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書物の姫君  作者: 最中亜梨香
第五章
38/87

2

 ディーアの部屋にやって来たアンナは、昼間来た暗号のことを話した。

 アンナの話を聞いたディーアは、

「それは……でも、私は信じるよ。レースさん達が生きてるって」

 そう言って、弱々しく笑った。

「ありがとう。私も信じてる。というか、信じるしかない。皆、火事如きで死ぬような人間じゃないと」

 窓枠がカタカタと揺れた。隙間から夜風が入ってくる。

「そうそう、今朝から、外にずっと人がいる。羊飼いの格好をして羊を連れてるけど、羊飼いじゃない。丘から全然移動しないんだよ。昼間、レオが屋敷から出てきて、その人と会ってた」

「向こうには気づかれてない?」

「多分大丈夫。壁の隙間から見たから。あれ、もしかしなくても神官兵だよね。こっちを見張ってるんだ」

 アンナの心臓がキリキリと痛む。

「状況が悪くなってきてる」

「うん。いつまでもああやって見張ってるだけ、とは限らない。いつ私達を殺しに来てもおかしくない」

「……どうしようか」

「マイト兄さんに聞いてみるとか?」

「できることといったら、それくらいしかない、か」

 アンナはため息をついて、近くの椅子に腰掛けた。

「ご、ごめんよ。私が、もっと役に立てたらいいんだけど」

「なんで謝るの? 別にいいのに」

「そ、そうかな。ごめんね」

「だから何も謝ることなんかないって。ああでも、うーん、そうだなあ。誰か頼れる人はいないの? ディーアが手紙を出せるような人」

「いないよ」

 即答だった。

「頼れる人は……先生は、死んでしまったよ」

「昔の友達とか、誰か頼れる人はいないの?」

「いないよ」

「兄弟姉妹は?」

「もう長いこと会ってないし、今更手紙を送ったところで、返事なんかくれるとは思えないよ」

 以前から聞いてはいたが、孤独な日々を過ごしてきたようだ。

「それなら、ローゼ様に手紙を出すのはどう?」

「母上に?」

「貴女からも手紙を出せば、ローゼ様からの信用が高くなると思う。何かあった時に、助けてもらえるかもしれない」

「何を書けば?」

「何でも良いよ。世間話とか。その中に、ローゼ様への忠誠心を示すフレーズを混ぜたらいい。変なことは書かない方がいいかもね」

「……そうだね。やってみる」

 ディーアは机に向かうと、火のついたろうそくを傍に置いた。紙とペンを引き出しから取り出す。

 カリカリ、とペンを動かす音が響く。アンナは机の横に椅子を持ってきた。ろうそくの光を頼りに、本のページをめくる──が、ふと気になり、ディーアの横顔に目を向ける。

 ディーアはどう見ても、線の細い、気弱そうな男性にしか見えない。

(ディーアに問題があるんじゃない。問題なのは私の方だ。喋っている時でも、本について語ってる時でもない。その時は良いんだ。ただ、なんでもない、こういう瞬間に、彼女を見た時に感じるこの違和感……これが消える日が、来るんだろうか)

 かつて図書館で読んだ古代人の本を思いだす。同性同士で恋人になったり、魂と肉体が異なっている人々の話。

(彼らはこんな気持ちにならなかったんだろうか)

 隙間風が吹き、火が揺れる。アンナはふと、ディーアの手が止まっていることに気づいた。

「どうしたの? 文面に悩んでる?」

「それもあるんだけど、手紙を書いたら、きっと神官に読まれるよね」

「そうなの?」

「多分……もしも父上に見つかったら、手紙ごと破られてしまうかも」

「そこまで嫌われているの?」

 ディーアはぴたりと固まった。急に顔色が悪くなり、呼吸が荒くなる。

「だ、大丈夫?」

 アンナは慌てて背中をさする。ディーアは答えない。答えられない。背中を丸めて必死に息をしている。

「手紙もノートも本も破かれて……剣とか弓を学べって、持たされて……」

「無理に話さなくていい!」

 アンナも、幼い頃は散々言われた。本なんか読まずに女らしいことをしろ、と。それはもう何度も。

(だから気持ちは分かる。少しは。ただ、私はこんなになるほどじゃない。一体、どれだけ酷い目に遭わされて来たのか……)

 隙間風が吹く。ろうそくの火が揺れる。やがて、ディーアの呼吸も落ち着いてきた。そのまま、倒れるように眠ってしまった。

 アンナは、そっと彼女の背中に毛布をかけた。

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