イスルギ・カヤ/あなたについて行くって決めたから
アリスがいなくなってからふた月が経過した。
その間に、パートナーであるアキトもまた元の世界に帰還してしまい、私は自身の夢の達成に向かって邁進する日々を送っていた。
アキトとは、連絡を取っていない。
取れないことは無い。いざとなれば会いに行くことだって出来る。
それでも私は『会いに行く』という選択を取ることは無かった。
次にアキトに会う時は一人前になってからという自分で定めたルールと、私なんかを慕ってくれる弟子の子達を見守るためにも、私が日本へ行くという選択肢を取ることは無かった。
でも、やはりアキトのことは頭から離れない。
――アキトは日本で元気に暮らしているかしら。
――授業で躓いたりしていないかしら。
――逞しくなってしまったから女の子にモテたりしてないだろうか。
――心細くて泣いたりしていないだろうか。
――アキトはいま、幸せなのだろうか。
――隣に、いたいな。
そんな事を毎日考える。
「お師匠様、どうかされましたか?」
弟子の一人の女の子が私に声をかけた。
どうやら授業の最中に、ぼぉっとしてしまっていたらしい。
「いいえ、なんでもないわ。さぁ、次は中級魔術の詠唱練習をしましょうか。みんなを集めて」
「はい、お師匠様!!」
……アキト。
私はあなたのおかげで叶った夢を突き進んでいるわ。楽なことばかりではないけれど、私なりに楽しんでやっている。
あなたも同じ様に、元気に生きていてくれていると嬉しいのだけれど……。
「…………アキト」
どうやら離れていても、私の心はあなたのものみたいね。いつか、この責任を取って貰うわよ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「カヤさん!!」
修業の最中、私はよく見知った人に呼び止められた。
ここまで全力で走って来たのか、その女性は大量の汗を流していた。
「カトレア姉さん? そんなに焦ってどうし――」
「大変なんです! アキト様が……アキト様がっ!!!」
――息が詰まった。
「アキトが、どうかしたの!?」
「し、城へ来て下さい。シグルド様がご説明して下さいます」
「っ……分かったわ」
私は弟子たちに読書の時間を与え、リヒテル城へと向かった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
王の間への扉を開けると仲間のほとんどが勢揃いしていた。
魔物討伐遠征中のお父さんはその場にはいない。そして何故か、ローゼリアさんの姿までもがこの場にない。
(ローゼリアさんに知られては困ることが……?)
玉座の方へと目を向けると、ウィルベルがシグルドさんに詰め寄っていた。
「僕が行きます! 行かせて下さい!!」
「お、落ち着けウィルベル。気持ちは嬉しいが、お前は竜人と獣人の和解の象徴だ。ノアの期待に応えるためにも、この世界を離れる訳には行かない」
「でもっ!!」
エストさんがウィルベルの腕を掴んで止めた。
「やめい、ウィルベル。シグルドの言う通りじゃ。おぬしがここを離れてしまっては、今までの全てが、アキトやアリスの努力が水泡に帰してしまうぞ」
「母さんまでっ!? アキトのことが心配じゃないの!? 今こうしている間にもどこで何されてるか分からないんだよ!?」
「失礼するわ」
私は王の間に足を踏み入れ、玉座の前まで進んだ。
「イスルギ・カヤ。馳せ参じたわ。アキトの身に何があったのか……事情を聞かせて貰えるかしら」
私の言葉に答えたのはナルちゃんだった。
「アキトさんがいなくなっちゃったです!!」
「………………えっ? いなく、なった?」
それはどういうこと? 日本で行方不明になった、ということ? それとも、あの男の事だから何か事件に巻きこまれている……?
どちらにせよ、由々しき事態であることに代わりは無い。
「……詳しく話を聞かせて貰えるかしら」
「ここからはルミナちゃんが説明するのだ!」
事態が発覚したのは昨日の晩のこと。
ルミナさんが特殊な装置を用いて、アキトの同行を興味本位で確認しようとしたらしい。
しかしどれだけ索敵をかけても、日本のどこにもアキトの反応は無く、履歴を辿ってみるとアキトはそもそも日本に到着しておらず、転移の途中でどこかの異世界に紛れ込んでしまった様なのだ。
「……そのどこかの異世界というのは?」
「それが最後まで追跡は出来なかったのだ」
「と、いうことは……アキトが今どこにいるかどうか、検討がつかないということ?」
「全く分からない訳じゃないけど、それでも探すのは簡単じゃないのだ」
「…………そんな」
私はぺたんとその場に崩れ落ちていた。
同時に、ローゼリアさんがこの場にいないのも腑に落ちた。
アリスを身籠っている彼女には刺激が強すぎる話だ。シグルドさんはまだ伝えてすらいないのだろう。
エストさんがウィルベルをシグルドさんから引き剥がしながら言う。
「シグルド、どうする?」
「至急捜索隊を編成しアキトの捜索を行いたいところだが、問題がある」
「その問題とはなんじゃ?」
「ルミナの報告によるとアキトの足跡が最後に途絶えた場所は、向こう側から招かれるか、ルミナの装置を用いた方法でしか入ることは出来ない」
ルミナさんが続く。
「でもその装置は材料不足で一台しか作れないのだ」
「なるほど、つまりこの中でたった一人しかアキトを探しに行くことは出来ないということじゃな……」
この場にいる全員がアキトを探しに行きたいはずだ。もちろん、私も。
でも、私を含めてあの最終決戦の功労者は全員グリヴァースにとって欠かせない存在となりつつあった。
シグルドさんは王となり、ウィルベルは竜人と獣人の架け橋となりつつある。リーヤさんはエルフ族の長だし、お父さんは魔剣の軍勢の残党を狩る役目を担っている。
そして私は、あの子たちの面倒を見る必要がある。私なんかを慕ってくれるあの子たちの元を離れるなんて……出来ない。
という思考の最中、ウィルベルがまるで魂の抜かれた状態の様に、幽鬼した足取りで私に向かって歩み寄り――――ガッと私のローブの胸の部分を力強く握った。
ぐったりとうな垂れ、すがる様な姿勢でウィルベルは私に言う。
「……イスルギさん」
「…………なにかしら?」
「お願いがあるんだ。……君に、アキトを探しに行って欲しい」
「なっ……!?」
私はウィルベルに思いを伝えた。
私も夢の為にグリヴァースを離れることは出来ないのだと。
するとウィルベルは私の言葉を全て聞いた上で、こう返した。
「分かってるよ、全部分かってる。それでも僕はイスルギさんに行って欲しいんだ」
「っ……身勝手が過ぎるわ」
「そうだよ。これは僕の身勝手だ。イスルギさんの立場も理解している。気持ちも理解している。君の弟子達にとっても、君の存在は大きいものだ。でも、それでも僕は、君に行って欲しい。君なら絶対にアキトを見つけられる。そう確信しているからだ」
「…………だからと、いって……私は……」
私の心の中の答えは決まっていた。
――全てを投げ打ってでも探しに行きたい。
それが私の答え。
でも、今の私はあの子たちの将来を背負っている立場にある。
それなのに、私情を優先させてあの子たちから離れるなんて、責任の放棄に他ならない。
だから……たとえ、アキトの命がかかっているのだとしても……アキトの命が……かかっているのだとしても……私は……。
そうやって私が口を噤んでいると、ウィルベルにいつかの言葉を返されてしまう。
「その何かを諦めた様な顔が気に食わないよ」
「えっ……?」
ウィルベルは顔をあげて私をキッと睨んで叫んだ。
「言ってみろ! 君は何者だ!?」
「っ……急になにを……」
「言ってよ! 君は何者なの!? さぁ言って!」
ウィルベルは今までで見たことのない程の鬼気迫る表情で私にそう言った。
「私は……イスルギ・カヤ……」
「そう、君は気高くも強欲なあのイスルギ・カヤだ。僕の知っているイスルギさんはあの手この手で理論を無理やり組み立てて、多少強引な手段を用いてでも成したいことを成し遂げる女の子だ。そして、好きなものの為にはどんな犠牲も厭わない人だ。違う?」
「…………そうかも、しれない。でも……それでも、私はあの子たちの人生を背負っているの……。だから……」
「自分の気持ちに嘘をつかないでよ!」
「っ!? わっ……私は……」
「止せ、二人とも」
シグルドさんの一声で我に返ったウィルベルは、大粒の涙を流しながら、私に詫びた。
「ごめんイスルギさん……でも僕……どうしていいか分からなくて……こんな八つ当たりみたいな真似……」
「ウィルベル……」
シグルドさんは玉座から立ち上がり、何故か王の間の柱の一つへと目を向けながら口を開いた。
「ここはひとつ、弟子の子達の気持ちを聞いたらどうだ? そこに隠れているのだろう?」
シグルドさんがそう告げると、柱の奥から弟子の子達が数名姿を現した。
「あなたたち!? 何故ここに!?」
「ごめんなさい。わたし、お師匠様の様子が気になってついて来ちゃったの。アキトお兄ちゃんから教えて貰った『ハイド』を使って」
「あなたたち……。安心して。私はあなた達を――」
「あの……行って来て良いよ?」
「えっ……?」
弟子の女の子は私を見上げて、真剣な顔で言う。
「アキトお兄ちゃんが……お師匠様の好きな人が困っているんでしょ? わたし、アキトお兄ちゃんの事も大好きだし、アキトお兄ちゃんと話してる時のお師匠様も大好きなんだ。だから、探しに行ってあげて?」
「……みんなも、同じ気持ちなの?」
他の弟子の子達も、こくこくと頷いてくれた。
それを見た瞬間、私の中で取るべき行動が決まった。
「ありがとう……。ウィルベル、あなたたち……私の背中を、押してくれて。私はアキトを探しに行くわ」
「アキトのこと、頼んだよ」
「任されましょう」
こうして私は準備が整い次第、ルミナさんの装置でアキトの痕跡を辿る旅へと出た。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
転移装置を起動させると、次の瞬間には殺風景な白が飛び込んできた。
白く丸い部屋に、放射状に出口の扉が十二個ほど並んでいる。恐らく、この中の一つがアキトのいる世界に繋がっているのだろう。
「どれもこれも同じ様な扉にしか見えないわね……アキトは一体どこに……」
『彼の居場所を、教えましょう』
声が聞こえたかと思えば、眩い光と共に金髪の女性が降臨した。
「レミューリア様!? 何故ここに?」
「あなたを彼の場所に導くために。ノアの件のお礼だと思って下さい」
「ノアを倒したのはアキトとアリスよ。私は何もしていないわ」
「そんなことはありません。あれは、彼の心の中にあなたの存在があったからこその勝利です」
「釈然としないけれど、そう思うことにしておきましょうか。それでレミューリア様、アキトはどこに?」
「あそこです」
右からの二番目の扉がうっすらと光った。
「あの扉の先に、アキトが……」
「あの扉の先は『ターミナス』という異世界へと通じています。異界の言葉で『終着駅』という意味を持ちます」
「終着駅……ね。物騒な名前ね」
「あの先には新たな戦いの火種が燻っています。わたくしの干渉も及ばない領域です。それでもあなたは、その先へと進みますか?」
私は光っている扉へと視線を向ける。
「……考えるまでも無いわね。今の私には、アキトがいない世界なんてあり得ないのよ」
「そうですか。愛と風の女神であるわたくしの名前を宿したあなたが、愛を慈しむのは必然なのかもしれませんね」
レミューリア様は杖で扉を指した。
「わたくし、レミューリア・カーヤ・ミリウスが命じます。お行きなさい、イスルギ・カヤ。あの扉を開き、愛する人をその手で守るのです」
「感謝するわ、レミューリア様。……待っていなさい、アキト」
私はターミナスへの扉を開いた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
転移門の出口のその先に広がっていたのは石造りの建造物だった。
宮殿とも取れるし、大聖堂とも取れる形をしているけど、これが魔導院だということはその特異な雰囲気からすぐに分かった。
そして、微かながらも確かに感じるアキトの気配。
「ここは……魔導院?」
「――――侵入者、発見」
「っ!?」
次の瞬間、私の周囲を取り囲むように黒づくめの人間が現れた。
視認するまでその気配にまったく気づかなかった。まるでシズクさん並みの隠密さだ。
「……歓迎してくれている雰囲気ではなさそうね。あなたたちに聞きたいことがあるのだけれど」
黒づくめの人間のリーダーらしき女性が口を開く。
「口を開かないで。あなたが声だけで対象を呪い殺せる【加護】を持っている可能性もある。殺されたくなければ、言うことを聞くことを推奨する」
「…………好戦的ね。嫌いじゃないわ」
私は魔杖レーヴァテインを取り出そうと魔力を練った……はずだった。
「……?」
魔杖が出現しない。
それどころか――――『力』を感じない。
グリヴァースでいう所の『魔力』や『スキル』の力をまるで感じないのだ。
魔力を練っても炎は出ず、スキルを発動しようとしても発動しない。当然、【錬金術】や【最大出力】も発動できない。
――――世界が変われば理も変わる。
私がグリヴァースで身に付けた大半はここでは意味を成さないということか。
黒づくめの女が言う。
「……あなたに【加護】は無い。今ので分かった。抵抗するだけ無駄。大人しく連行されて」
「…………大人しくしていれば、私はアキトに会えるのかしら?」
「その保証はない。けど、審議にかけられた後、強制送還される可能性が高い」
「そう……。なら目一杯……抗わせて貰うわ」
私が素手で構えた途端、黒づくめの集団も戦闘態勢に入った。全員がダガーの様な短尺の刃物を取り出している。その隙の無い構えだけでこの者達がなかなかの手練れであることは理解できた。
「愚か。【加護】が無いあなたに我ら影は倒せない」
「【加護】だがなんだか知らないけれど、愛する人がこの先にいるのよ。引けないわ」
「……とても残念。愛を糧にするその心意気は嫌いじゃない……けど、オラリアの為に侵入者には死んで貰う他ない」
黒づくめの集団が私に覆いかぶさるように飛びかかったその瞬間だった。
「あぁ、ちょっと待ってくれるかな?」
男性の声が聞こえ、黒づくめの集団の動きが止まった。
即座に武器を納めた集団は、私の両脇にずらりと並び、道を作った。
――その道の先には、一人の男が立っていた。
ロイド眼鏡と称される丸い眼鏡と喪服。外見は猫背で細身。髪はボサボサで、どちらかと言えば不清潔な印象をうけた。
先ほどまで私に敵意を向けていた集団のリーダーの女性が言う。
「御堂様、これは命令でしょうか?」
「様は止してくれないかな? そう呼ばれるとむずむずするんだよ、背中が」
「メンターたる貴方様は事実上、我らの上役ですので」
「お堅いね。ならそうだね、ここは『命令』ということにしておくよ。その子に危害は加えないでくれたまえ。僕が直々に対応するから」
「はっ、仰せのままに」
瞬く間に消える黒づくめの集団。
その場には私と喪服の男が残された。
その男性は私の姿を認めると、右手で後頭部周辺を掻きながら言う。
「いや、礼には及ばないよ」
「まだ何も言っていないのだけれど……。とはいえ、助けられた様だし、礼を言うわ」
私は小さくお辞儀をすると、喪服の男は右手を顎に添えながら感慨深そうな声色で私に言った。
「ふむふむ、君があの……。アキトくんから聞いていた通りだね。冷静沈着で思慮深そうな見た目に反してその行動は激情的で無計画な一面が垣間見える。しかしながら、自らの導き出した答えを現実に変えてしまう程の強い意志の力を持っている。さらに――――」
まるで私を検分する様につらつらと喋り出した喪服の男。内容に対して言いたいことはあるけれど、その言葉の中に聞き逃せない名前があった。
「待って! やはりアキトは……ここにいるのね?」
喪服丸眼鏡の男は私の言葉に対し、くすっと小さく笑った。
「僕の名前は御堂武臣。君の名前は?」
「……石動香耶よ」
「うん、正解だね。こちらに来たまえ、カヤくん。君には色々通るべき道がある」
「その道の先にアキトはいるのかしら?」
御堂と名乗った男は今度は思わせぶりな笑みを浮かべて私について来いと合図をして石造りの校舎の方へと歩き出した。
私は二メートルほどの間隔を空けてその後ろをついて行った。
この人は悪い人ではない。けれど、どこか信用の置けない雰囲気を放っている。
きっとアキトもこの人とは距離を置いているに違いないと思った。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
御堂の説明によるとこの魔導院の正式名称は『オラリア英雄魔導学院』というらしい。
掻い摘んで言うと。
――異世界に転移、転生された者達の流刑地。
――最初の異世界をクリアした者だけが集められる場所。
――英雄たちに【加護】を授け、世界の調和を保っている場所……らしい。
そして、この異世界に足を踏み入れた私もまた【加護】を授かるに至った。とはいえ、何か特別なことをしたわけでも無い。
教会の様な空間にあった魔方陣の真ん中に立って数分経過したらいつの間にか『特殊な能力』を与えられていた。どうやらこの能力は、その人それぞれで固有なものらしい。
私が授かった【加護】はグリヴァースで言う所の【変換術】の様な類のものだった。『触れた物を別の物に変換させる能力』――名前はまだない。
相応しい素材さえあれば、武器も楯も回復アイテムすらも、瞬時に生成できるようだ。
素材に触れれば瞬く間に剣や槍へと変化する。その変化のバリエーションは極めて富んでいて、まさに思うがままだ。
便利というかなんというか……ミアさんが大泣きしそうな力だと思う。
それにしても、なんの努力も無しに手に入れた力というのは……とても味気無いわね。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
――教会を出てすぐ左の校舎。
教員室の様な場所に移動した私は御堂と二人で話していた。
話題は私の【加護】に関してだ。
御堂は興奮気味に私に言う。
「凄いね。これほどの変換術に富んだ【加護】は見たことがないよ。おまけに最高レベルの『品質向上』能力も併せ持っている。石炭を金に変えると言われる錬金術師というだけあるね」
「盛り上がっているところ申し訳ないのだけれど、あなた方の抱いているイメージの『錬金術』と、私が学んでいた『錬金術』はかけ離れた物よ」
「そうなのかい? ……ああ、確か防御に特化したジョブだったね。アキトくんが言ってたのを思い出した。パラメーターを防御に極振りしたようなジョブだって。僕の知っている言葉に置き換えるなら『ディフェンドソーサラー』ということになるのかな?」
「それが具体的にどういうことをする職業なのかは分からないけれど、言葉のニュアンスからしてそう遠くは無さそうね。それで、『大事な話』というのは何かしら?」
「あぁ、うん。君の配属される組に関してだよ」
聞き慣れない単語に首を傾げる。
「クラス?」
「そう。ここオラリアには全部で『十一』の組がある。零から十までのクラスだ。そして、配属のルールは至極単純。多少の配慮はあるけれど基本的には『零』を除いて、強者から順に若い数字のクラスに配属される」
「つまり、一組が最強の組という事?」
「その通り。一組に在籍している五人は、全員が一週目の異世界で『剣聖』と称された者達だよ。名実ともにオラリアの最高戦力さ」
「そう。ではアキトはその一組にはいないのね。彼は救世主ではあっても剣聖と呼ばれたことは無かったもの。彼はどこにいるのかしら?」
御堂のロイドグラスがきらりと輝いた気がした。
「彼はいま――零組にいるよ」
「クラスゼロ……」
言葉のニュアンスと今までの話の内容を集約するだけで、その特異性が理解できた。
ここオラリアのクラスは『零を除いて』、若い数字から強さの序列で分けられるらしい。
つまり、除かれた『零』は何らかの特別な尺度で配属されていることになる。
「アキトには単純に『一から十』に配属できない『特別な理由』があるのね? 例えば、ここオラリアの尺度では計れない【加護】が授けられたか、それに準ずる『何か』が彼の身に宿っている……とか」
私の言葉に対し、またしても御堂のロイドグラスがきらりと光った。
「勘の良い女性だね。その通り、アキトくんには『魔女の寵愛』が宿っている。一種の……『呪い』だよ」
その言葉が持つおどろおどろしさで一瞬言葉が詰まった。
「……その呪いは、彼の命に係わるものかしら?」
「いや? 彼自体は健康そのものさ。ただ、この学院内には『魔女』をよく思っている人の方が少なくてね。その寵愛を持つアキトくんの立場は芳しくない。魔女狩り、とまではいかないけれど、度々揶揄されたり粗雑な扱いを受けている様だね」
「粗雑な扱い……?」
「僕の知る限りでは、鞭での拷問がそれにあたるかな。魔女の寵愛を宿しているというだけで牢に繋がれて、それはそれは容赦なく――」
――――バンッ!
私は気付いたら机を力強く叩いていた。
その瞬間、机の形状が『ぐにゃぐにゃに歪んだ金属のオブジェ』の様に形態変化した。
「あんまりよ……そんなの。アキトが……アキトが何をしたというの!?」
「彼は不滅の魔女ミレニアに愛されてしまった。ただそれだけの事だよ」
「っ…………。話を戻すわ。私は一体、どこのクラスに配属されるのかしら?」
御堂はつい先ほど私が変形させた金属のオブジェに視線を向けながら言う。
「君の【加護】とその実力なら二組に編入が可能だね。更にその資質次第では将来的には一組も夢じゃない。喜びたまえ、三組以上はオラリアで特別な待遇が得られるんだ。分かりやすい所だと、素材と引き換えに武器が無料となったりとかね」
「なるほど。それは確かに魅力的ね」
「じゃあ正式に君を二組に編入――――」
「お断りさせて貰うわ」
御堂は小さく首を傾げた。
「念のために、理由を聞こうか」
「私の力はアキトの為に使うと決めたの。アキトのいない場所に、私の存在理由は無い。ただそれだけの事よ」
「つまりカヤくん。君は零組への編入を希望するということかな?」
「それが可能だというのであればね」
「不可能だと言ったら?」
「無理で道理を捻じ曲げるわ」
「…………ぶははっ!」
御堂は腹を抱えて、盛大に笑い出した。
「うん、うんうん。最高だよ。僕は君の度胸をとても気に入った」
「あなたに気に入られても、ミジンコほども嬉しくないのだけれど」
「まぁそう言わないでおくれよ。零組を仕切っているのは僕なんだ。僕の承認無くして、零組への編入は叶わない。どうだい? 僕に気に入られるのも悪くないだろう?」
「……だとしても、胡散臭い雰囲気の漂う中年の男性に気に入られるのは、決して気持ちが良いものではないわね」
すると御堂はまたしても腹を抱えだした。笑い死ぬつもりだろうか。
「その飾らない言葉も良いね。きっと君なら、同じクラスの優奈くんとも上手くやれると思う。彼女はああ見えて繊細だから」
「そのユウナという女のことはどうでもいいわ。それに自分で言うのはなんだけれど、私は言葉を飾るのが苦手なの。繊細な人に対して私はミスマッチよ。そんなことより、早くアキトの所に連れて行って」
「そうだね。これ以上勿体ぶると、僕もその机の様に変形されてしまいそうだ。では今を持って、カヤくんを正式に零組の一員として迎えよう。ついて来たまえ。彼の元へと案内するよ」
立ち上がった御堂について行こうとすると、彼は「あぁそうだ」と言って、立ち止まってくるりとこちらを向いた。
「君のその【加護】に名前をあげよう」
「名前?」
「そう。名前は重要だよ? 言葉に意志が宿る様に、名前には魂が宿るからね。魂無き攻撃は恐るるに足らず、だしね」
「それで、私のこの力の名前は?」
ほくそ笑む様に頬を歪めた御堂のロイド眼鏡がきらっと輝いた。
「君のその【加護】は今日から『万物変換』と名付けよう」
「ヴァースシフト……それが、私のこの異世界での力の名前」
「そう。体良く『零の変換師』とでも名乗るといい。では、行こうか」
私は御堂の後をついて行った。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
長い廊下を歩きながら、私は御堂の背中に投げかける。
「二つほど、大事な事を聞き忘れていたわ」
「なんだい?」
「アキトは普段通り元気にしているのかしら?」
御堂は首を捻ってちらっと私に視線を送り、再び前に向けた。
「カヤくんからある程度聞いたとはいえ、僕はグリヴァース時代の彼の全てを知る訳ではないからね。彼が普段通りにしているのかどうかは、君自身の目で確かめてくれたまえ」
「ではそうしましょう。もう一つ問うわ。あなたの目から見て、アキトはどう映っているのかしら?」
御堂はロイド眼鏡を右手の人差し指でくいっと上げて答えた。
「興味深い男の子だよ」
「具体的にどういうところが?」
「彼は実に面白い生き方をしている。自分がどんなに貶されようと、蔑にされようと、存在を否定されようと、折れない精神力を持っている。客観的に見てもアキトくんは優しくない世界を生きていると思う。お世辞にも【加護】も強いとは言えない……いや、最弱と断言してもいい」
「最弱の加護……?」
「そう、最弱の加護。『器用貧乏』という言葉が似合う加護だよ。学院からはそんな加護しか与えられず、更にこちらに来てすぐ剣聖の拷問を受けて、そのまま最初の戦いに放り出されて命からがら生還をしたにも関わらず褒賞は無し」
「……とんだブラックな学び舎ね」
「そう言われても致し方ないね。でもこの世界の尺度で言えば、ブラックなのは彼なんだよ。誰も彼を認めようとしない世界……並大抵の人間ならとっくの昔に自分を見失ってもおかしくない状況にいるのに、彼はいつまでも『彼のまま』でいる。魔女の寵愛を受けているにも関わらずだ。それが実に不思議でね」
――――アキトはアキトのまま。
そう聞いて心から安心する自分がいた。
「彼は誰も裏切らないの。肉親も友達も自分自身も決して裏切らない。どうしようもなくヘタレで猪突猛進で単純な男だけれど、大切なものは捨てない。それが私の愛するアキトよ。それを聞いて安心した。話してくれて感謝するわ。御堂先生」
「おっ、先生呼びとはどういう心境の変化だい?」
「ここオラリアではあなたは先生の様な立場なのでしょう?」
「当たらずとも遠からずだね。『先生』というよりかは『顧問』に近いんだけれど……おっと、ここが教室だよ」
長い廊下の突き当たりに講義室への入り口があった。
目の前の扉には『零組』の表記がある。
この先に、アキトがいる。
「僕が呼んだら入って来てね」
「えぇ、分かったわ」
廊下で待たされること数分後、中から声が漏れて来た。
『御堂センセイ、あんたは上機嫌みたいだな。なんか面白いことでもあったのか?』
それは間違いなく、アキトの声だった。久方ぶりに聞く声に胸が大きく高鳴るのを感じた。
「入っていいよ」
その合図を聞いてそっと扉に手をかける。
……アキト。あなたがこの世界でどんな扱いを受けていようが、私には一切関係が無い。
世界中の人間があなたを否定しようとも、私があなたを肯定してあげる。
世界中の人間があなたから離れていっても、私が傍にいてあげる。
世界中の人間があなたを嫌いになっても、私が愛してあげる。
あなたから貰ったこの恩は一生かけて返すんだって決めたんだもの。
「……アキト、今行くわ。あなたのもとに」
私はその扉を――――静かに開いた。
チータレ番外編――――fin
チータレ番外編、完結致しました!
完結後、ご意見頂いて書いてみましたが、私自身書いてよかったなと思っています。
次回作の予定はありませんが、一言でもあると飛んで喜びます。
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