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書物の姫君  作者: 最中亜梨香
第二章
12/87

2

「お茶会でも申しあげましたが、服の大きさがあいませんよ。王家の仕立て屋にお願いするのはどうですか?」

 アンナはできるだけ優しい口調と笑顔を作って、そう言った。

 お茶会、と聞いてレースが固まる。相手が王族だと知ったのだ。

 そう、彼女はあのお茶会でアンナの髪やドレスを引っ張った幼い王女である。

(名前は──なんだっけ)

 王妃が紹介していたが、途中から全然聞いていなかった。

「仕立て屋はもういるわ。大人のドレスも私に合わせて直してくれるわ。だからちょうだい」

 何が『だから』なのか。話が通じない。

 騒ぎを聞きつけたミアとヨール、レオもやってくる。何事かと、不安そうだ。

(ああ、駄目だ。ここであげないと、この先どうなるか分からない。私の後ろには使用人と故郷がある。ここは王女の機嫌をとるしかないか……)

 苦渋の決断を下そうとした、その時。

「駄目です。あれはアンナ様の大切なドレスです。貴方にはあげられません」

 ミアは堂々と言い放った。

「はあ? 私が言ってるのよ。さっさとよこしなさい」

「アンナ様の大事なドレスです。渡せません!」

「はあ?」

「ミア、下がりなさい! 王女様、申し訳ありません。すぐにドレスを──」

 アンナがどうにか取り繕うとするが、王女の怒りは止まらない。

「よこしなさい! この腐れ髪!」

 眉間にシワを寄せて王女は叫ぶ。アンナは図書館で働いていた頃を思いだした。いつも文句ばかり言ってくる、欲深な老女がこんな顔をしていた。

(そういやあの婆さんとミアも、よく喧嘩してたな……)

 遠い目をするアンナ。

「その通りです。シャロン様、お引き取りください。ドレスは渡せません」

 レオとマオはシャロンの両脇に立ち、彼女を引きずり、門の馬車へ連れていく。王女が乗ると、馬車はすぐに走り去った。

 屋敷に、平穏が戻ってくる。

「何とまあ、元気のいい」

 レースが呆れかえっている。

「あの人は誰なんですか?」

 ミアの問いに答えたのはレースだった。

「王家の末の王女、シャロン・リリアン・デ・エレア様よ。ミア、あんな風に突っかかってはいけませんよ」

 レースの鋭い眼光がミアに刺さる。

「え? でも王女だからってあんなの──」

「駄目です。王女であろうとなかろうと、我々がああいう態度をとってはいけません。この屋敷の主人は、殿下とアンナ様です」

 ミアはしゅんとする。

「……はい」

「全く。どうします? アンナ様」

 アンナは苦笑いする。

「どーしようかな。何かお詫びの手紙でも書こうか」

 とはいえ、どんな手紙の文面を書けばいいか、アンナには思いつかない。

(拝啓 王女様。この前は使用人がご迷惑をおかけしました……あれ、王女の名前ってなんだっけ)

 そこまで考えた時、レースが彼女の名前を言ってたことを思い出した。

「レース、あの王女の名前、知ってるの?」

 レースは再び呆れ顔になる。

「王家の方々のお名前を覚えてらっしゃらないのですか?」

「聞いたけど忘れちゃった。あーでも、王の名前はシャミエルだ。変わった名前だから頭に残ってる」

「それではいけませんよ。ちゃんと覚えないと」

「気が向いたら覚えとく」

 レオとマオが馬車から戻ってくる。

「大変だったようだね」

「まさか突然来られるとは思っていませんでした」

 彼らの顔にも疲れが見える。

「ところで、君達もあの王女を追い出していたよね」

「え?」

 アンナは冷ややかな目で双子を見つめる。

「確かにあの方はわがままで面倒な人だったけど、それでも、どうして勝手に追いだそうとしたわけ? 私は追い出せとも何も言ってないのに」

 双子は答えない。

「あなた方は理由をつけて私達を外に出そうとしない。外の人間をここに入れようとはしない。これって幽閉だよね」

 再び無言。

「ねえ、あなた方は誰に何を命令されているの? 私をどうしたいの? それくらい教えてくれたっていいと思うんだけど」

 別に出るなと言うのなら、それでも構わない。国王の命令に背くつもりはない。しかし、理由も教えずただ命令されるのは、気分がよろしくない。

「私共はただ、奥方様の安全をお守りせよと仰せつかっているだけです」

 レオが言った。

「誰にそう言われたの?」

「私共はただ、奥方様の安全をお守りせよと仰せつかっているだけです」

 今度はマオが言った。

「まだ同じこと言うわけ?」

「私共はただ、奥方様の安全をお守りせよと仰せつかっているだけです」

「私共はただ、奥方様の安全をお守りせよと仰せつかっているだけです」

 二人は無表情で繰り返す。アンナの背筋に寒いものが走った。

「もういい。本当のことを話すつもりがないってことはよーく分かった。出るなというなら出ませんよ。はいはい」

 アンナは踵を返し、二階へ上がった。他の三人はそれぞれ持ち場に戻る。彼らの背中を、双子達は瞬きもせずに見つめていた。

 翌朝。

「今日こそドレスを渡してもらうわよ! 出てきなさい!」

 大音声が響き渡る。アンナは寝巻き姿のまま寝室から飛び出した。階段を駆け下り、声の主を探す。

 一階の勝手口の前に、シャロンがいた。

「どうやって入ってきたんですか」

 彼女は胸を張って答える。

「馬車で来たの! 見張りは倒したわ!」

 レオとマオが勝手口からやってきた。

 二人とも全身が泥まみれだ。髪にも顔にも服にも脛にも。上から下まで泥んこである。

 よく見れば、シャロンの手も汚れている。

「泥団子?」

「そうよ! さっさと渡さないと、あなたにも投げつけるわよ! まだまだあるんだからね!」

 アンナは肩を震わせてクツクツと笑いだした。次第に声は大きくなり、最後は手近の机を叩きながら大声で笑いだす。双子はむすっとしている。

「えーと、ちょうどお菓子が焼きあがったところです。よかったらいかがですか?」

「え、お菓子?」

 そこに、騒ぎを聞きつけたレース達がやってくる。双子の姿を見て思わず吹きだし笑いだす。

 その日、シャロンはたらふくお菓子を食べ、満足して帰ったのだった。

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