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書物の姫君  作者: 最中亜梨香
第五章
46/87

10

 レースとヨール、マオが旅に出てから、六日が経った。

 レオは、台所でかまどに火をつけた。薪が明々と燃え始めると、鍋を持って外に出る。

 外には小さな井戸がある。炊事や洗濯の時に、ロープを引き上げ、桶に水を組む。普段はレオ達が使う井戸だが、今は何故だろうか、シャロンがいる。小さな手でロープを引っ張っている。

「姫、私がやりましょうか」

「いい! 私がやる」

 シャロンはせっせとロープを引き、水がたっぷり入った桶を引き上げた。桶から小さなじょうろに水を注ぐ。満杯までいれると、両手でじょうろを持ち、ふうふう言いながら庭へ向かう。レオは小さな背中を目で追いかけた。庭の前で立ち止まると、彼女はじょうろを傾け、水やりを始めた。

 シャロンは最近、庭いじりにハマったようだ。ああやって毎日水をやっては、庭の前にしゃがんで、植物を眺めている。

(あの子はいつの間に井戸の使い方なんか覚えたんだ? ミアが教えたのか?)

 井戸を動かすことなど、間違っても王族のやることではない。いや、そもそも、庭いじりもご法度だ。

(まあ……ここじゃあ、それくらいしかすることが無いし。屋根に登られたりするよりマシか)

 ふと、馬車の音が聞こえてきた。食料や生活必需品、そしてレオへの指示書を届ける馬車だ。レオは水汲みをやめ、かまどの火を消すと、裏門へ向かった。

 レオはマオが旅立ってから、屋敷の外に出ることが無くなった。二日に一回、食料と一緒に届く暗号化された指示書を元に、行動する。もっとも、今のところ、アンナ達を見張れという命令しかないが。

 裏門で待っていると、背後から足音が聞こえてきた。アンナだ。彼女はレオから少し離れた位置に立っている。

「奥方様、どうされましたか?」

「馬車の到着を待ってるんだよ。手紙とか来てないかなって」

「使いに出した人達は、帰ってきませんよ」

 マオは神殿の命令を遂行し、皆殺しにしているだろう。レースもヨールも、神官兵も、全員殺しているに違いない。その様子をレオは想像する……あまり面白い空想では、ない。

 アンナは、門の鉄格子の向こう側に顔を向ける。

「そりゃあ、まだまだ帰ってこないだろうね。今頃国境を越えたあたりだろう」

 レオはアンナを見る。短い黒髪が、風でさらさらと揺れている。

 彼女は知らない。今、使者が殺されていることを。彼女自身に、魔物召喚の罪が疑われていることを。

 アンナとレオの視線がぶつかる。

「何? 私の顔になんかついてる?」

「貴女はどうして髪を短くしているのです?」

「随分とまあ、唐突だね。短くしてるのはね、本を読むのに邪魔だからだよ」

「後ろでくくろうとは思わないのですか?」

「それも試したんだけどね。結局うっとおしくなって、切っちゃった。私は短い方が似合うし」

「奥方様の好みの問題ではございません。外見を整えたら、調和を守ることができます。何故守らないのです?」

「今日は随分おしゃべりだね」

「何故です?」

 レオは尋ねた。

 調和から外れるから、魔物召喚などといった罪を疑われるのだ。周りに合わせれば、穏やかな人生を送れるだろうに。何故そうしないのか。レオには不思議だった。

「別に周りと喧嘩したいわけじゃない。ただ、むかしっから、私は誰かの調和に入れなかった。私はね、私がしたいことをする。私の選んだ道を歩きたい。それが私の平穏、調和、守るべきもの」

「そんな調和の概念は、経典にはありませんよ」

「調和はいくつあってもいいでしょ?」

「意味の異なる調和がいくつもあったら、争いが生まれてしまいます」

「そうかもしれない。でも、無理。自分を押し殺して調和を維持するのは、私には出来ない。私は私の道を歩み、この平穏を守りたいんだよ」

「他の神官が聞いたら、即刻裁判にかけられ、死罪を言い渡されますよ」

「ふーん。ま、いいよ。ただ、私のこの調和を認めないということは、神殿もまた、経典の教えを破るということになる」

「そんなことはありません」

「他の調和を認めないというのは、争いの元だ。争いは、経典の調和の教えに反する。そうでしょう?」

 アンナは微笑んだ。

「……そうやって、屁理屈を捏ねて、本を密輸しようとするんですか?」

 レオは苦し紛れに言い返す。

「は、密輸? なんの話?」

「こうして門の前で待っているのは、外国から密輸した本を受け取ろうとしているからではないですか?」

 アンナはぷっと吹き出した。

「何を言ってるの? そりゃあ今のこの状況にはうんざりしてるけど、流石にそんなことしないよ」

「神殿のやり方にうんざりはしているんですね」

「今、本を書かせない、読ませないなんてことをしてるけど、いつか破綻する。そうやって弾圧しても、良いことなんか絶対に無い」

「神々の教えを隅々まで浸透させるためです。邪な考え、まやかし、嘘を広めないためです」

「ひと昔前ならそれでも良かっただろうね。でも、今は言葉と本の時代だ。本がたくさん出回る時代に、それはきっとうまくいかない。抑圧すればするほど、膿はたまり、後でロクでもないことになる」

 その時、車輪の音が聞こえた。

 二人は門の外を見る。馬車だ。

「あれ? 今日は馬車、一台じゃないね。なんかいつもと違う見た目だし」

「……あれは、神官兵の馬車です」

「え? 何しに来たの?」

 レオは首を横に振る。

「分かりません」

 馬車が門の前に止まり、甲冑をまとった神官兵が降りてくる。

「開けろ。我々は神官兵だ。アンナ、ディーロの二名を、魔物召喚の罪で逮捕する。二人に従った召使いも逮捕だ」



 その日の夕方、ネラシュ村の農夫達は、引きこもり王子の住処で有名な丘の上の屋敷に、神官兵の馬車が何台も走っていくところを見た。

 彼らが、この国の第四王子とその妻、そして二人の召使いが、魔術を使った罪で逮捕されたと知ったのは、数日後のことだった。

私事により、小説を書く時間が減少するため、7月上旬まで更新頻度が激減します。申し訳ありません。新規の更新はできませんが、誤字脱字等、細かい修正は行います。大きな修正があった場合は、あらすじの欄に記載します。

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