楯無明人/手放し難い日常~受け入れ難い現実~
注:本作は、先日完結した拙作『異世界転移した最弱男が救世主と呼ばれるまで+異世界転移した最強男が英雄王と呼ばれるまでの物語』の番外編となります。
「さらばだ、我が戦友よ」
モルドルさんは最後にそう言い残して、元の世界に帰還した。
あの人とは良きライバルの様な間柄だったと思う。
ほぼ同時期にグリヴァースに召喚され、時には刃を交えながら、互いを高め合った。命を賭けて俺を守ってくれたこともあったっけ。
そんなモルドルさんはもうここに戻ってこない。
もう二度と会うことが出来ないかもしれない。
そう考えると、寂しさで胸が締め付けられた。
――――次は、俺の番か……。
過るのは以前のアルトさんの言葉。
『距離を置いちまうのは俺の悪い癖だ。だけどな、繋がっていた時間が長い程、繋がっていた密度が濃い程、離れ離れになった時の辛さは増していく――――それは揺るぎない真実だぜ』
俺の帰還まで、残りひと月。
このひと月過ごした時間が濃密であればあるほど、別れはより寂しいものとなる。
アルトさんの言う様に、離れ離れになるのが怖いからこそ、人はつい距離を取りたくなるのかもな。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
あれから一週間が経過した。
リヒテル城の尖塔のてっぺんから見下ろす景色は格別だった。
最終決戦以降、王都はお祝いムード一色で、夜になっても明かりはなかなか消えず、この世界が平和を取り戻したんだなって思えて、悪い気分じゃなかった。
本当のところ、この景色を仲間たちと揃って眺めたかったけど、俺はそうは出来なかった。
離れることになるひと月後の事を考えたら、自然と足が仲間たちから遠のいていた。一言二言喋るだけで涙が出そうにもなった。
全くもって情けない。本当に――――情けない。
俺は皆のことが大好きだから、離れるのが怖いんだ。
いつの間にか俺は仲間って存在にまた大きく依存してしまっていた。一緒にいて当たり前だと思っていた。
離れる時のことを考えなかった訳じゃない。でもこうやって刻一刻と時間が近づく度に実感が沸いて来てしまう。
――――俺はあいつらと別れなければいけないのだと。
「ここにいたのか、アキト」
後ろから声をかけられて振り向くとそこに親父が立っていた。
「親父も涼みに来たのか?」
「まぁ、そんな所だ。それと、最近のお前の様子が気になってな」
「……よく見てんのな」
「当たり前だ。隣に座っても?」
「あぁ、好きなとこに座ってくれ」
親父は俺の左隣に腰かけて、俺と同じ方向に目を向けた。
「綺麗だな、この町は」
「あぁ。俺たちが守った町だぜ。ここだけじゃない。世界全部をまるっと守ったんだ」
「大変だったな、色々と。いや、『大変』の一言では片付かないな。この世界を手に入れるまでに二十年もの歳月がかかってしまった」
「でもさ、その甲斐はあったんじゃねえかな? 俺も親父も沢山苦労をした。でも得た物も多かった筈だ」
「ふっ、得た物か。俺もお前もこの旅を通して恋人が出来たしな」
俺はこの時、親父のニヤニヤした表情を始めて見た。
あのいつも眉間に皺が寄っている親父がだ。
この人、こんな顔も出来るんだな。
「こっ――!? 恋人だなんて、誰の事を言ってるのやら」
「好きなのだろう? カヤが」
「なっ……」
どくんと胸が跳ね、自分でも分かるくらいに顔が熱くなった。
「ばっ、ばっかじゃねぇの!? ないないないない! あいつだけはないっ!!」
「そうか? 俺には二人が恋人の様にしか見えなかったが」
「恋人じゃねぇよ! 俺にとってあいつは――――」
恩人で、召喚士で、口論の相手で。
誰があんなやつ……無愛想で、口下手で、意外と素直で、意外と笑顔が可愛いあんなやつのことを……。
――――あぁだめだ……考えれば考える程、同じ結論に至っちまう。
「好きなのだろう? カヤが」
親父は表情ひとつ変えずに、俺に同じ質問を繰り返した。
俺は「はぁ」と息を吐いてから答える。
「…………内緒だぞ?」
「あぁ、俺とお前。親子の約束だ。守ると約束しよう」
俺は空に浮かぶ月をぼぉっと眺めながら、親父にしか聞こえない声の大きさで答えた。
「…………好きだよ。俺はあいつが、好きだ」
俺の一世一代の告白に対し親父は――――。
「そうか。ふっ……ふははっ。ぷっ、くくっ……!」
ここぞとばかりに笑い始めやがった。
「ちょっとぉ!? 酷くね!? 俺の一世一代の告白だったんだけども!?」
「あ、いや、すまない。父親としてなんか嬉しくてな。子に想い人が出来た時、親はこんな気持ちになるのだな」
親父は心底嬉しそうな表情で俺の背中を右手でパンパンと叩く。
「かっ、勘違いすんなっての! 俺は他の仲間のみんなも好きだぜ。ナルだって好きだし、イリスさんだって好きだ」
「ほう、これが噂のツンデレ、というやつか」
「ちっげぇよ!! 男のツンデレとか誰得だっ!」
すると親父は俺の背中を叩くのを止めて、真剣な表情に切り替えて本題に入った。
「お前は、仲間を好いているからこそ、みんなと距離を取ってるのだろう?」
そう言われてギクリとしてしまう。
「…………それが本題かよ」
「みんな心配しているぞ」
「分かってんだよ。心配を掛けちまってることくらい。でも――――」
「いずれ来る別れの事を考えたら、今まで通り接するのが怖い……だろ?」
こうも的確に言い当てられると何も言い返せない。
「まぁ、そんなとこだ。今以上に仲良くなっちまったらきっと耐えられない。心がこっちに残っちまう」
「もう遅いと思うぞ」
「――えっ?」
親父は前に視線を向けながら言う。
「お前の心はもうグリヴァースに根付いている。もっと言えば、仲間の心の中にお前という存在が根付いている。だからもう遅いんだよ。今更遠ざけた所で『虚しさ』しか残さない。だから遠ざけるくらいなら、短い時間でも良い。触れ合っていた方がお互いの為だ」
「親父……」
親父に言われ俺は思った。
――俺はなに小さいことで悩んでたんだ。
別れちまったら全部終わり――――そんな訳ねぇだろ。
もうあと三週間後に迫った別離は、今生の別れじゃない。
――――また会いたい。
その気持ちがあれば、きっと会える。
例えば俺がこの先、人生の迷子になったとしても、きっと誰かが俺を見つけてくれる。
俺は離れても一人じゃないんだ。
何を腐ってたんだよ俺。馬鹿か。
「……ほら、他の者も来たようだ。恵まれたな」
親父はそう言って後ろを指さした。
そこには共に死線を潜り抜けた仲間たちが揃っていた。
リーヤさんが呆れた様に言う。
「よぉ、あからさまにあたしらを遠ざけやがって。いっちょ説教してやるからこっち来いよ」
「リーヤさん……」
それにウィルベルが続く。
「僕にもアキトの気持ちはよく分かるよ。ううん、アキトのことが好きな僕だからこそよく分かるんだ。でも、だからって距離を取られちゃうのは寂しいよ」
「ウィルベル……」
俺は目に溜まりかけた小さな涙を指で払う。
「………すまん。目が覚めたよ」
「うんっ! それでよろしい」
ウィルベルに引っ張り起こされると仲間たちが歩み寄って来てくれた。
「アキトさん! 明日のお昼こそは、一緒にご飯食べてくれるです?」
「あぁナル。明日も明後日も、その先でも一緒だ。あと三週間になっちまったけど残りの時間は存分に楽しもうぜ」
「はいっす!」
俺の異世界生活は楽しい事ばかりじゃなかった。
辛いことも山ほどあったし、何度か死にそうにもなってる。
でもそんな日常の中だったからこそ、俺たちの繋がりはこんなにも強いんだ。
明日からは普通に過ごそう。三週間っていう時間は決して長くは無いけれど、この掛け替えのない時間をせめて後悔のない様に生きよう。
――――この時の俺は、あんなことが起きるなんて思ってもみなかった。
忘れてた訳じゃないんだ。
都合の良い様に解釈して、『あの場所』は自分たちに牙を向くことは無いと考えていた。
――結論から言えば、その考えの甘さが『未来をも巻き込んだ新たな戦いの火種』となっていた。
「なんだ……あれはっ!?」
親父がある方角を見て驚いていた。
その方角にあったのはリヒテル国営公園。
即ち――――リヒテル地下迷宮区の方角だ。
そこでは『火の柱』が空に向けて伸びていた。
目を凝らすと、何者かが高温の火炎放射を空に向いて吐いているのだと理解できた。その何者かの正体まではここからでは確認できない。
が、あの威力を見ると――ドラゴンか……?
仮に地下迷宮区から何らかの存在が出て来たのだとすると………考えたくもねぇな。
「総員! 戦闘準備!!」
親父の掛け声で全員が武器をそれぞれの武器を取り出した。
まさか黒龍グリヴァース討伐以降にまたこうして抜剣するとは思わなかった。
「アキトとロザリーは俺について来い!」
「了解した!」
「分かった!」
親父は他の仲間たちに目を向ける。
「その他はリヒテル各地に散開! 人民の避難を最優先に対応してくれ!」
「「「了解!!」」」
「よし、散れ!!」
俺たちは一斉にその場を後にして、八方に散った。
12時に第3話を投稿致します。