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書物の姫君  作者: 最中亜梨香
第二章
17/87

7

 アンナは二階の廊下を歩きながら考える。

(あの人はこの国の現状をどう思ってるんだろう。まさか殿下までバカ神官どもの信者じゃないよね? そうじゃないといいんだけど)

 アンナはディーロの部屋のドアをノックした。

「殿下。シャロン様が神官に毒をもられました。今は眠っています」

『大丈夫なのか?』

 早速、紙が出てきた。まるで部屋の外の様子が知りたくて、ドアの前でヤキモキしながら待っていたかのようだ。

「それは分かりません。私は医者ではありませんから」

『ならば、医者を呼ばないと』

「私はこの国の医者について知りません。殿下は誰か良い医者をご存知なんですか?」

『知ってるけど、父上がよこしてくれるとは思えない』

「なぜ?」

『僕のことが嫌いだから。きっと聞いてくれないよ』

「ローゼ陛下はどうでしょう。お茶会でお会いした時、陛下ほどこちらを嫌っているようには見えませんでしたが」

『誰も、僕の言うことなんか聞いてくれない』

「私の言うことも聞いてくれませんよ」

 アンナはそう言うと一旦言葉を切り、息を吸った。

「殿下。シャロンは死にかけています。一刻も早く、医者を呼ばなければなりません。分かりますか? ここでアレコレ言ってる暇はないのです。誰がどれほど嫌おうと、貴方は正真正銘本物の王子で、シャロン様は本物の王女です。貴方が手紙を書き、呼べば来てくれるでしょう。まともな医者の当てはないのですか?」

 返事は出てこない。アンナはドアと、ドアの先にいるはずのディーロをじっと見つめ、辛抱強く待つ。そうしていると、ようやく紙が出てくる。

『分かった。今から書く』

 ようやくアンナは微笑みを浮かべる。

「ありがとうございます」

 そこからさらにしばらく待ち、アンナはディーロの手紙を受け取った。手紙をシャロンの護衛の騎士に渡す。馬車はすぐに王都へ帰っていった。

「本当に手紙は届くのでしょうか?」

 ヨールはアンナに問う。

「届くと思うよ。届かなくても、王女がいつまでたっても帰ってこなかったら、誰もが不審に思う。だから無視はされないだろう」

 ヨールの顔は曇ったままだ。

「医者に扮した暗殺者が来たらどうします?」

 アンナは無言でポケットから封筒を取り出す。

「殿下は二通用意してくださった」

 ヨールは目を丸くする。

「一通はさっきの騎士に渡したけど、もう一通はここにある。これを、ネラシュ村の人間に届けてもらうんだよ。王家の一大事とあれば、彼らは全速力で王宮へ向かうだろう。だからヨール、今すぐこれを村長へ届けて」

「レオとマオが良い顔をしないでしょう」

「こっちで押さえておく。急いで行ってきて」

「かしこまりました」

 アンナは双子を連れ、シャロンの部屋に入った。その間にヨールは塀をよじ登って屋敷を出た。

 シャロンの症状は芳しくない。冷や汗をだらだらとかき、目はぎょろぎょろと動いている。飴が欲しいと弱々しく、あるいは乱暴に訴える。

「一粒くらい食べさせたらどうでしょうか」

 マオの問いにアンナは首を横に振る。

「レオ、これを下に運んで。新しいのを持って来て」

 レオが清潔な布を持って帰ってくる。マオはシャロンの身体をふく。アンナはその隣で、カップに水を入れ、シャロンに飲ませる。

 日が陰り始めた頃。ようやく、外から馬車の音が聞こえてきた。アンナはすぐに窓に駆け寄った。

 丘を登ってきた馬車は、非常に立派な仕立ての四頭馬車。側面に王家の紋章が描かれている。馬車は正門で止まった。一人の痩せた老人が降りてくる。

 ミアを呼び、似顔絵を描かせる。それをアンナはディーロの元へ持っていく。

「これが誰か分かりますか?」

『メディさんだ。医者だよ。小さい頃、風邪で熱を出すとすぐに来てくれた。彼が来たんだったら、ひとまず安心だ』

 アンナはよっしゃ! と小声で叫んだ。

 メディ医師は出迎えた黒髪の女主人を見ても驚かず、すぐにシャロンを診察した。

「明後日まではこの状態が続くでしょう。どれだけ懇願されても、絶対にメヤキの汁を与えないでくださいね。暴れるようでしたら、この薬を飲ませてください。そうすれば落ち着くでしょう。あとは、今まで通り水をたくさん飲ませてください」

 医師はアンナに薬の入った巾着を手渡した。そして、アンナの耳元で囁く。

「それから、メヤキのことを毒だと口外しないように。神官に消されますよ」

 声音に恐怖が混じっている。

「ありがとうございます。あの、また来てくださいますよね?」

「もちろん。明日の朝、様子を見に伺います」

 医師が乗った馬車を、アンナは玄関から見送った。

 いつの間にか帰ってきたヨールが、アンナのそばにやってくる。

「どうにかなりそうですね」

「まあね。今から大変だと思うけど……」

「そうなんですか?」

「うん。大神官の言葉が確かなら」

 アンナはため息をついた。

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