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書物の姫君  作者: 最中亜梨香
第一章
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7

こちらの不手際により、14時予約投稿の設定がなされていませんでした。すみませんでした。

 深夜。

 アンナ達がすやすやと眠っている頃。王宮の秘密の部屋では、高位の神官達が会議を開いていた。

「レオとマオの報告によると、アンナは書物に強い興味を示すが大人しく、危険性は低いとのことです」

 長テーブルの下座に座る神官のうち、一番若い者が報告する。

「しかし、マイトと接触したらしいじゃないか」

 上座に座る神官の一人が渋い顔をする。宝石をちりばめた、凝ったつくりの長衣を着ている。

「彼女はマイトと馬車で店に行き、食事をしたそうです。店の間者が言うには、特に怪しいことは無かった、と。その後王宮に戻り、マオの用意した馬車で帰ったらしいです」

「店を行き来するときに使った、マイトの馬車の御者は?」

「何も聞いていないそうです」

「そこを聞かないと駄目だろうが!」

 上座に座る、年老いた神官がドンと拳で机を叩く。

「申し訳ありません。しかし、御者は酔っ払っており、金を握らせても殴っても、ホラをふくか、知らない聞いてないと言うばかりでして」

「何とかして彼に間者をつけられないものか」

 上座に座る、別の神官が言った。

「彼は馬車に乗る時、毎回違う貧民を雇います。旅をする時も関係のない商人の荷馬車に乗せてもらうばかりです。彼に近い位置に間者を送りこむのは厳しいです」

「大学は?」

「数名送りました。しかし入学試験のレベルが高すぎてほとんどの者が入学すらできず、どうにか入学できても授業が難しくてついていけず、月一の試験に連続で落ちて退学させられました」

 誰かが舌打ちを打った。間者のレベルが低いことではなく、大学という敵の強大さに腹がたったのである。

 大学とは南方連合が建てた学術施設という名前の、邪教の施設だと神官は見なしている。神を否定する研究を行なっているからだ。

「女はどうだ? 奴は娼館に入り浸っているだろう」

「彼のお気に入りの娼婦に金を握らせていますが、重要な情報は全くといっていいほど入ってきません」

 部屋に沈黙が落ちる。たった一人の反乱分子に対し、何の情報も探り出すことが出来ない。神官としてあってはならない事だ。

「とっとと殺しちまえばいいんだ」

「それも以前失敗したでしょう」

 再び沈黙。

「……仕方ない。引き続き監視を続行しろ」

 苦々しい声で老神官が言った。「かしこまりました」と、若い神官はうやうやしく礼をし、部屋を出た。



 さて、神官達が薄暗い部屋で会議している頃。マイトは、城下の花街にある娼館「水面上の白百合」で、愛人その十四・十五と遊んでいた。

 しかし突然、ドアがノックされ、向こう側から男の声がした。

「マイト様。お時間でございます」

 マイトはため息をついた。

「すまない。もう行かないと」

「ええー……」

 女達は肩を落とす。

「一年ぶりに会えたのに、もうおしまいなの?」

「寂しいわ。行かないでよ」

「今回は休みを長めにとったんだ。だから明日も明後日も来るよ」

 マイトは二人の額にキスをする。

「絶対に来てね」

「ああ、もちろん」

 服を着て部屋を出る。廊下を歩く従業員の男の後をついていく。

 娼館は特殊な店だ。客は密室空間に通され、そこで何を話しているのか、女達や館の主人が口外しない限りは外に伝わらない。

 よって、娼館はしばしば密会の場所として使われる。

「こちらでございます」

 廊下を右に左に曲がって到着したのは、鉄のドアの前だ。従業員が去った後、マイトはドアをノックする。覗き窓が開き、二つの目がマイトを見る。

「今夜は特別なグラタンだ」

「赤にんじんを添えて……入れ」

 ドアが開いた。中には十数人の男達がいた。椅子に座っているものもいれば、壁にもたれて酒を飲んでいる者もいる。

「よお、マイト。調子はどうだ」

 部屋の最奥に座っている、禿頭の男が言った。

「順調だよ。東方の火薬屋と話がついた。あとは運搬ルートだね」

「それは何とかできる。昔俺たちが使っていた本の運搬ルートがある。皆仕事を無くして恨んでいるんだ。喜んで協力してくれるさ」

 男の言葉に、その場にいる皆が頷く。

 マイト以外の男達は全員、元書籍商あるいは作家である。苛烈な検閲と本の流通の制限により、職も地位も金も失ったのである。当然彼らは怒り狂った。是が非でも王と神官を討ち倒したいと、爪が食い込むほど拳を握りしめた。しかし金も何もないので、安酒を煽って憂さ晴らしをするしかなかった。

 だがそこに、マイトが帰ってきた。昔からあちこちの本屋に通っていたマイトは、落ちぶれた書籍商と再会し、衝撃を受けた。そこで彼らが描く革命に、金と知恵を貸すことにしたのである。

「それは危ない。書籍に関わっていた者は全員監視されているはずだ。もっと安全な道を考えた方が良い」

「安全って、例えば?」

「ディカ山脈を越えるか、エメル川とサフィ川を舟でいくか、だな。それとティルクス経由も考えている」

「ティルクス? 遠回りじゃないか?」

 誰かが言った。

「ああ。でも最近弟に、ああ引きこもってる方の弟だが、ティルクスの王女が嫁いできたんだ。弟も王女も蔑まれているが、監視がゆるい。うまく彼女を味方につければ、楽に運べる」

「その王女が裏切るかもしれないだろう」

「それはない。彼女は故郷で図書館長だったんだ。本の価値を知ってる」

 一同、沈黙する。やがて、誰かが口を開いた。

「聞いたことがある。アンナだかハンナだか、ものすごい変わり者がティルクスにいるって。そいつに俺達のことを話したのか?」

「いや、まだだ。今日は会って話をしただけさ。とても楽しかったよ。幾何学の話を真剣に聞いてくれたんだ」

「それ本当か? 適当に相槌打たれてただけじゃないのか?」

「ホントホント! やっぱり本を読んでる人は違うなーって思ったよ!」

 一同、再び沈黙。古い友人である彼らは、彼のうんざりする長話に散々付きあわされてきた。

(その王女、適当に相槌を打っていただけじゃないのか?)

(あんな話を聞かされたんじゃ、絶対協力してくれなさそう)

 みんなが心の中でため息をつく中、マイトはまた科学の話をし始める。心なしか、肌がツヤツヤだ。

「ティルクスもいいが、他のルートも考えておいてくれよ。銃も運ばないといけないんだからな」

 禿頭の男は、どうにかそれだけ言った。マイトはもちろん、と大きく頷いた。



 マイトが娼館で話をしている頃。王の妃、ローゼは私室でカリカリと爪を噛んでいた。

 広い部屋の中、明かりは机の上のろうそく一本のみ。侍女はいない。部屋にはローゼ一人だけだ。

(どうにかしてあのクソ夫を殺せないものか……)

 ここ数年、ローゼはそのことばかり考えている。

 ガサツで頭が悪く、怒鳴り散らしてばかり。その上神官の言葉は神々の言葉と言わんばかりに盲信している。

(今日のお茶会も最悪だった。やってきた腐れ髪の女がどんな顔なのか一応見ておかないと、と思って開いたのだけど、最悪だった)

 それに王は怒鳴り散らすわ、マイトは乱入してくるわ、歴史に残るひどいお茶会だ。女も何だか腹がたつ目でこっちを見てくるし、気に入らない。

(まあ腐れ髪はどうでもいい。もう二度と会うことはないんだ。それよりも暗殺だ、暗殺)

 ローゼは机の引き出しの鍵を開け、中から小さな小瓶を取り出す。一見香水に見えるそれはトリカブトの汁だ。

(本当は今日のお茶会で使いたかったんだが、神官の守りが固くて隙が全くない。神官どもを先に殺れば……いや、全部失敗したじゃないか。何を考えているんだ)

 暗殺者は全員捕まり処刑され、神殿に火を放って神官を殺しても、すぐに代わりの神官が王を操り始める。

(王を殺らなければ。私がこの国を支配するのだ。なあに、まだまだ機会はある。ほら、夏至祭とか絶好のチャンスだろう……)

 小瓶をいじりながら、策略を巡らすローゼであった。

来週からは週末更新になります。

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