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書物の姫君  作者: 最中亜梨香
第四章
35/87

8

 空は青く、緑の丘が延々と連なる。羊が草をはみ、メェと鳴く。丘のふもとの茶色い道を、大きな幌馬車は走る。並走するのは、傭兵に扮した騎馬兵が四人。ぱっと見は、行商人の荷馬車に見える。

 マオは外の景色から馬車の中へ目をむけた。マオの隣にはヨールが、向いにはレースが、そして王宮からやってきた護衛二人が座っている。馬車の運転も護衛がやっている。合計七人の護衛が、この旅に同行している。

 神官の命令を思いだす。淡々と無表情で語っていたレオの表情も。

『どちらが行く?』

 レオの問いに、

『私が行く』

 マオは即答した。レオは反対しなかった。

(勢いよく返事して乗ったのはいいものの……どう動くべきか)

 王都に広まっていた、邪教の紋章。それを放置する神官。眠っていたシャロン。マオの胸の中で、今までの光景が渦巻く。

 異教徒を放置しておく神官の命令など、マオはききたくない。できればこのままティルクスへ行って、大神官の真相を確かめたい。

 しかし──紋章を放置しているのは神官の深いお考えがあるからで、アンナが言ったことは全て嘘だったとしたら?

 マオは外の景色を見るフリをしつつ、ペンダントに手を伸ばす。

(どうか道をお示しください。私に力をお貸しください)

 馬車は何度か小休憩を挟みつつ、道を行く。やがて、細い田舎道から北の街道に出た。商人や巡礼者が行き来していて、街道はよく賑わっている。マオ達が乗る馬車も、この中では目立たない。

「レース、故郷に着いて、手紙を渡した後はどうするんだ?」

 ヨールが言った。

「子どもと孫に会いに行くわ。貴方は?」

「まだ決めてない。マオを神殿に連れていこうかな」

「え?」

 突然名前を出され、マオの反応が遅れる。

「クロニト大神官が気になっているんだろう?」

「……ええ、まあ」

「じゃあ神殿まで案内するよ」

「……それはどうも」

 日が沈む頃、馬車は小さな町の馬宿に着いた。マオ達は、狭い馬車からようやく降りると、宿に入った。

 中はカウンターと、客に食事をだすテーブルが五台、奥に階段がある。テーブルは四台が埋まっていて、よっぱらいが大騒ぎしている。

「レーブへ向かわれるんですか?」

 宿の人間が笑顔で尋ねる。レーブとは北の国境にある町だ。この町を通り、ティルクスへ入る予定である。

「ええ」

「そうですか。いいですね。今、夏至の花祭りが開かれていて、それはそれは綺麗なんだとか。ああ、部屋はお二階の右手側、三部屋になります。どうぞ」

 宿の人間に案内され、部屋に荷物を置く。狭い部屋に二段ベッドが左右の壁際に、二台置かれている。荷物を置くと、一行は夕食をとるため一階に戻った。

 一台のテーブルを、十人が囲む。少々狭い。

 ほどなくして、宿屋の人間が、温かいスープを運んでくる。

 マオは食前の祈りの言葉を唱えつつ、周りの様子を伺う。王宮の兵士達レース、ヨールも祈りを捧げている。不信心な主人に仕えているからといって召使いも不信心だとは限らないらしい。

 ふと、マオは過去の任務を思いだす。邪教を崇拝していた田舎領主の粛清だ。商人だけでなく、その家族や召使いを処刑した。邪教を根絶やしにするために。皆、自分は神々を信じている、邪教の手先ではないと命乞いをしてきた。あれは、身を守るための嘘だろうと思っていた。

(もしかしてあれは、間違っていたんだろうか)

 胸の底がゾワッと冷える。マオはすぐにその考えを心から締めだした。神々の剣たる神官兵は、余計なことなど考えてはいけない。神官の命令通りに、動くだけだ。そう、それだけ。

 隣の机からどっと笑いが起こる。赤ら顔の大道芸人が芸を披露している。周りで行商人が拍手し、芸人の帽子に金を入れている。

 夕食が終わると、全員、明日へ備えて二階へ戻った。レースとマオ、そして二人の兵士が部屋に入る。

「マオさん。下のベッドを使ってもいいですか?」

「はい」

 マオはベッドに横たわった。レースがろうそくを消し、あたりが暗闇に包まれる。外から、酔っ払いの声が聞こえてくる。下ではまだ宴会が続いているらしい。

(今なら、全員処刑できる。でも──)

 ポケットの中のナイフを触る。だが、それを抜くことはどうしてもできない。

「あー、くったくったあ〜」

 よっぱらいが部屋の外を歩いている。ドスドス、と大きな足音が近づいてきたかと思うと、突然部屋に入ってきた。

 兵士達が飛び起きる。

「なんだ! お前達は!」

「え? ああ、すいません。間違えましたあ」

 酔っ払いは出て行った。

 だが、外は相変わらず騒がしい。しばらく経つとまた別の酔っ払いが部屋に間違えて入ってくる。その度に兵士が怒鳴り散らす。

(面倒な酔っ払いだ。私達が寝るのを邪魔してるのか?)

 マオは心の中で舌打ちをする。

(──ん? 邪魔?)

 こうもうるさければ、誰も眠れず、闇に乗じて処刑することは難しい。無理に決行したら大騒ぎになり、一人か二人は逃がすだろう。そうなったら面倒だ。今は殺す時ではない。

(そう、だから今やらなくたっていい。今は寝よう)

 マオは毛布を頭まで被った。

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