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書物の姫君  作者: 最中亜梨香
第五章
40/87

4

 幌馬車の中は、とても騒がしい。

「どこから来たんだ?」

「国境までよろしくね!」

「おう、ここ座れよ!」

 芸人は、全員で四人──御者台にいる者も含めたら五人だ。男が二人、女が二人。興味津々で話しかけてくる者もいれば、顔も向けず、じっとしている者もいる。

 対するこちらは、五人だ。マオ、ヨール、レース、そして警備兵が二人。残りの五人は、もう一台の幌馬車に乗っている。

 マオ達は、芸人達が用意してくれた、椅子代わりの木材に並んで座っている。

「みなさんはいつから巡業しているんですか?」

 レースが尋ねた。

「私は二年前からかな。団長に拾われたんだ。それからずっと巡業してるよ」

「私は半年くらい前だよ」

 しなやかな身体つきの、踊り子と思しき女性達が言った。

「俺はもう六年くらいになるな。ガキの頃に団長に拾われてから、ずっといるぜ」

 すると、奥にいる年嵩の女が、顔をあげた。

「アンタ、拾われた当時はひょろひょろだったよね」

「おうよ。今じゃこんな筋肉ダルマさ」

 男はガッハッハと笑う。レースは微笑んだ。

「みなさん、とても仲が良いんですね」

「そりゃそうよ。仲が良くないと巡業なんかやってらんねえからな!」

 馬車が揺れ、後方が傾く。坂道に入ったらしい。

「お前さん達は、お偉いさんのお使いだろ? 兵士、あんなにたくさん引き連れているし」

 男は無邪気に尋ねてきた。

「ええ、まあ。そんなところです」

「大変だな。どんな手紙なんだ?」

「お嬢様の恋文ですよ」

 レースはさらりと嘘をついた。

「ほほう、そりゃあいい。相手は誰なんだい?」

「それは言えませんよ。お嬢様にきつく口止めされているんです。でも、いい方だとお聞きしましたよ」

「そうか。うまく行くといいねえ」

「ええ」

 マオは、会話には参加せず、外の景色を眺める。馬車の後方には幌がかかっておらず、外がよく見える。道の左右には緑の丘と、羊の群れ。怪しい人影はない。

「みなさんはどうして北へ? 今なら、夏至祭があるんですから、エシューに行った方が良いんじゃないですか? 人もたくさん集まるし」

 ヨールが聞いた。マオは耳をそばだてる。

「あそこは私達に厳しい町だからね。一歩入った瞬間、神官に捕まるよ」

 マオは心の中で頷いた。大道芸人は、経典に反した、下品な芸を披露するため、神官兵の取り締まり対象である。

(そもそもあっちこっちとフラフラするのが悪い。きちんと定住し、神への感謝を忘れなければ──いや、そうしていても駄目な時は駄目か。今の私みたいに)

 大きく馬車が揺れ、止まる。馬の悲痛ないななきが聞こえる。

「あーおい、ぬかるみにハマっちまった。押してくれないか?」

 御者台から団長が呼びかけた。全員が外に出る。馬車の前輪と後輪が、みごとにぬかるみにハマっている。

「せーの!」

 団長の号令に合わせ、団員達が馬車を押す。マオ達、馬を降りた警備兵も手伝う。

 何度かの踏ん張りの末、車輪がぬかるみから抜ける。マオは額の汗を拭った。

 その時、前方から、馬の足音が聞こえてきた。マオは馬車の後ろからそっと顔を出す。

(神官兵だ)

 規則正しく並ぶ馬。その上に乗る、白と黒の甲冑。よく慣れ親しんだ、しかし今は最も見たくない人間だ。

 マオは距離を計算した。

(駄目だ、逃げてる時間はない)

 懐からナイフを抜いた。

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