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書物の姫君  作者: 最中亜梨香
第四章
36/87

9

 屋敷を出て二日目。

 朝、一行は馬宿を出発した。

 馬車の中の空気は重い。酔っ払いが夜明けごろまで騒いでいたせいだ。馬車が動き出す。揺れが大きいにも関わらず、レースはうつらうつらと舟を漕いでいる。ヨールは屋台で買ったパンを食べている。

「マオさん、お一つどうぞ」

「……どうも」

 パンをもそもそと食べながら、マオは外を眺める。今日もよく晴れていて、幌馬車や農家の牛が街道を歩いている。

 途中で何度か休憩を挟みつつ、馬車は道を行く。代わり映えしない風景が延々と続く。

 マオは手元の地図を広げた。北の大街道は国境の街まで一本道。道中はほとんどが丘陵地帯だ。この時期は大雨が降ることもないし、特別問題はない。楽に旅できるだろう。

 ふと、顔をあげる。ちょうど横を別の馬車や人が通りかかる。

(あの馬車、さっきも見かけたな。あの旅人も、あそこの旅芸人達は、昨日騒いでいた酔っぱらい達だ)

 街道に分かれ道はないので、先ほど見かけた人をまた見かけても、それほど不思議ではない。しかし、盗賊の間諜が旅人に扮して紛れていることも珍しくない。

 代わり映えしない丘陵地帯を走り、夕方頃、本日泊まる村に着く。

 街道の途中にある小さな村だ。旅人向けの馬宿がいくつか立っている。そのうちの一つに入る。

 中は、昨日と大して変わらない。一階は食事をするところで、二階に小部屋とベッドがある。

 マオは入り口の近くの席に座って水を飲みながら、王家の警備兵のリーダーが、他の旅人と話しているのを眺めていた。最近の事件やこの先の町の情報のやり取りをしている。

 ふと、宿屋の外を見る。神官兵の一団が巡回している。この町に駐在しているのだろう。

(いざという時には、彼らを頼ることもできる……)

 仲間がいて喜ばしいことのはずだが、不思議とそう感じない。ただ何か──言葉にできない思いが、胸の底で渦巻いている。

 警備兵達が旅人達と話をやめ、テーブルについた。夕食が運ばれてくる。

 昨日と違う宿だが、昨日と同じメンバーが泊まっている。あのうるさい大道芸人も一緒だ。ただ今日は疲れているのか、すぐに上に上がっていった。

(はあ、良かった。またあんなにうるさくされたら敵わない)

 マオ達は出されたスープを黙々と飲んで、二階に上がる。今夜も、マオが二段目でレースが一段目だ。

 ベッドに横になり、レースの寝息が聞こえるのを待つ。

(今だな)

 しかし、身体が動かない。袖の下にナイフを仕込んでいる。首を縛るのにちょうど良い糸もポケットにある。

 しかし、身体が動かない。

(動け。私はただの剣。何も考えるな、感じるな。命令に従え──)

 窓の外から音がした。マオは素早くベッドから飛び降りた。音もなく窓に近づき、鎧戸を開ける。

 人が一人、壁をよじ登ってきている。白と黒の装束。頭巾を被り、口元を布で覆っている。

 神官兵だ。完全な武装状態の。

 何か言う前に、神官兵の手が動く。マオは上体を逸らし、それを避ける。鋭く尖った何かが、窓の上へ飛んでいった。

 神官兵が窓から入ってくる。マオはレースの様子を目の端で確認しつつ、一歩後ろへ下がる。レースは静かにベッドから這い出て、部屋の出口へ向かおうとしている。

「誰だ、貴方は? 私はマオ。エシューの神官兵だ」

 神殿のペンダントを見せようとした途端、相手はナイフ片手に、マオに踊りかかった。マオは避けつつ、相手に蹴りを食らわせる。

「おい、誰だ!」

「なんだお前は!」

 部屋の外から怒号が聞こえてくる。他の部屋にも誰かが侵入したらしい。

 マオはベッドの毛布を取ると、相手に向かって投げた。相手が怯んだ隙に飛びかかり、床に押し倒して頭を殴る。

「火事だあ!」

 どこからか、叫び声が上がった。その時、焦げ臭い臭いに気づく。

「宿屋が火事だ! みんな起きろ!」

 マオは部屋を飛びだした。狭い廊下は人でごった返し、誰が誰だから分からない。われ先にと階段を駆け下りていく。その波に押し流されるように、マオも階段を下りた。その途端、ひどい咳が出る。

 煙が充満している。一階の奥が明るい。木が爆ぜる音も聞こえる。

 鼻と口を抑え、窓が外へ転がり出る。外では、村人が総出で火を消そうと、桶を片手に集まっている。

(あ!)

 村の外へ向かって、警備兵が数人、馬に乗って走っていく。マオも馬小屋へ回、適当な馬に跨った。すぐに後を追いかける。

 丘を駆け下りる。背後の村はあっという間に遠くなっていく。

 昼間は綺麗な緑の丘が、今は寒々とした魔の荒野に見える。前方を走る馬は二頭以上いるようだが、遠すぎてよく見えない。

 やがて、馬は小さな小屋の前で止まった。誰かが馬から降りて、小屋の中に入る。

 マオは小屋のドアを開けた。

「止まれ!」

 目の前に剣が突きつけられる。突きつけてきたのはヨールだ。その後ろでは、四人の警備兵が立っていて、額に青筋を立ててこちらを睨んでいる。

 背後からも足音が聞こえた。その数は四人分。

 レース、ヨール、そして七人の警備兵。

(全員揃ってるんだ)

 マオは奇妙な安堵を覚えた。

「おい、これはどういうことだ。どうしてお前達が俺達を狙うんだ」

 ヨールは淡々と、感情を極力押し殺した声で言った。

「分からない」

「答えろ」

「本当に分からない。こんな作戦は聞いていない」

「こんな作戦は? なら、他にどんなことを聞いていたんだ?」

「おい、待て。そいつ、神官の仲間なのか?」

 警備兵が詰めかけ、マオの胸ぐらを掴む。その時、「待て」とヨールが止めた。

「マオ。これだけは答えてほしい。アンナ様は? 今、アンナ様はどうなるんだ? 向こうの屋敷も襲撃されているのか?」

 マオは首を横に振った。疲れきった声で言う。

「分からない」

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