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書物の姫君  作者: 最中亜梨香
第五章
44/87

8

 昼間は路地裏の奥で、適当な藁をしいて雑魚寝した。夜に向けて体力を温存するためだ。

 マオは、自然と目を覚ました。

 そろそろと起きだし、大通りの様子をうかがう。通りに人の気配はない。星の位置は、今が真夜中過ぎだと示している。

「おい、起きろ」

 マオは皆の肩を叩いてまわる。すぐに全員目を覚ます。手分けして藁を片づけ、痕跡を消す。それから、人がいないことを確認し、大通りへ出た。建物の影を縫うように進み、水際までやってくる。

 いくつかの船には、明かりが灯っている。ティルクス行きか、下流の都市へ向かう船だ。夜明け前の今も、しっかり警備をしているらしい。

 マオは、それらの船には見向きもせず、暗がりへ向かう。やがて大きないかだが見えてきた。

 森で切り倒した木材を運ぶためのいかだだ。丸太を太いロープで束ね、巨大ないかだにして下流へ運ぶのだ。

 いかだの周りには、いくつかの小舟がある。川面で眠る時、いかだの上だと寝心地が悪すぎる。だから船員達は、別に用意した小舟で寝るのだ。

 小舟は四隻。マオは小舟の中を確かめた。藁が敷いているだけで、荷物は無い。

「これを盗む」

 マオは言った。

「こんな小さな舟で、対岸までいけるのか?」

 警備兵は不安そうだ。マオは頷く。

「対岸までは行かない。川の真ん中にある小島より向こう側へ行けたらそれでいい」

「え? あー、そうか。川の半分より向こうは、ティルクス領か」

「そう。そこまで行けたら、助けてもらえる」

「……これ、本当に成功するのか?」

「昼間にティルクス行きの船に乗るよりかは安全だと思う。あとは、神殿の船に見つからないことを祈るしかない」

「へえ。誰に祈るんだ? 神官か?」

 マオは答えなかった。

 二艘の小舟に、別れて乗る。一方は四人の警備兵とマオ。もう一方はレースとヨール、残りの警備兵。

 小舟を係留するロープを切り、櫂で岸を押す。小舟は、岸を離れ、川を進み始める。

 一艘目のオールを握るのはマオだ。あまり漕がず、川の流れにまかせつつ、ゆっくり中央へ進む。二艘目がそのすぐ後ろに続く。眠たくなったら交代する。

 マオの交代の時間になった。櫂から手を離し、舟の後ろ側へ移る。

 川面はどこまでも静かで、暗い。空を見上げると、燦然と輝く星空が広がっている。

 北の動かぬ星に、目を向ける。

 あの不動の星は、ヨラ神の目だ。北の空から、夜の世界を静かに監視しているのだ。マオが舟を盗んだ瞬間もしっかり見ているだろう。盗み以外にも、港町へ不法侵入したことや、宿屋で他の神官兵と剣を交えたことも。それよりも前、王都で邪教のお守りが流行っている様子や、失明した元神官兵達や、マオがレオと共に神官兵として働いていた時も、見ている。

 夜の暗闇に乗じて、邪教徒の家に乗りこみ、中にいた信者を皆殺しにしたこと。裏切った神官兵を追跡し、始末したこと。薄暗い部屋で、大怪我を負いながら、短剣をふるう訓練を受けたこと。

 マオは胸元のペンダントを握り、ヨラ神の目を見つめる。

(今まで、どれほど血生臭くとも、私は正しい道を歩いていると信じてまいりました。ですが、今は分かりません……。

 私は正しいのでしょうか。神殿は正しいのでしょうか。それとも、こうやって迷いを抱く私が、間違っているのでしょうか。どうか、どうか私をお導きください)

 ヨラ神の導きを、待つ。

 小舟の周りに広がる虚空。どこまでも静かだ。神は沈黙している。

 ふと、マオはあることを思いついた。

(もしも、神殿が間違っているならば、この舟を、ティルクスの船まで運んでください。私が間違っているならば、その時は私を殺してください)

 マオはペンダントから手を離した。狭い舟の中で、隣で爆睡している警備兵を蹴り飛ばさないよう注意しながら、横になる。

 舟がたてるかすかな水音を聞いているうちに、眠りに落ちた……。

「お、おい! 起きろ!」

 警備兵の悲鳴に似た声で、マオは飛びおきた。

 東の空の端が、ほのかに白んでいる。

 しかし、薄明の僅かな光でも、自身が道を違えたと知るには、十分だ。

 南に見える巨大な影は、神殿の巨大な船。そしてマオ達の行く手に散らばる、舟。そこに誰が乗っているのかは見えないが、想像はつく。弓矢を構えた神官兵が、殺気を隠して待っているのだろう。

「お前!」

 警備兵が、櫂から手を離し、マオの胸ぐらを掴む。

「やっぱり騙してたんだな!」

 マオは足と腕に体重をかけ、警備兵と共に舟の底へ倒れる。

 舟のすぐ上を、矢が飛んでいった。

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