませんか。ディーロ様とシャロン様も。どうかお願いします」

「ああ、その話ね。もちろん、彼女を助ける計画を進めているところだよ。二人にも協力してもらうことになる」

 マイトはさらっと言った。

「そうなんですか? ありがとうございます!」

 キラキラした眼差しでマイトを見つめるミア。

 レオは一歩前に出る。

「待ってください。まず、教えてください。何がどうなっているのですか?」

 極力感情を抑え、冷静に尋ねる。

「どうしていきなり私達は捕まったんですか? そしてどうしてマイト様は私達を助けてくださったのですか?」

 マイトは目の前の書類を、机の脇に退けた。手を組み、「うーん……」とわざとらしく首を傾ける。

「そうだねえ。君達はアンナさんからどこまで聞いているの?」

 レオはミアと顔を見合わせる。ミアの顔には「何のことだか分からない」と書いてある。レオも同じだ。

「んー、何にも聞かされてないみたいだね」

 マイトはフッと微笑んだ。

「じゃあ、僕から話すよ。僕は、革命を行うんだ」

「革命?」

 目をパチクリさせるミア。レオは微動だにせず、話に耳を傾ける。

「そう、革命さ。腐った神官と王様どもに、これ以上好き勝手はさせない。全て壊して、民主政を築くんだ。古臭い王政は過去のものになるんだよ」

 ミアは軽く首を傾げる。彼が何を言っているのか理解できない──というより理解したくないのだろう。

 レオも理解したくない。そんなたいそれた話なんか聞きたくない。

(まさか……王家と神殿に弓を引くつもりなのか、この男は)

「アンナさんは私の思想に共感してくれてね。協力してくれてるんだ。彼女も同士の一人。だから、必ず救出するよ」

 にっこり笑うマイト。

「私達は、何か手伝えることはありますか?」

 聞きたくないが、今は話に乗るふりをする。

「いや、今は無いよ。パンでも食べて、しばらくゆっくりしてていいよ。用事ができたら、また呼ぶから」

 そう言うと、話は終わりと言わんばかりに、マイトは書類を手に取り、目を通し始める。二人は「失礼します」と言って、部屋を出た。

 木箱ベッドの部屋に帰ってくる。

「あの人の言うこと、ほ、本当なんでしょうか、革命ってあれですよね。今の王様を殺して新しい王様になるっていう、あれですよね。そんなことにアンナ様が参加するとは思えません」

 ミアはひそひそ声で話す。

「彼女はこの国で軟禁生活を強いられていた。それにマイトとも仲が良かった。革命に加担する動機は十分にある」

「でも、でも……そんなこと、無いです。アンナ様はそんなのに、参加したりしませんよ……絶対に、無いです」

 ミアはムキになってレオを睨みつける。

「分かった。ひとまず、そう言うことにしておこう」

 レオは小さくため息をつく。

(まずは、革命のことについてもっと情報を集めよう。ただの庶民で、しかも死罪の僕達を救出する理由は何だ?)

 だが、素直に聞いても教えてくれないだろう。特に、元神官兵のレオは警戒されているに違いない。

(仕方ない)

 レオはミアに言う。

「情報を集めてくれないか?」

「じょ、情報?」

「部屋の外に出て、それとなく話を聞いてくるだけでいい。何か革命について調べて欲しい」

「え、ええ? でもメモ帳も何も無いし」

「メモなんか無くてもいいだろ。覚えたらいい」

「無理です!」

 ミアはブンブン首を横に振る。

「メモが無いと何にも覚えてられません。人の言ってることって、すぐに消えちゃうんです」

 レオは屋敷内で働いていたミアの様子を思い出した。彼女はことあるごとにメモを取っていた。エプロンの大きなポケットにいつもメモとペン、インク壺を入れていた。平民の彼女がインク壺やペンを持っているとは、えらく贅沢だと思っていたが、何やら事情があるらしい。

(というか、耳で聞いて覚えられないような奴を雇わないといけないほど、アンナの元には召使いが来なかったんだな)

 レオは心の中でもう一度ため息をつく。

「覚えてられる範囲でいい。とにかく様子を見てきてくれ」

 ミアはドアを開けて部屋から出ていく。役に立ちそうに無い間諜の背中を、レオは見送った。



 ミアは、狭い階段を上り、地上階へ出た。

 入り口と、カウンターがある。入り口のドアはしっかり閉ざされ、閂がかけられている。壁際のカウンターは無人だ。帳面が広げられていて、そこには細かい数字が書かれている。

 カウンターの横には上へ続く階段があった。ミアは階段を登った。

 細い廊下が伸びている。ここの廊下はとにかく狭い。ティルクスの町でアンナと共に暮らしていた家の廊下より狭い。

 通路を歩きながら、窓の外を見る。

 東の空が金色に輝いている。黒々とした屋根の輪郭がぼうっと光っている。肉か何かが腐ったような臭いが漂ってくる。

 左右の壁には部屋がある。レオがいる部屋を含めて、全部で五つ。ドアや仕切りで塞がれている。ミアは隙間から中を覗いた。どの部屋も毛布や衣服が乱雑に置かれている。人はいない。

 部屋の壁に、絵が貼ってある。裸体の女の絵だ。周りに置かれている壺や飾りも、男女の身体を模したものが多い。

 似たようなものを、ミアは昔、見たことがあった。アンナの家で働く前にいた場所で。

(えーと、何て言ってたっけ。こういう場所のこと……そう、娼館だ。ここは娼館だ。女の人……姉さん達はいないのかな)

 突き当たりまで行くと、ミアは階段まで戻った。まだ上階がある。ミアは上へ向かった。

 上も同じ作りだ。狭く短い廊下と五つの部屋。いくつかの部屋には女がいて、全員がぐっすり眠っている。ミアは起こさないよう注意しながら、通路を歩いた。突き当たりまで行くと、階段まで戻った。

 まだ階段は上に続いている。ミアは上った。その先は屋上だった。人が三人いる。全員男だ。ミアが上ってくると、剣呑な目で彼女を見つめる。

「何だ、お前は?」

「昨日、リーラさんに助けてもらって、ここに来ました。ミアと言います」

「ああ、昨日の奴か」

 それを聞いた男達は興味を無くし、ミアから顔をそらす。

 ミアは目の前に広がる景色を見た。ここの景色を一言で言うと、「ごちゃごちゃ」だ。今にも壊れそうな家が並び、風に乗って腐臭がやってくる。歩いている人達の身なりもボロボロだ。ミアは小さい頃に住んでいた場所を思い出した。あの頃いた町の景色に似ている。

 身体を反転させ、周りをぐるりと一周する。朝日と共に、何かがキラキラと光っている。眩しさに目をすがめつつ、じっと観察する。

(分かった。王宮だ! あの真っ白い王宮!)

 アンナと共に初めて王宮に来た時を思い出す。とにかく真っ白な大理石の王宮。

(ということは、ここは王宮から見て西の方なんだね)

 ミアは一人でうんうんと頷く。

 すると、屋上で立っている男の一人が、ミアに近づいてきた。

「ここで何やってんだ。早く部屋に戻れ」

 ミアを見下ろし、威圧的な口調と目でミアに命令する男。ミアは一歩下がるが、しかしレオに情報を集めろと言われたことを思い出す。

「ここはどこなんですか? その、全然何も分からなくて」

 ミアは正直に尋ねた。

「お前には関係ない。部屋に戻って寝ろ」

「革命って何でしょうか? 私はよく分かりません」

「早く部屋に戻れ!」

 ミアは屋上から逃げ、階下に下りた。しかし、部屋に戻れと言われて戻る気にはなれない。レオに情報を集めろと言われてるし、ミア自身も何がどうなっているのか知りたかった。

(よし、今度は地下へ行ってみよう)

 ミアは階段を降りた。

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