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書物の姫君  作者: 最中亜梨香
第三章
23/87

4

 食事会当日、アンナはお茶会の日のようにドレスの着付けをした。

 黒一色のドレスで、スカートには縞瑪瑙のビーズがついている。

 それから前と同じように化粧をして、黒い羽の髪飾りをつけた。上から下まで黒一色のスタイルだ。夜の食事会だし、これでいいだろう。

 そして、待つこと数時間。空が茜色になってきた頃、馬車が到着した。前と同じ形の馬車だ。今回乗るのは、アンナと、何故かついてくるマオである。

 馬車は夕暮れの丘を順調に走る。車内は先日と打って変わって静かだ……とアンナが思っていたら、マオが「奥方様」と話しかけた。

「先日、クロニト大神官のお話をされましたね」

「え? ああ、そうだったね」

「あれから調べました」

「へえ。それで?」

「いませんでした」

「は?」

「クロニト大神官という方は存在していません。今も昔も」

 マオはゆっくりと、そう言った。

 アンナはかぶりをふる。

「そんなのあり得ない。彼はアルケ神殿から来た人だ。他の国との合同行事にも、彼は他国の神官と参加していたし、それで問題は起きなかった。調べ方が間違っていたんじゃないの?」

「その行事とは、何の行事ですか?」

「イカリ連山の秋分巡礼。去年も行ってた」

 マオは口を閉ざした。

 イカリ連山の秋分巡礼は、最も有名な巡礼の一つで、兼、各国の王と大神官が集まる会談の場だ。

 そこに偽物が混じることなどできない。アンナはそう言いたいし、マオもそのことを分かっている。

「もう一度、調べ直してみた方がいいよ」

 馬車が王宮の正門前で止まる。

「……ああ、もう着いた。続きはまた後で」

 夜の王宮は、大きな篝火がたかれ、多くの馬車がある。城の中では宴会が行われているのだろうか。玄関の前には、使用人がずらりと並び、アンナの来訪を待っていた。

(今回は正式な客として扱われるんだね)

 中に入ると、立派なシャンデリアが輝く大広間だ。しかし、シャンデリアのろうそくが照らすものは、黒い絨毯と白いタペストリーのみ。ひどく味気ない。少し遠くから、誰かの笑い声や笛の音が聞こえてくる。

 使用人の案内に従い、中央の階段を上り、廊下を歩き、ある部屋に入った。入った途端、中にいた先客の視線が一斉にアンナに集まる。半分好奇心、もう半分は侮蔑心。

 アンナは微笑むと、一歩足を踏みこむ。お茶会の部屋と同じくらいの広さだ。白い長テーブルと、黒い椅子。先に来ていた客人は六人。全員女性だ。椅子に座ったり壁際に立ったりと、各々くつろいだ様子だ。

「初めまして。貴女がティルクスからいらした方ですか?」

 入り口に近い場所に立っていた女性が、アンナに話しかける。

「はい。アンナと申します」

「私はマリー・ベルーネと申します。貴女がシャロン様の看病をなさっているとうかがい、一度お目にかかりたいと存じていました」

「ありがとうございます」

 シャロンが屋敷にいることは周知されているらしい。

「みなさんの紹介をいたしますわ。こちらの方は──」

 ベルーネ夫人の口から、とうとうと人名が流れてくる。聞いたそばからアンナは忘れる。人の名前を覚えるのは苦手なのだ。

(レースがここにいればなあ)

 心の中でぼやく。

 そうこうしていると、一人の使用人が入ってきた。

「まもなく妃殿下がいらっしゃいます」

 部屋に緊張が走る。客人は急いで席についた。アンナも指定された座る。上座の、ローゼの席に近い場所だ。

 そして数分後、ローゼがゆっくりとやってきた。

「皆様、ようこそお越しくださいました。ここに集まってくださったことを嬉しく思います。さて、今日は王族の新たな一員を紹介します。ディーロの妻、アンナです」

 アンナは席を立ち、改めて自己紹介をする。その後、ベルーネ夫人をはじめ他の人々も、改めて自己紹介をした。その後、待ちに待った食事が次々と運ばれてくる。

 まずは白パンが入ったかご。続いて、大皿に乗った鹿肉のあぶり焼き。テーブルに置かれた瞬間、ハーブの匂いがふわりと香る。そして透明なガラスの器に注がれるぶどう酒。口の中に唾が広がる。

「友好の証に」

 ローゼの乾杯の合図で食事が始まった。アンナはかごからパンを取り、バターをつけて一口食べる。

(ふわっふわ! どうにかして持って帰れないかな)

 しかし人が見ている手前、こっそりポケットに入れるわけにもいかない。渋々諦めつつ、鶏肉に手を伸ばす。ナイフで切り分け口に運ぶ。噛むたび、鼻の奥にすっきりした香りが広がる。この料理の半分は香りでできているに違いない。

「今日の鹿肉は、狩りでベルーネ伯爵が仕留めたものです」

 ローゼが言った。アンナの斜め左前に座っているベルーネ夫人に視線が集まり、拍手が送られる。彼女はにこやかな笑みを浮かべた。何のことだろう、とアンナが戸惑っていると、ローゼが王家伝統の初夏の狩りがあったと教えてくれた。今夜は城の別の部屋でその宴会も行われているらしい。

「ありがとうございます、妃殿下。夫は今日の狩りで腕前を示そうと、今まで弓矢の練習をしてまいりました」

「なるほど。そちらの領地の様子はいかがですか?」

「順調ですよ。作物もすくすく育っています。ただ、十日前に大雨が降り、街道のゴール橋が落ちてしまいました。他の地域でも氾濫による水害が発生しています。今はその復旧に取り組んでいるところです」

「修理費をこちらから出すよう取り計らいます」

「ありがとうございます」

 室内が静かになる。雰囲気は重く堅苦しい。何か話した方がいいのだろうか、とアンナが考えていると、ローゼが口を開いた。

「ところで、夫の暗殺の件ですが」

次回は9月27日予定です。場合によっては前倒しする可能性があります。

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