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楯無明人/未来よりの使者~次代の『C』~

 平常心を取り戻した花飾りの女性は、俺たちに向けて名を名乗った。



「私の名前は、アリシア。アリシア・C・オーレリアです」


「アリシア……」


「はい。親しい人、主に女性からですが、『アリス』と呼ばれています。世界を救済すべく、七年後の未来からやって参りました」



 アリシアと名乗った女性は、俺たちに順番に視線を向けてそう言った。


 見れば見る程、その容姿が母さんに似ている。いや、あのキリッとした眉毛は親父似か?


 いやそんなことより『未来から来た』だって?


 花の髪飾りと魔剣グラム――――疑う余地もねぇが、一体どうやって?


 一方、親父はすんなりとアリシアの言葉を飲み込んだようだ。



「世界の救済か……。聞きたいことはあるが、取り敢えずは……よく来てくれたな、アリシア。今はゆっくり休め。話はそれからでも遅くはない」



 親父はアリシアの頭に右手を添え、撫でた。



「ちちっ……うえ……」



 アリシアの目にまたもや大粒の滴が溜まっていく。



「父上っ……ちちうええぇー……っ!!」


「ここまでの道のりは楽なものではなかったのだろう」


「はいっ。すごく、すっごく……辛かったです」


「そうか。よく、頑張ったな」



 親父はアリシアを撫でながら、イリスに視線を向けた。



「イリス、頼みたいことがある。王の間にいるみんなをここに集めてくれないか? 情報を共有したい」


「かしこまりました、シグルド様」



 イリスさんはぺこっとお辞儀をして部屋を出て行った。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「「「未来から来たぁあああああっ!?」」」



 口調こそ違えど、仲間の反応はおよそその様な感じだった。


 タイムマシンがある異世界ならまだしも、そんなものはこのグリヴァースに存在しない。ルミナさんなら作ってしまいそうな雰囲気はあるが、真相は果たして……?



「時間を遡ることの出来る特別な転移門を潜って来たのです。考案者は――――」



 アリシアが話した真相を聞いて、初めに口を開いたのはマドカだった。



「アリシアと仰いました? ひとつお聞きしたいのですけれど」


「はい、マドカ様。あと私の事は『アリス』で構いません」


「様……? 七年後の未来で私はそう呼ばれているのですわね。では、アリスにお聞きしますわ」


「はい、どうぞ」


「未来から過去へ転移する術式を考案したのは『未来のイスルギ・マドカ』で間違いはないのかしら?」



 アリシアははっきりと首を縦に振った。



「はい。マドカ様は未来において『時空間魔術のスペシャリスト』として名を馳せておいでです。そちらのカヤ様と口論が絶えない間柄ではあるものの、日々共に研究を重ねて編み出した、と聞いています」


「ふぅん、そうですのね」



 マドカはカヤをちらっと見て納得したように頷いた。


 その何か言いたげな視線が気になったのか、カヤが返す。



「気になる眼差しね」


「いいえなんでも。実は、最近『時間の超越』に関して研究を始めたのですけれど、近いうちにあなたの意見を聞こうと思っていたのですわ。アリスの発言と辻褄は合うなと」


「なぜ私に?」



 何故か照れだすマドカ。



「いっ、言わせるおつもり?」



 なんだお前もツンデレ枠なのかよ。カヤの能力は認めてるって素直に言えば良いじゃねぇか。


 カヤはさも興味なしと言わんばかりに、さらりと話をまとめる。



「……いいえ結構よ。従姉同士は助け合うものですものね。それはさておき、アリス。あなたを過去に転送するための転移門を開いたのは未来の私――――それに間違いはないのね?」


「はい」


「その目的は? 自分で言ってはなんだけれど、私が非戦闘員である七歳の子供を過去に送るという危険な手段を取るとは思えないわ。そうせざるを得ない程の理由があったのかしら?」



 アリシアは一度その時の光景を想起するも、小首を傾げた。



「私が『クロノス』だからとしか……。その理由も聞いた気がしますが如何せん九年も前の事なので……。もう少しだけ思い出す時間を下さいませんか?」


「えぇ、それはもちろん。ごめんなさいね、焦らせてしまって。ゆっくりで良いわよ」


「すみません。他の皆さんも何かご質問があれば――――」


「待て、アリシア」



 親父がアリシアの言葉を遮った。



「無理をするな。今のお前に必要なのは休息だ。明日また皆で集まる。その時に改めて説明を頼む」


「父上……。お気遣い痛み入ります」



 ベッドの横にいる母さんが親父に言う。



「ねぇシグルド、私は――」


「ロザリーはここにいてやれ。俺もいたいのはやまやまだが、今回の件をどの様に国民に報告すべきか今一度皆と協議する必要がある」


「うん、ありがと。私がちゃんと看ててあげるからね、アリス?」


「嬉しいです。母上」



 こうして俺たちは一度部屋を出ることになった。


 そして、みんなが出た後を追う様に俺が部屋を出ようとした時のこと。



「兄上っ!」


「あっ、兄上だぁ!?」



 アリシアにそう呼ばれて素っ頓狂な声をあげてしまう俺。



「ど、どうした? その……あっ……アリシア?」



 俺はアリシアの顔の方を見て語りかける。


 なお、微妙に目は合っていない。照れ恥ずかしいんだよ、言わせんな。


 アリシアはしどろもどろになりながら答えた。



「えっと……その……。あたっ……あたま……を……いえ、なんでもありません」


「?」



 頬を赤らめたアリシアの様子が気になりながらも、俺は部屋を後にした。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「兄上、だってね」



 自分の部屋へと戻る道中、隣を歩くカヤがにやにやしながら俺にそう言った。



「うっせ。新しいからかいワード見つけたって顔してんじゃねぇよ」


「そんな顔はしてないわよ、兄上。それと、からかったりもしていないわ、兄上」


「ここぞとばかりに連呼しやがって……!!」


「ぷっ、ふふふっ!」



 けらけらと笑うカヤを最近はよく見る。


 前々から笑うと可愛らしい奴だったが、色々な腫物が落ちた後だとひとしおっつーか、前より綺麗に見えちまうもんだな。


 カヤは笑い終えると、うっすら涙ぐんだ目で俺を見て言う。



「いえ、ごめんなさい。正直、ちょっと安心してしまってね」


「安心? やたら上機嫌なのはそのせいか。で、何に安心したんだよ?」



 ちょっと前のカヤならここは『内緒よ』とかなんとか言って、絶対に誤魔化していた。


 だが、今のカヤはそうはならない。


 俺の心を全力で掴みに来るのだ。



「あの子とアキトが手を握り合っていた時、正直羨ましかったのよ。羨ましくて、少し妬ましかった。でもアリスがあなたの『妹』だということが分かって、その感情も綺麗さっぱり消滅したわ」


「嫉妬ってやつか?」


「適切に言うなら、そうなるわね。私はなんだかんだ言いながら、あなたを独り占めしたいのかも」



 ぐっ、と胸が締め付けられたような気がした。


 デレたカヤと会話してるとロクなことにならない。すぐに俺の心臓を握りつぶそうとしてくるからだ。


 だから俺は、話題を逸らした。



「その……さっきのキメラの話だけどよ」


「あ、話題を逸らしたわね」


「うっせ。さっきのキメラが出現した場所。あそこって――」


「えぇ、地下迷宮区の真上ね。思うに、突如姿を現したキメラと称される魔物と未来よりの使者のふたつは『地下迷宮区』という共通項でひとつに繋がっている。……ふふっ」



 カヤは口元に手を添えてくすりと笑った。



「なーにまたニヤついてんだ。理由はよくわかんねぇけど未来はピンチなんだぜ?」


「いえ、私は嬉しいのよ。どういう形であれ――――七年後もあなたと一緒にいられるということが」



 ――――また、グッと胸を掴まれた気がした。



「っ……ば、ばかか。そんなの、今気にするべきはそこじゃねぇだろ」


「そうかしら? 私にとっては重要な問題よ。私がアリスの言葉を全面的に信用しようと思ったのはそこがあったからだもの。アリスの言葉を疑うということは、その未来そのものを疑うということよ。アキトと私が一緒にいられる未来……それは紛れも無く、私の悲願。だから、私はアリスの言葉を鵜呑みにするわ」


「……お前……なんかキャラ変わってね?」


「恋は人を変えるのよ。覚えておきなさい、朴念仁」



 カヤは大股で歩んで俺の前に立ち、くるっと振り向いた。


 そこはリヒテル城の玄関広場前だった。もう別れの時か。



「何はともあれ、この先にはまた戦いの日々が待っているわ。未来の為に共に戦いましょう」


「あぁ。これでも俺はグリヴァースの救世主だからな。この世界の為にやれることは何でもやるさ」


「それでこそアキトね。そういうところも大好きよ。それじゃあ、また明日」



 ギギィと開いた大門から颯爽と出て行ったカヤ。



「……あいつもう別キャラじゃねぇか」



 なんてぼやいて俺は自分の部屋に戻った。



 ――ある事件が起きたのは、その翌日の朝のことである。

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