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書物の姫君  作者: 最中亜梨香
第三章
20/87

1

 食事会の手紙を貰った、次の日。

 アンナはドレッサーの前に座っていた。ぼーっと前方に顔を向けたまま微動だにしない。白紙の束と鵞ペンが無造作に置かれている。

(捕まった妖精が魔法の壺に入れられて、ぐったりしているところを親切な人間に助け出される。それでローゼは何を話すんだろうか。食事会には何人集まる? 妖精はその人間に更に悪戯を仕掛けて、彼の大切なロバを奪う。食事会には何を着ていこうかな)

 食事会と小説で思考が大混線している。混雑したまま、アンナはどんどん思考を進める。

「シャロンさまー!」

 外にいるミアの声に、アンナは絡まった糸から脱出した。

「シャロンさまー、待って!」

 アンナは窓を少し開けた。塀の横を、シャロンが笑いながら走っていく。昨日あれほどブーたれていたシャロンだったが、早くもここの暮らしに慣れてきたようだ。

(ミアなら良い遊び相手になるだろうし、良かったね)

「メモ帳を返してください!」

 窓を閉めようとした手が止まる。身を乗り出し、シャロンの背中を目で追いかける。彼女の右手で、紙の束がヒラヒラしている。

(あの馬鹿!)

 アンナの顔が一気に険しくなる。素早く部屋を出ると、階段を駆けおり、外へ出た。ちょうど走ってきたシャロンの前に立ちはだかり、メモ帳を奪い取る。息を切らしたミアに、メモ帳を渡す。

「あ、ありがとうございます」

 アンナは地面にかがみ、シャロンと目線を合わせる。

「仕事の邪魔をしてはいけません」

 最初は、身分の高い王女だし、機嫌を損ねたらマズいと思って接していたが、そうするとシャロンのわがままがエスカレートする。

『叱ってもいいよ。あの子の言うことをそのまま聞いてたら、この家は崩壊してしまうよ』

「王家との関係が悪化しませんでしょうか?」

『ぶったりするとマズいだろうけど、機嫌が良い時には、ちゃんと言えば聞いてくれると思う』

 ディーロの助言に従い、アンナは務めて穏やかな声で言う。

「ミアはメモ帳がなければ、仕事ができません。彼女から手帳を取ってはいけません。それに、ミアは仕事中です。遊びの時間ではありません」

 シャロンはムスッと膨れた。

「何が書いてあるのか気になっただけよ」

「だったら一言尋ねたらいいだけでしょう」

「ミア、それには何が書いてあるの?」

 ミアはメモ帳をパラパラとめくった。

「今日やることとかをメモってありますよ。『昼食。水を汲む』ってありますから、今から水を汲みに裏の井戸へ行くところです」

「いつもそうやってメモってるの?」

 マオに聞かれ、ミアはえへへと笑い声を立てる。

「私、言われた事を覚えていられないので、こうやって書いてるんですよ」

「文字が読めるの?」

「ええ、アンナ様に教えてもらいました」

「何か書いてみてよ」

 アンナはこほん、と咳払いをする。

「シャロン様、ミアは仕事中ですから、仕事が終わった頃に遊んでもらったらいかがでしょうか?」

「仕事が終わったら書いてるところ見せて?」

「はい、わかりました!」

 ミアはポケットから、インクつぼと鵞ペンを取り出した。右手にメモ帳とペンを持ち、左手で鵞ペンを持つ。片手で器用につぼの蓋を開けると、ペン先をインクに浸し、メモ帳にメモする。『仕事が終わったら文字を書いているところを見せる』と。

「それでは、失礼します」

 ミアは走り去った。

「メモするところが見れてよかったですね」

 ミアの背中を見送り、アンナは言う。

「左手でペンを持つのね」

「あの子は左利きですね」

「へえ」

 早くもシャロンは興味を失ったようだ。彼女のほっぺたには、暇、とそのほっぺたに大きく書かれている。

(まあ、うん。気持ちは分かるけれど)

 ここには本も何もない。同年代の子どもいなければ、外に遊びに行くこともできない。

「お絵かきや作文でもしますか? 紙とペンならありますよ」

「ヤだ。何か図鑑とか何かないの?」

「図鑑はないですね……」

 印刷技術が広まった世の中でも、図鑑はまだまだ高価だ。発色の良い、綺麗な絵を印刷する技術がないからである。だから職人が一枚一枚手書きで絵を描かなければならない。貴族や王族が大金を払って買うものだ。

(食事会でローゼに頼んでみるか。他にもカードとかチェッカーとか、おもちゃをもらってこないと。このままじゃあの子が何をしでかすかわかったもんじゃない)

 ため息をつくアンナ。気がつけば、シャロンはもう隣にいない。もうどこかへ行ってしまったようだ。

(部屋へ戻るか)

 アンナは屋敷の中へ戻る。

 一方、シャロンはブラブラと外を歩き回っていた。

(ヒマ。とにかく、ヒマ)

 庭を作っているヨールの横を通りすぎ、高い塀に沿って歩く。壁はツルツル、上るための足掛かりもない。

 シャロンは壁を軽く触りながら屋敷の北側へまわる。ひょろひょろした雑草と裏門、トイレ、それから屋敷にへばりつくようにして物置が立っている。

(何かないかしら)

 シャロンは物置に入った。

 薄暗い。臭い。埃っぽい。そこらじゅうにガラクタが積まれている。古い家具や板、大きな袋、よく分からない何か。

 シャロンは家具の隙間を通り抜け、大きな袋によじのぼり、埃まみれの床を歩く。物置はそれほど広くなく、すぐに部屋のすみに行き着く。シャロンはパタパタとスカートの裾をはたきながら、壁に寄りかかった。

 すると、壁がギィ、と軋んだ。

(あら?)

 壁をコンコンと叩く。向こう側は空洞のようだ。他の部分を叩いてみる。今度は鈍い音がする。

(ここだけ違う?)

 シャロンは目をこらす。

 一見、ただの壁に見える。しかし、どうもそこだけ色が違うし、色の境目に細い溝がある。

(もしかして、ドア?)

 壁を押してみる。多少動くが、何かつっかえている感じがある。小さい小さい、小指の先よりも小さな鍵穴だ。

(この鍵、どこにあるのかしら? アンナ達が隠してるの?)

 胸の中で、モクモクと楽しい気分が湧いてくる。

(鍵を見つけよう。そしてここから出て、探検するのよ!)

 シャロンの唇がにんまりと曲がる。そしてフフフ、と笑ったのだった。

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