表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
書物の姫君  作者: 最中亜梨香
第五章
37/87

1

 アンナは窓から外を眺めていた。

 小雨がしとしとと降っている。晴れた日には、丘で草を食む羊の群れが見えるが、今日はどこにもいない。

 背後では、ミアが部屋の掃除をしている。箒でせっせと床を履いている。時々箒の音が止み、ペラペラとメモ帳をめくる音が聞こえる。彼女は相変わらず、メモ無しでは掃除ができない。

(皆、ティルクスに向かって進めているかな。無事だといいんだけど)

 いつ何が起こるか、分からない。神殿の命令により、マオが全員を殺しにかかるかもしれない。ローゼの気分が突然変わり、兵士達にレース達を始末するよう命令するかもしれない。マイトもアンナのことを信用せず、殺し屋を差し向けるかもしれない。

「アンナ様。きっと大丈夫ですよ」

 ミアが言った。アンナは振り返った。

「みんな元気に帰ってきます。盗賊とか獣が出ても、ヨールさんがバッサバッサと薙ぎ払いますよ」

 アンナは微笑みを浮かべた。

「そうかもね」

 ドアが勢いよく開き、シャロンがやってきた。彼女は今日も、朝早くにこの屋敷に来て、入り浸っている。

「ねえ、これさっきレオに渡されたの。王宮からの手紙だって。読んでくれる?」

「いいですよ」

 アンナは渡された紙に目を通す。

 差出人はメディ医師。シャロンの体調について質問している。そしてわがままを言わず、大人の言うことをきちんと聞き、本を読んできちんと勉強するように、という内容が書かれている。

「これも届いたのよ」

 どさどさと本を置く。絵本だ。神殿の経典を子ども向けに分かりやすく書いたものである。

「その本を読んで勉強するように、と書いてあります」

「えー? でも私、字を読めないわ。字なんか今まで書いたこともないし」

 アンナは、普通の王女は読み書きができないことを思いだした。経典の書き写し以前に、字を覚える必要がある。

「私が教えます。経典を読めるようになりましょう」

「嫌よ。こんなの読んでもつまらないわ」

「読めるようになったら、神官の鼻をあかせますよ。白黒の服を着た彼らの、ぽかんとした顔、見たくありませんか? いつも選ぶっている彼らの鼻を叩き折ってみたくないですか?」

「それは……ちょっと見たいかも」

 二人は居間へ移動した。机の上に紙と経典を広げる。まずアンナが手本を見せる。レオが持ってきた書き損じの紙の裏に、文字を書いていく。

「はい、どうぞ。一文字ずつ綴ってください」

 シャロンがせっせと字を書く様子を、アンナは眺める。一生懸命字を描いているその表情は、普段のわがままな王女とは思えない。

(私が字を習いだしたのはいつくらいだっけ)

 ふと、幼い時のことを思いだす。

 兄達が何をしているのか知りたくて、アンナは彼らに混じって家庭教師の教えを聞き、読み書きの練習をした。あの時はまだ幼かったから、アンナが字の練習をしていても、兄も王も笑って許してくれた。

(あの頃は仲が良かったんだけどな)

 日が暮れるまで、シャロンは字の練習をした。その甲斐あって、自分の名前が書けるようになった。

「それで、これで神官の鼻を折れる?」

「まだまだ先です。まずは簡単な単語を書けるようになりましょう」

 ドアがノックされ、ミアが入ってくる。

「夕食の準備ができました」

「ホント?」

「はい。出来立てほかほかですよ!」

 シャロンは居間から飛び出していった。

「あ、その本、シャロン様のお部屋に運びましょうか?」

 看病の時に使った客室が、今ではすっかりシャロンの部屋になっていた。

「いえ、私の部屋に持っていって。シャロン様の部屋だと、保存が心配だよ。勝手に破ったり落書きしたりするかもしれない」

「分かりました」

 ミアはメモを取ると、本を持って出ていった。

 アンナはシャロンと夕食を食べた。その後、寝る支度に入る。

 アンナはまず、ドアの前に荷物を起き、開かないようにした。それからドレッサーの前に腰掛け、ミアが置いていった経典の絵本を開いた。

 そして、引き出しから一枚の紙──暗号表を取り出す。

 挿絵には、数字が隠されている。ローゼの配下の写本紙や絵描きが仕込んだものだ。

 数字は文字と対応している。何の文字と対応しているかは暗号表に書いてある。この表も夜会の後に、ローゼから貰ったものだ。

 アンナは数字を暗号表に照らし合わせ、解読していく。程なくして、文章が出来上がる。

『使者が泊まる宿が火事になった。使者は行方不明。死体も見つかっていない』

 アンナはベッドの上に、クッションや着ていない衣服を丸めて置いた。その上から毛布を被せる。ぱっと見、頭から毛布を被って眠っているように見えるだろう。

 全員が寝静まった頃を見計らい、アンナは本を持って部屋から出た。行き先はディーアの部屋だ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ