ローゼリア/ふたつとないもの~剣と花~
――――ベットに横たわる彼女の左側頭部。
そこに存在していたのは、私と全く同じ『花の髪留め』だった。
落として拾われたのではという考えが一瞬過ぎり、私は慌てて自分の左側頭部に触れる。
「ある……。えっ……え?」
そこにはちゃんと、私の花の髪留めが付いている。
この髪留めは、私の誕生日にシグルドがくれたハンドメイドの髪留めだ。この世界に二つと存在しない『私の宝物』――――それが今この時代に『二つ』存在している。
不思議なのはこれだけじゃない。
あの壁に立てかけられている『魔剣グラム』も模造品なんかじゃない。間違いなく本物の魔剣グラムだ。
色々な可能性が考えられる。
例えば、グリヴァース創世の際にサイナスが魔剣グラムだけを『二本』創造していたという可能性――――本人が天界に戻ってしまったいま、確かめる術は無い。
例えば、私たちの知らないユニークスキルで本物と見間違う程の物を『複製』したのだとしたら――――これは悪魔の証明だ。そのスキルの存在自体が不確定な今、否定も肯定も出来ない。
その他にも色々な仮説はある。
パラレルワールドとか、ロストテクノロジーによるものとか、いくらでも考えられるけど、そのどれもが違う様な気がしたし、どんなに有力な仮説を立てた所で、意味がないと思った。
だって、私の中には確信にも似た『ある一つの答え』が出かかっていたのだから。
きっとシグルドもこの子を抱えた時に気付いたはずだ。
この子が、私たちの――――。
「そろそろ、入っても良いか?」
部屋の外からシグルドの声がして、私は部屋の外で待っていた二人を招き入れた。
シグルドは小さく一礼して部屋に入った。
「失礼する」
「誰に対して言ってんの?」
「今この部屋の主は彼女だ。眠っているとはいえ、一応な」
「変なところで律儀なんだから……。他のみんなは?」
「王の間で待機させている。市街地での避難活動の甲斐あり、今回の一件で死傷者は一人も出ていない。どの様に説明すれば良いのかを考える必要があるが、それよりも……その子の容体は?」
私は心配そうにあの子を見つめるシグルドとアキトに全てを洗いざらい話した。
シグルドは腕を組んで考え込んだ様子で言う。
「マイナスにまで減少した魔力……何らかの特別なスキルによるものだと推察出来るな。俺の【技能創造】で創造できるスキルにそれを可能とするスキルは存在しない。考えられるのはスキルを複合的に使用することに長けた人物であるか、あるいは――――」
「オリジナルスキルだ」
そう言ったのはアキトだった。
そのアキトの目は『紫色』に変色していた。あれは【慧眼】発動時の色だ。
「やはりか。俺も同じ意見だ。その言い方だとそれが正しい様だな」
「あぁ、俺の『真実を映すこの眼』がばっちり反応してやがるからな。この子は、なんらかのオリジナルスキルを持ってる」
『オリジナルスキル』とは、通常のスキルやユニークスキルのカテゴリに当てはまらない特殊なスキルに与えられる別名のこと。その存在自体が極々稀で、『クロノスが代々受け継ぐ力』とリーヤとシルフィーの『魔眼』の二つだけしか確認されていない。
つまり事実上、オリジナルスキルは――――クロノスのみが持ち得るスキルと言える。
同じ結論に辿り着いたカヤちゃんが言う。
「ということは、この子はクロノスってこと? でも、一時代にクロノスは一人だけしか存在出来ないんじゃないの?」
「確かに『クロノス』は一時代に一人しか存在出来ない。厳密に言えば、次のクロノスの誕生と共に、先代クロノスのオリジナルスキルは減退を始める。だけど、俺の【慧眼】が衰えた様子はない。むしろこれ以上無い程に冴え渡ってる」
「ということは、その子はクロノスでは無い?」
「いや、この子は間違いなくクロノスだ。つっても、こうして話し合ってても埒が明かねぇし、そろそろ本人に確認してみるとしようぜ」
アキトはベッドの横に腰かけて、彼女の手を優しく包み込みながら答えた。
「……【スキルリンク】。この子に【魔力共有】をリンクする」
アキトの手から魔力が流れ出ていき、彼女の魔力の供給を始めた。
その光景を見てイリスちゃんが驚いた様子で言う。
「【魔力共有】。同スキルを待つ者同士で魔力の受け渡しを可能とするスキルですね。いつの間にこの様なスキルを?」
「たった今創造したんですよ。カヤに教えて貰った例の図書館。すっげぇ役に立ってる。感謝してるよ」
それに対し、カヤちゃんは少々不服そうに答える。
「……そう。それは良かったわね」
「あ? なんだよ、そんなに頬膨らませて」
「なんでもないわ。……ふんだ」
カヤちゃんがぷいっと顔を背ける直前に見ていたのは、アキトとあの子が握り合ってる手だった。
それを見て嫉妬しているのだろうけど、カヤちゃんもすぐに分かることだろう。
この子が嫉妬の対象ではないということに。
「ほら、目覚めるぜ」
「うっ…………」
気を失っていた少女がゆっくりと目を開ける。
「う……んんっ……」
「よぉ、気が付いたか」
アキトの声に対する返答は無かった。
それどころか彼女は――――突然暴れ出した。
「うわぁあああああああっ!!」
叫びながら布団を思い切り剥いで、血眼になって辺りを見渡し、壁に立てかけられてる魔剣グラムを即座に抜き放ち、乱暴に振り回し始めた。
反射的にカヤちゃんが魔術壁を出したことで被害は出なかったものの、まるで冬眠を邪魔された獣の様だった。
アキトが彼女をなだめようと説得を試みる。
「おい! 落ち着け!!」
「魔物! 魔物は殺すっ! 殺す殺す殺す!! 皆殺しにする!! 殺す! コロス! 殺させろ!!」
アキトの説得空しく、魔術壁に対してグラムを振い続ける彼女。
「錯乱して聞き耳持たずね。今の彼女にはあなたが魔物に見えるみたいよ」
「冗談じゃねぇぞ。救世主にあるまじき扱いだなおい」
「救世主らしく扱われた方が稀だと思うけど。それは良いとして、彼女はどうしようかしら?【精神支配】で眠らせましょうか?」
「その必要はないよ、カヤちゃん」
私はみんなの前に出る。
「ロザリー?」
「私が行くよ、シグルド。私が行くべきなんだ。カヤちゃん、魔術壁を解除して」
「分かったわ」
カヤちゃんの魔術壁が解除され、私は一歩前に踏み出す。
「近寄るなっ!!」
私の右頬に一筋の傷が入り、血が垂れる感触。
「落ち着いて。ね?」
「来ないで! 来ないでよっ!!」
目の前の彼女は目の焦点が定まっておらず、見るからに取り乱していた。
乱雑に振るう剣が、次に私の左肩を掠める。
「ここに魔物はいないから!」
「魔物嫌い! 嫌い嫌い嫌い嫌い!!!」
私は一瞬の隙を突いて――。
「きらぃっ!?」
彼女の懐に飛び込み、ギュッと抱きしめた。
「ほら、ちゃんと見て!! 私は魔物なんかじゃないから!!」
「あっ……」
彼女は抵抗する力を強め、ゴトリ、とグラムを床に落とした。
彼女は私の耳元で小さく呟いた。
「あたたかい……っ」
「ね? 大丈夫だから。よしよーし、いい子だからね」
「わっ……」
私の腕の中に納まる少女は自我を取り戻し、小さく身体を振わせ始めた。
「わたし……私っ!! うわぁあああああん!! うえぇええええん!!」」
大きく丸い双眸から涙を零れ落としながら、少女は私の体をギュッと抱いた。
「会いたかった……っ……母上……! 会いたかったよぉ……!」
あぁ、間違いない。
この子は何らかの方法で未来から来た――――私とシグルドの娘だ。