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書物の姫君  作者: 最中亜梨香
第二章
19/87

9

 夜間、シャロンは何度か目を覚まし、その度に薬を飲ませなければならなかったが、朝には落ちついた。レースが用意した黒パンを静かに食べた。

 その後、メディ医師がやって来て、シャロンを診察した。

「症状は良くなりましたね。このままいけば、すぐ元気になれますよ」

「ホントに?」

 シャロンは顔を輝かせた。そばで話を聞いていたアンナや使用人達もほっと胸を撫でおろす。

「ただ、もうしばらくはこの屋敷で療養していただくことになりますが」

「え?」

 シャロンの口がへの字に曲がる。

「私、帰れないの?」

「申し訳ありません、シャロン様。現在、王宮は騒がしく、療養に不向きなのです」

「えー……」

 王宮が恋しいというより、自分の思い通りにならず不満たらたら、という顔だ。

「そういうことであれば、この屋敷で引き続き看病しましょう。シャロン様、あと少しの辛抱ですよ。体調が万全になるまでです」

「やだ」

「お医者様の言葉は聞かないといけません。またぶり返したら大変ですよ? しっかり休めばすぐ帰れます」

「やだ」

 ぶすくれるシャロン。アンナはもう放っておくことにし、部屋を出た。すると、医師も一緒に部屋から出てくる。

「で、本当のところは?」

 アンナは尋ねた。

「嘘は申しておりません。実際まだ帰るには身体が弱っています。それに、王宮へ戻られたら、また神官に飴を食べさせられるかもしれません。そうなったら逆戻りどころか、ますます症状がひどくなるでしょう」

「なるほど。でも、ここにも神官兵がいますよ」

 そう言い、アンナは階段に視線を向ける。階下では双子がアンナの朝食を作っているはずだ。

「ここへ届ける荷物はこちらで監視できます。双子の動向もね。まだ安全です」

「離宮は? 山と海に離宮がありましたよね」

「道中が危険です。盗賊、追い剥ぎ、それを装った神官兵。何が出てくるか分かりません」

「あ、なるほど」

 部屋からシャロンの叫び声が聞こえてくる。声を聞いていると、飴の毒の効果ではなく、単なる普通の癇癪を起こしたらしい。アンナは部屋に戻り、怒りや困惑を通り越し、疲労と虚無の地に到達しているミアとレースを下がらせた。

「気を沈める薬を用意しましょうか?」

「いいですよ。癇癪中に飲んでくれるわけないですから。ああやって放っておくのが一番です」

 アンナは苦笑いを浮かべた。

「さようですか。では、そろそろ失礼します。今度は三日後に参ります。ああ、でもその前に」

 医師は懐から一通の封筒を取りだした。

「こちらをどうぞ。王妃からです」

 上質な羊皮紙に流れるような文字で「夫人へ」と書かれている。裏には赤い封蝋。

「それでは、私はこれで」

 医師が去った後、アンナは自室で封蝋を剥がし、手紙を広げる。

『アンナ様

 シャロンの命を救ったこと、大変感謝します。

 お礼に、週末に開く食事会にご招待します。

 少人数で集まるささやかな食事会ですが、是非ご参加ください。当日の夕方、馬車をそちらへ送ります』

 三回繰り返して読むと、手紙をポケットにしまった。

 王妃ローゼ。お茶会の時、自身と子どもの紹介だけした後は、黙りこくっていた人物。

(まさか、ただご飯を食べて終わりってわけじゃないでしょ。絶対に何かある)

 これをきっかけに、ローゼと良い関係を築くことができたら、とりあえずは安心できる。

 アンナはディーロの部屋へ行き、ドア越しに食事会の話をした。

『それ、大丈夫か?』

「まあ危険がないわけではありませんが。でも、ローゼ様とそれなりに仲良くした方が、この先何かと良いでしょう」

『いや、そうじゃなくて。また髪の色や出身のことをとやかく言われるぞ』

 出てきたメモを見て、アンナから笑みがこぼれる。

「ありがとうございます。大丈夫です。そのお気遣いだけで、何を言われても平気です」

『そうか。気をつけて』

「はい」

 マオがアンナの朝食を持って階段を上がってきた。アンナは軽やかな足取りで自室に戻った。

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