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書物の姫君  作者: 最中亜梨香
第四章
32/87

5

 昼をずいぶん過ぎた頃。

 レオは玄関前で掃き掃除をしつつ、正門の向こうをチラチラと見ていた。

(まだ帰ってこない。一体何をやってるんだろう?)

 マオがこんなに遅くなることは、今まで一度もなかった。

「ねえ、今度はクジャクを描いてよ」

「どんな鳥です?」

 居間の窓からシャロンとミアの声が聞こえてくる。

「扇みたいな羽を持つ鳥よ。青と緑色で、すっごく綺麗なの!」

「うーん……こんな感じです?」

「全然違うわよ」

 手だけはきっちり動かし続ける中、彼女の足音や馬車の音がしないかと、耳をそばたてる。

 門の向こうの道。その端に、待ち望んだ馬車の影が、ようやく見えた。遅れて馬の蹄と車輪の音。荷馬車が近づいてきて、門の前で止まった。野菜や穀物を積んだ荷台から、マオが降りる。レオは門を開けた。

「おかえり。遅かったじゃないか」

 マオはレオをちらりと見ると、横をすり抜けて玄関へ入る。

 階段からアンナが降りてくる。

「遅かったね」

「申し訳ありません」

「貴女がいない間、他の使用人が穴埋めしてくれた。あとでお礼でも言っておいたら?」

 バケツを持ったレースが台所からやってくる。マオを見ると、すぐに何事か指示する。マオは頷くと、どこかへ走っていく。

 すっかりレースは、召使いの頭としての地位を築いていた。別にレオもマオも、そのことに不満はない。彼女の方が、家事労働のやり方をよくわかっている。

 日が暮れる。ろうそくに火が灯る。

「アンナ様、夕食ですよー」

 ミアが二階へ女主人を呼びにいく。程なくして彼女は降りてきて、にわかに食堂が騒がしくなる。アンナと召使は皆、食堂に集まっている。二人で話し合いをするなら、今だ。

 レオは地下へ下りた。階段を降りきった先に、マオが壁に寄りかかって立っていた。

「一体どうしたんだ。王都で何があった?」

 マオは答えない。所在なさげに視線を彷徨わせる。

「なあ、どうしたんだ? 早く言え」

「どうしても、どう言われようとも、私はもう、神殿のことが信用できない」

 レオは鋭い目つきでマオを見る。

「どうした? 何があった?」

 マオは王都で起きたことを話し始める。神殿からの指令、練兵場の情報、西区で起きたこと。

 全部聞き終えると、レオはため息をつく。

「それだけか?」

「それだけかって、十分でしょう? 今まで祭りがあろうとなかろうと浄化は行われてきた。今年だけどうして行わないの? このままだと、邪教に魅入られる人々がどんどん増えてしまう。許されないことだ」

 マオはキツく拳を握りしめる。今にもレオに殴りかかって来そうだ。

「それは確かに変だ。だが、神官にも何か深い考えがあるのかもしれない」

「どんな考えでも、邪教を放っておくことは間違いだ」

「それはそうだが、我々は神々の剣だ。余計なことは考えるな。まずは食事をとって、それから監視だ」

「うん……」

 二人の部屋で夕食の麦粥を食べる。マオは雑にスプーンを動かし、仏頂面で粥を口に運ぶ。

(そりゃあ、僕だって納得はいかないさ。邪教のお守りを放置するとか、言語道断だ。でもそれでも、神官に反抗するのはいけない)

 ドタドタと階段を降りる足音が聞こえてくる。続いて、部屋のドアのノック音。

「どうぞ」

 マオが答える。するとミアが入ってきた。

「レオさん、マオさん。あ、ご飯中でしたか。アンナ様が呼んでます。全員に話があるって。食べ終わったら食堂に来てくださいね」

 それだけ言うと、彼女は風のようにバタンとドアを閉じた。騒がしい足音が遠ざかっていく。

 レオはマオと顔を見合わせた。

「何だろうね」

「何だろうな」

 急いで食べ終え、二人は食堂へ向かう。

 アンナ達は机を囲んで座っていた。二人を見ると、アンナは空いた二つの椅子を指差す。二人が座ると、アンナはおもむろに話を切り出す。

「ねえ、夏至祭では、各国の大神官が夏至のお祝いと祈りの言葉をこの国に送るらしいね」

 アンナが二人に視線を向ける。双子はこくりと頷いた。

「はい、その通りです」

「その文をティルクスからも出せないか、とローゼ様が考えていらっしゃってね。誰か、ティルクスの大神殿にお祭りの手紙を貰いに行ってほしいんだ」

 アンナはふふっと笑う。

 レオは先ほどマオが言った噂を思いだす。

(『アンナがティルクスから魔物召喚本を取り寄せている』……何か関係があるのだろうか?)

「いつ出発ですか?」

 レースが尋ねる。

「できるだけ早い方がいい。明日明後日にでも」

「随分急ですね」

「まあねえ。でも、夏至祭まで日が無い。急がなくちゃ。妃殿下は、馬車や道中の護衛、食料も用意してくれるらしいよ。それで誰が行くかだけど、私は誰でも構わないと思ってる」

「誰でも?」

「みんな、クロニト大神官と会ったことあるでしょう? きっと気さくに応対してくれる。特にミアは、孫のように可愛がってもらってたし。それに家族や友達と再会できる。久々に積もる話でもしてきたらどうかな。レオとマオは大神官に会えるよ。一度会ってみたいんじゃない? ああ、それに大神官に持っていって欲しいものもあるし」

「しかし、その間、屋敷のことは誰がやるんですか?」

 ミアは不安そうに尋ねる。

「残った人でやる。まあ全員が旅に出る場合は、私がやる。料理や掃除くらいはできるさ。今すぐ答えを出さなくてもいいから、行くかいかないか、決めてね」

 アンナはにっこりと笑った。

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