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書物の姫君  作者: 最中亜梨香
第五章
41/87

5

 マオ以外の人間も、神官兵の存在に気づいた。

「どうする?」

「逃げるぞ」

「いや隠れるんだ!」

 てんでばらばらに隠れる。マオも茂みの裏側に隠れた。右手にナイフを構える。

(神官殺し、か。今から最も大きな罪を犯すわけか。これじゃあ、本当に不信心な反逆者になってしまう……だけど……まだ死にたくない……)

 マオは意識を研ぎ澄ませる。いつでも飛び出し、相手の喉笛を切れるように。

「お、おい、どうしたんだ?」

 芸人達が困惑している所に、神官兵がやってくる。

 相手は十人。全員、馬に乗っている。

「お前達、八人組の盗賊を見なかったか。武装していて、二人の女がいる。一人は若い女で、一人は老女だ」

 集団のリーダーらしき神官兵が、馬上から芸人を見下ろす。

「いやあ、そんな奴は見てないですねえ」

 団長は言った。

(え?)

 マオは自分の耳を疑った。

「本当か?」

「ええ。そんな目立つ集団がいたら忘れませんよ。でも、見てませんねえ」

 男は笑顔で言った。嘘をついているようには、とても見えない。

「……そうか。では、馬車の中を見せてもらおうか」

「構いませんが、何もありませんよ」

 数人の神官兵が馬から降り、幌馬車の中に入っていく。程なくして、出てきた。

「いません」

 若い神官兵がリーダーに報告する。

「そうか。ならば、行こう。もしも怪しい人物を見かけたら、すぐに最寄りの神殿に報告するように」

「はい、分かりました。そうしますとも」

 神官兵は走り去っていった。

 蹄の音が聞こえなくなると、マオ達はそろそろと茂みから出た。

「何でって顔をしていますね」

 団長は、一片の曇りもない笑みを浮かべる。

「我々は、同志です。あなた方の味方ですよ」

「同志?」

 警備兵が聞き返す。

「はい。特に最近、『神官に追われている伝令がいたら、保護しろ』と言われまして。ここで出会えて本当によかったです」

「……そうか。助かった」

「ささ、馬車にお乗りください。北まで一緒に行きましょう」

 一行は幌馬車に戻った。馬が走りだす。

 マオ達は互いに顔を見合わせた。誰も、団長の言う『同志』を知らないようだ。

(神官に歯向かう集団がいる? どういうことだ? 何が目的だ?)

 聞きたいことはあるが、尋ねて、相手に不信感を抱かせるわけにもいかない。マオは黙りこくっていた。

「主人から、私達を守ってくれる人がいる、という話を聞いていました。あなた方のことだったのですね」

 レースが言った。それが嘘か本当か、マオには確かめる術はない。

 踊り子は笑顔で頷く。

「ええ、そうよ。ここ数年、神官は私達を殺したくてたまらないみたいなの。それに、あなた方のようなワケアリさんも増えてきてる。助けあわないと、生きていけないわ」

「どこかの町で普通に暮らすことは考えないんですか?」

 マオは尋ねた。視線が一気に集まる。

「そうすれば、神官に目をつけられずに済みますよ」

「どこかに住む人もいるわ。誰かと結婚したりしてね。でも、私達にその予定はないわね。この生活が気に入ってるから。それに、どこかの村に住んだからって、神官に捕まらないなんてことはないでしょう? 別の難癖をつけてやってくるわよ」

「……それもそうですね。失礼なことを聞きました」

 マオは目を伏せる。

(実際、自分がそうなってるからね)

 夕暮れ時、幌馬車は小川の横で停まった。今日はここで寝るのだ。

 焚き火を作り、スープを飲む。

「今日はどの順で番をする?」

「くじ引き順でいいんじゃねえか?」

 警備兵達の会話を小耳に挟みながら、マオはスープの表面に映る、自分の歪んだ顔を見つめる。

 その顔越しに、数年前、マオが取り締まった人々を思いだす。彼らは大抵神々を侮辱する言葉を吐いたものだ。一方で、話を聞いてほしい、子どもを見逃して欲しい、と懇願する者や、何もしていないと泣き叫ぶ者もいた。いずれにせよ、捕まった後の末路は、どの人間も悲惨だった。

(彼らの話を聞いても、良かったのかもしれない)

 隣にいた大男が話しかけてくる。

「おい、嬢ちゃん、どうした? 元気ないな」

「いえ、そんなことは」

「そうか。じゃあさっさと飲め。旅路は厳しいぞ」

「そうですね」

「もしかして、神官に追われているのが心配か?」

「ええ、まあ」

「あいつらは本当に怖えーからな。でも心配しすぎるのも心によくねえぞ。あーほら、昼間も誰かが言ってたろ、助け合いだって。大丈夫、大丈夫、生きてりゃ何とかなるさ」

 励まそうと、気楽な声でそう言う大男。マオは微笑を浮かべると、スープを腹の中に流しこんだ。

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