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書物の姫君  作者: 最中亜梨香
第四章
34/87

7

 馬車を見送った後、アンナは自室に戻った。ベッドに寝転がり、胸の底から息を吐く。

(どうかみんなが無事、向こうに着いてくれますように)

 普段は信じていない神々に、心の底からアンナは祈る。

 これは賭けだ。それも非常に危険な賭けである。しかし、アンナが頭を絞って考えた結果、これしかない、と結論づけた。他の方法もあるかもしれないが、今のアンナに出来る方法は一つしかない。

 革命にしろ、虐殺にしろ、それらが起こる原因は、暴走した神殿である。よって、革命と虐殺を防ぐためには神殿を排除すれば良い。

 夜会の翌日から、屋敷に来る配達を介して、王妃と秘密のやり取りを行った。そこで、夏至祭のお祝いの言葉を貰うという名目で、使者をティルクスに送る計画を立てた。

 計画の目的は、一つは囮である。王妃の暗殺計画の準備を行いやすくするためだ。ただこれは、ローゼを利用するための表向きの目的だ。本当は、この国の現状を、外に伝えるためである。

 神殿の教義は調和だ。神との調和、社会との調和、これらを守ることが大事だ。過剰な政治への干渉や極端な教義を振りかざすことを良しとしない。もし神殿の総本山が過剰な検閲を知れば、エレアの神殿に対して制裁を下すだろう。

 ただし、総本山もグルの可能性も十分ある。だが、ティルクスの大神官でありアンナの師、クロニト大神官は違う。彼はただ一人信頼できる神官だ。

 彼が動けば、他の国の神殿も動く。そうなればエレアの神殿に圧力をかけられる。

(……でも、これは全部楽観論。皆が私の思い通りに動いてくれるか分からない。そもそも、みんながティルクスに着かないと、何もかもがおじゃんだ)

 馬車は今この瞬間、狙われているに違いない。使用人達に持たせた大神官あての手紙を奪取し、全員を抹殺せんと、暗殺者が忍び寄っている。

(ヨールには、予め全部話して、皆を守るよう言った。彼なら、しっかり護衛してくれる。ただ、マオのことが気になる)

 マオはついてくると言って聞かなかった。神官兵として監視の名目の元、同行せねばならないのだろう。

 だけど、とアンナは二日前の夜のことを思いだす。

『レオとマオは大神官に会えるよ。一度会ってみたいんじゃない?』

 ああ言った時の、双子、特にマオ。ほぼ鉄面皮の二人の顔に、好奇心の色が一瞬見えたのを、アンナは見逃さなかった。

(マオはきっと大神官に会いたいはずだ。会ってメヤキの毒やら、神殿の真実を知りたいはず。そのためなら変なことはしないだろう……多分)

 どれもこれも全てが仮定、アンナの憶測に過ぎない。しかし確かなことは一つ。神殿の暴走を止めなければ、この国が血で染まる。そして、暴走を止められるのは、アンナの知る限りではクロニト大神官のみだ。

 コンコン、とドアがノックされた。

「アンナ様。マイト様がいらっしゃいました」

 ミアの声だ。アンナは返事をすると、軽く身支度を整えた。

(来るとは思ってたけど、早かったな)

 一階の居間へ行くと、マイトが椅子に座り、カップに口をつけている所だった。アンナが入ってくると、彼はカップをテーブルに置き、笑みを浮かべる。それは酷く冷たい笑みだった。

「アンナ様。こんにちは。突然来てすみません」

(あんたが来るのはいつだって突然だよ)

 そんな感情をお首にも出さず、人当たりの良い笑顔を浮かべながら、彼の向かいに座る。

「いえいえ。こんにちは、マイト様。どうかされましたか?」

「単刀直入に伺います。貴女が召使いをティルクスに送ったと聞きまして。どうしてそうなさったのです?」

 ここまでまっすぐ聞いてくるとは。アンナは少し驚きながらも、事前に用意していた答えを言う。

「夏至祭で、ティルクスの神殿からも祈りの手紙を出したいんです。祭りまで日が無いので、急ぎで使者を送ったんです」

「友達が心配していますよ」

「ご心配には及びません。王家の護衛がついています。私の使用人にも腕のたつ者はおりますし」

 友達──おそらくフレデリックが心配しているのは彼らの身の安全ではなく、密輸の成功の是非なのだろうが、アンナはあえて無視する。

「そうなんですか?」

「ええ。夏至祭をきっかけに両国の仲が深まれば嬉しいです。なぜなら、私と故郷は、この国の未来が良きものであるよう願っているからですよ、マイト様」

「……ティルクスが、私の築く社会に賛同していると?」

「隣国の将来がどのようになるか見守っている、とだけ申しあげておきましょう」

 アンナは嘘八百を言った。ティルクスはエレアの動向を監視するだろうが、決して応援などしない。マイトの掲げる民主政など、全力で叩き潰そうとするだろう。

「使者を出したことの重要性について、ご理解いただけましたか?」

「ええ、まあ。しかし不用心すぎではありませんか? 神殿が怪しむでしょう。神官兵が何か理由をつけて、馬車を探るでしょう。最悪逮捕されるかもしれません」

「王家の護衛では不十分でしょうか? それならば、貴方のご友人にお願いできませんか?」

 アンナはようやく望んでいたことを口にする。

「馬車はどの道を行くんですか?」

「北方の大街道をそのまま真っ直ぐ行きます」

「分かりました。では、仲間に知らせましょう。きっと力になります」

「ありがとうございます」

 これで、マイトの陣営の護衛を取り付けることに成功した。

(護衛の人数が増えた。これでみんなの生存率が上がる……少しだけ)

 アンナの思い通りに全てが進むとは限らない。というか、進まないだろう。しかしそれでもこの賭けにでなければならない。

 マイトは話を切り替え、市井の世間話を始める。アンナは聞き流しながら、心の中で強く手を合わせる。

(どうかみんなが無事、向こうに着いてくれますように)

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